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かつて、幼い日の私が乗った列車を牽いたかもしれない機関車。
大学時代、国府津の扇形庫に眠る姿を、毎日の様に横目で眺めていた機関車。
30年以上の歳月を経て、再び、私の前に現れた、D5272。
電化当初の73系も、その後を襲った115系も消え、200代の電車の天下になった御殿場線の行く末を、この機関車は見守り続けるのだろうか?
私が、居なくなった後も……
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2013年01月01日
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皆様、あけましておめでとうございます。
新年最初の投稿にふさわしい写真が見当たりませんので、こじつけで、正月休みに撮ったものをご覧に入れます。
多分、小生は中学1〜2年、正月に、爺様と茅ヶ崎まで歩いて行って、機関区へ入り込んで撮ったものと記憶しておりますが、この頃はおおらかなもんで、SLの居ない機関区であれば、ちょっと断れば簡単に入れてくれました。
で、まずは、これ。
DD12という機関車、小生が小学校の頃は、一日に2〜3回、辻堂に入れ替えに来ておりましたが、いつのまにかDD13オンリーになってしまい、この頃は、茅ヶ崎で休車となって留置されていました。なお、所属は品川機関区だったようですが、車体のプレートは「茅」でした。
左に写っているのが、当時の小生。右は、6歳下の弟です。写真の右端、バス窓のDCが写っておりますが、当時の相模線は、キハ16・キハ10の天下でした。例の、扇風機も無い、というヤツです。
これは、何の変哲も無いDD13の2次形ですが、その後に居るのがDD11!その大事な写真が、これまた無〜い!!
DD11は、辻堂近辺では見かけた事が無く、久里浜あたりで使われていたのでしょうか?この頃は、もう休車だったのかどうか、記憶にありません。小生が最後にDD11の姿を見たのは、昭和50年3月、最初の九州旅行の往路、幡生のヤードで、すでに休車になっていたと思われる2両(2次形)でした。
これは、撮影時期が異なると思うのですが、当時の茅ヶ崎駅相模線ホームの橋本より。電化直後まで、こんな雰囲気でしたかねえ。今でも何となく面影は残って居るようですが……
という事で、本年も、セガレ共々よろしくご贔屓の程お願い申し上げます。 |
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