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こんばんは、五十鈴拓磨です。
最近外もやっと暖かくなって、休日身体を動かす気になってきました。しかしまだ急激に天候や気温が変わるので、調子を見ながら出る感じです。
さて、今日は最近またも分割36回で買ったレンズ
↑コイツの動作試験も兼ねまして、近所の平和島駅へ行ってきました。
なんで白レンズなんて買ったのかといいますと、4/29〜5/6まで会社から
お休みを頂いてます。こんな長期間のお休みもうこの先定年後までもらえないだろうから、その期間で「はまなす」に乗って撮って大暴れしてやろうと前々から思っていました。
ただ、最大135㎜では少し心もとないしどうせなら白レンズほしい…じゃあまず暴れるところはどこかといえばレンズからだ!!と、こうなったわけであります(どういうわけだ)
長く書くのもアレなので一枚目…
こういう出発信号機と車両が写っている構図が好きなのでこれに…MFでやっているのですが、PENTAXを使っている時よりフォーカスリングが重くて驚きました。ぎりぎりピント合ってるかな?
Canonの白レンズに触ること自体ほとんどないですから、買った時も震えましたが触って使ってる時も震えてました(^^;)
では二枚目
ドドンと正面カット。左寄りにピントが合っているので編成番号はしっかり止まっているようです。
三枚目
なんとなくお遊びで一枚。この様な構図は地下鉄でもやりたいんですよね、特に銀座線とか日比谷線とかそろそろ営団車の引退が騒がれそうな路線で。この写真甘ピンのような気がしてならない
四枚目
流そうと頑張りましたが、ピントの位置を間違えたためこうなりました…。
五枚目
今日一の写真でしょうかね…シャッタースピードを1/500から下げるのを忘れて撮った写真ですが、案外この暗さが脳内会議で「いいんじゃない?」と言っています。
撮影演習は以上です。平日も仕事終わりに平和島行って練習するまであるくらいですねこれ…旅行先でのパフォーマンスをより良くするため早く慣れなければ・・・
以上
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2015年04月19日
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日本一周様。
先日の「四方に聳ゆる 山々は」の記事を拝見して、長野県民歌「信濃の国」は、県民の人口に膾炙しながら、また、県民の方々の努力もあって、今に歌い継がれているのだなあ、と感じました。
それは、平仮名で書かれたら、歌詞の意味は解りづらいでしょう。内田百間がどこかで書いていますが、鉄道唱歌の「海の遠方に 薄霞む 山は上総か房州か」を、猿蟹合戦で、木の上から飛び降りて悪い猿を押しつぶして懲らしめた臼が、向こうの山の中に住んでいるのだと思っていたという話のごとく、藤沢・松本姉妹都市25周年記念行事の準備として私が居た藤沢の合唱団に出演依頼が来て、「信濃の国」の楽譜が配られたとき、同年のヤツが練習中に言いました。
「松本は、米を作ってるのか?」
日本一周様なら、どういう勘違いが起きていたか容易に想像が着くと思います。日本語というのは、漢字が無ければどうにもならん言語であります。
私の育った神奈川県にも、「光あらたに」という県民歌はあります。小学校の時に習いましたが、中学校では歌った記憶無し。藤沢市歌の方が、中学校でも結構歌わされたように思います。今の世の中ですから、インターネットで検索すれば聞くことが出来ますが、まあ、「信濃の国」に較べたら、お話にならないほど「知られていない」でしょうね。また、「光あらたに」は、四番まであるのですが、公害問題などが世の中を騒がせるようになってから、
「いまよみがえる 町にきく 鎚の響よ 黒けむり」
という歌詞のある四番は歌われなくなっています。
もうひとつ、最近、久々に萩原葉子の「天上の花」を読んで知ったのですが、昭和24年制定の福井県民歌を三好達治が作詞しているのです。(作曲は諸井三郎)これは「福井県民歌」と検索をかければ、すぐに出的ますが、これがまた、全然知られていないようなんですね。福井県スポーツ祭の開会式で、「県民歌斉唱」の場面の動画がありましたが、誰も歌っていない。学校でもどこまで教えているのか?
過去の福井県知事のブログ(今、探し当てる事が出来ませんので、記憶によりますが)でも、「県民歌は、三好達治の文語調がなじみにくく、言葉も難しいので云々」というような事が書かれており、ほかのブログ等を見ても、認知度はきわめて低いことが解ります。しかし、私から見て断固として許し難い話があります。
この歌詞は5番まであります。5番の歌詞で、「十余郡四市の民ら わきてその若人らはや」という部分、作詞された当時は、福井県下では十一の郡(足羽、今立、大飯、大野、遠敷、坂井、敦賀、南条、丹生、三方、吉田)と四つの市(福井、敦賀、小浜、武生)が有りましたが、これが「現状の行政区分に合致しない」ということで、歌詞の改変をすべきだという議論が持ち上がり、実際、現況の行政区分に合わせて、この部分を歌い替えたという話もあります。ましてや「歌詞が現状と合わず、古めかしい」などという事で、新しい県民歌が平成24年、制定されています。幸い、達治の歌詞は、一部カットとはいえ、活かされた形になりましたが。
長野県の方である日本一周様にお伺いしたいのですが、「信濃の国は 十州に」を、「都道府県制になって、長野県は、新潟県や群馬県など、8つの県と接しているから」といって、「長野の県は、8県に」と歌い変えようと言う議論は起きたことがあるのでしょうか?そのくらい不見識な、福井県の歴史も、福井空襲や福井地震による惨禍を乗り越えてきた福井県民の意志と、情熱と、努力を反古にするような議論が行われてきたのです。
福井県の公式HPによれば、
福井県民歌の特徴は、格調高い日本語と荘厳な調べです。
美しい日本語が廃れつつある今、あらためて歌詞の一言一言を味わって口ずさんでみてください。言葉の持つ輝きに対する驚きと同時に郷土福井を復興・発展させようと頑張ってきた先人たちの熱き思いを感じていただけることでしょう。
福井県民歌は県民の財産であり、今後も機会を捉えて普及に努めていく方針です。
と書かれていますが、これではどこまで信じて良いものやら……「郷土福井を復興・発展させようと頑張ってきた先人たちの熱き思い」を感じてもらいたいなら、平成26年に制定した新しい県民歌で、何で五番の
「その道の 遙かなれこそ いざ歌を歌わむ今日し
十余郡四市の民ら わきてその若人らはや」
を「廃止」にするのか?まったくもって筋が通らないことをやっている。
確かに、諸井三郎の曲は、私のいい加減な調音と採譜では、ハ長調で、最高音は上のE、(ト音記号における第4間)で、曲の最後のほうで、このE音が連続するので、確かに普通の人には歌うのがしんどく、新しい県民歌制定のきっかけになったらしい、とは、ウイキペデイアの情報で読んでおります。でも、なんぼ、新しい県民歌の作曲者が、福井県出身の世界的指揮者であったとしても、文語の、荘重な五七調のリズムをまるきり崩している。
「こりゃ違うよ!こんなことやったらいかんよ!」
と言いたいですが、年寄のはかない抵抗なんでしょうか?
なお、福井県民歌に関しては、このブログでも以前取り上げましたが、東日本大震災の復興ソングのことを、ちくりと非難しております。そりゃ、あれだけの災害、キリスト教の「最後の審判」が、火でなく水で行われたような大災害ですから、その直後には「癒し」も必要でしょうよ。でもね、復旧・復興の主体って、いったい誰なんですか?復旧・復興の道のりは遠いことは、「新墾の道 はるかなれ」で、それを担うのはまさに「わきてその 若人らはや」ではないのですか?
長々と書いてしまいました。世の中は変わった、というより、変質してしまったのでしょうか?多くは戦後の復興期に制定された、並みの「県民歌」と、「信濃の国」を支える長野県人の思い、まるで、小林秀雄が言ったとおり、「伝統とは、日々守っていかなければならない」を実践している長野の方々に、敬意を表するばかりです。
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