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こんばんは、五十鈴拓磨です。
最近、真面目に胃腸を治して体力作りもはじめなければ仕事にならないと感じてきています。とにかく体力がない。
鉄道の方はといいますと、ちょくちょくと撮影をしに出かけてはいるんですが、撮って帰ってきたらもう疲れて結局載せず挙げずにナッチャウンデスヨネ〜...ネ〜...
こっちも体力不足に困っております。
さて、今回は撮りためたものを載せたいと思います。
まずは一枚目
初っ端からお粗末なスナップで申し訳ないです。先月末に、明けと休日を使って車で南松本へ行ってきた際に撮った写真です。
発車までだいぶ時間があるようで、入換灯のみ点灯していました。
二枚目
スナップで時計の後ろにいた二機。エンドが揃えられているので、綺麗に撮れますねぇ。
三枚目
3084レ EF64-1035+? 2エンド 坂下〜落合川
人生最初に撮ったEF64の総括重連。正直もうちょっといい場所で撮りたかったんですが、道に迷ったなんだしてたら昼間はこれしか撮れなくて...要リベンジです!!
四枚目
10/14 3075レ EF64-1012 2エンド 東戸塚〜戸塚
突然最近の写真になりますが、原色が入るというので急遽出撃。
したはいいんですが、ここに来るのは二回目で、光線の回り方などを知らなかった結果この始末。下にある蛍光ペンみたいな奴は保線の旗。もう踏んだり蹴ったり。冬至辺りにならなきゃ行かない。
五枚目
これも同時に来るなら藤沢〜辻堂とか茅ヶ崎〜平塚の方がよかったかもしれないですね。まぁ、撮れただけいいだろな一枚。ほぼ満コだったが救いだった。
ロクヨンセンの方は失敗続きですが、ゼロロクに関してはよくできている方なので、相性がいいんでしょうかね?(笑)
次回は広島...広島車両所...!?ではまた。
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2015年10月18日
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この日の最後の行程は、門司港から折尾へ行って、筑豊本線の折尾〜若松間に乗り、博多へ帰ります。
この電車は、筑豊本線直通、従って、折尾は短絡線の方に出来たホームに停車することになります。昔は、筑豊本線直通列車は、このホームが無く、折尾は通過となっていましたが、新しいホームが出来たのは、何時頃だったか?
で、折尾の短絡線ホームから、筑豊本線/鹿児島本線の直行する昔ながらのホームへ行くのには、一端改札を出て、結構歩くことに。
折尾でしばらく待っていたら、若松行きのキハ47がやって来ました。
だいぶ長い停車時間の後、若松へ向けて発車。大してスピードも出さないのですが、全線複線で、早朝に乗った香椎線と較べても、ずっと揺れが少ないのは、流石に「本線」だからか。そりゃ、
D50なんかが走り回っていたんですからねえ。線路はしっかりしているに決まってますが。
沿線に、大した風景も無く、若松着。これで筑豊本線は完全乗車。
しかし、長いホームだなあ……昔の賑わいは、どんなもんだったんだろうか?想像もつきません。
かくて、折尾へ戻って、鹿児島本線の特快に乗り変えて博多に戻ります。途中行き会ったのが、ED76の貨物列車。デジカメの調子に不安を覚え、フイルム付きカメラを予備に持っていたので、追い抜かれざまに何枚か、窓越しに撮りました。あまり写りが良くないですが、このED76も、そう余命は無いのでしょうねえ。
これは、赤間だったかな、「何じゃ!この塗装は?」という
DE10.後で調べたら、「BSデジタル号塗装」とか。
「ななつ星」の回送時にも使われているようです。
かくて、博多へ戻ったら、待っていたのは415系ステンレス車。常磐線のものと較べると、青が明るいですね。
ついでなんで、ちょこっと駅撮り。
「みどり」の783系。こいつとは、宮崎でお目に掛かりました。
おお、これは、どう見ても改造車!分割併合を行うため、サハをクロハに改造したもののようです。
「ソニック」と並んだところ。
「みどり」が出たあと、反対のホームへ行って、「ソニック」の全景を1枚。この883系だけでなく、「かもめ」用の885系の運用もあるとか。
という事で、今回の九州シリーズは終わり。まあ、40年来の懸案事項を3つ片付けたんだから、よしとしましょう………
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では、残りの展示車両と参りましょう。
クハネ581、昭和42年「月光形」として登場。当時中学2年の私にとっては、とうてい手の届かない存在でした。また、当時は、結構大阪発九州方面の夜行寝台急行も残って居た時代でしたね。
私の場合、寝台電車との付き合いは、S50.3の「金星」、S54.3の「明星」、あとは東北方面の「ゆうづる」に何度か、平成になって「きたぐに」という所です。また、仙台時代、通勤改造された715系にも、何度も乗りましたが、ドアが狭くて、混雑時には迷惑な存在でした。北陸で、419系にも1度のったな、そう言えば。
で、ここの保存車両は、というと………
とまあ、外見は、登場当時の「月光」となっておりますが………
窓を見れば一目でわかる、クハ715の復元車。
寝台の中段も無いし。
通勤対応改造のロングシートが残り、窓も開閉出来るようになったまま。まあ、これを本当に原型に直すのは大変だろうけどなァ……
下段の寝台セット状況。この上に敷き布団は掛かりますが。
これが、昼間の座席使用の形。そうだ。「はつかり」で三沢から福島まで乗ったこともあったわな。
そして、九州最初の特急電車であった、481系、クハ481。
不思議なんですが、クハ481−1、2は、最後は勝田に居たんですね。S61だったか、勝田から「ひたち」に乗った時、
クハ481−1に当たりましてね。大喜びしましたよ。でも、結局は、老朽化著しく、解体されてしまったようですがね。
あとは、おまけ的に、スハネフ24。
最後に、鉄道記念館の建物をちらっと。
なかなかの古典客車も保存されていました。
さて、この後は、やはり40年来の懸案事項であった、筑豊本線折尾〜若松間を乗って、博多に戻ります。
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