|
会社でT君に会ったら、
「五十鈴さん、最近、ブログ上げる回数、減ってません?」
と言われました。確かに減っています。まともな投稿は1ケ月くらいやっていません。その代わりと言っては何ですが、以前、T君に、
「あの、一言コメントですか、何気に更新されていて、その親子ゲンカみたいなのが結構面白いんですよね」
とも言われていたので、セガレとの漫才もどきに精を出しておりました。
で、今日は、ようやくまともな投稿が出来ます。名古屋出張のついでに、ようよう一稼ぎしてきました。名古屋には、まだDCが見られます。今の生活圏ですと、宇都宮か高崎・高麗川まで行かないとDCには会えませんが、名古屋ではまだ毎日見ることが出来ます。
快速「みえ」用のキハ75。こいつは、まだ乗ったことが無いのですが、結構足が速い様です。
3扉ながら、ドア間は転クロ。なかなかよろしいですな。
一方、こちらはキハ85。「ひだ」と「南紀」に使われています。キハ85は、昔、岐阜から大阪まで乗りました。足はなかなか良く、関ヶ原の登りも、ものともせず登っていくのですが、米原から先、JR−西の管内に入ると、DCの悲しさで、普通電車も追い抜けず、ダラダラと、「特急料金返せ!」並の走りで、ガッカリでした。まあ、あの列車に乗った、ということが、一つの価値か……
こちらは、キロ85の方。
さて、枇杷島から出る「東海交通事業」は、私が名古屋に居た30年前には、高架橋が一部出来ていたのだろうか、運転本数も少なく、乗りにくいのでこれまで敬遠して居ましたが、今回思い切って乗ってみました。
枇杷島にて。そもそも、「キハ11」と言われると、17系DCの寒冷地仕様で、大宮の鉄道博物館に1両保存されているヤツを思い浮かべる世代。セガレから、
「キハ11が、ひたちなか海浜に行ってなあ……」
というので、
「え?ひたちなか海浜のキハ11って、鉄博のヤツだろが?」
という大ボケをやってしまいました。キハ11が違いますな……
あれ、クロスシート装備で、結構立派でないの………
ワンマン専用で、乗車券というものは無いようです。
完全にワンマン対応なんで、バックミラーが車両には着いていて、各ホームにも、乗降状況を確認出来るミラーがあります。ありゃ、自分が写っている……
あいや、隣を貨物が通過して行く!EF65も、登場当時の姿で残って居るのは、JR東の何両だけかと、貨物の2両だけだという……しかも、貨物会社の機関車は、改番されて2000番台だし……
さて、走り出して驚いたのは、なんと全線複線!そして、東海環状道路の高架が左側にくっついていて、西〜北方向の景観は全くダメ!私が「濃尾平野の点景」と呼んだ小牧山も、ほとんど見ることが出来ませんでした。
終点、勝川。勝川も、入社当時、一緒に現場をやっていた上司が住んでいて、よく駅まで迎えに行きましたが、当時の面影は全く無く、えらく立派な高架駅になりました。本来、この東海交通事業の路線も、勝川からのバイパス的な役割を持たされていたはずで、中央本線から離合できるような設計になっているのですが、現況は寂しく単線で終わり。JRの勝川駅までは、結構歩きました。
ということで、今回の戦果は、以上。
おまけ、名古屋の211系。日常の生活圏から撤退してしまったので、見ると何となく懐かしいですね。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2015年06月13日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




