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順番が狂いましたが、歌集の最後として「白梅集」からご紹介しましょう。「白梅集」は、大正6年8月5日刊、奥さんの喜志子さんとの合作、喜志子さんは主に三浦療養中の時期に当たります。この中では、私の探す限り「汽車・電車・停車場」関係の用語で引っかかってくるものは
其一(春淺し)―倦怠
乘るはなほ電車通りをゆくこともこころいためば耐へられなくに
という一首しかありません。何だかんだとありながら、比較的充実していたであろう大正5〜6年の牧水ですが、絶望的な、また自棄的な歌が多く含まれることでも知られるこの歌集、何が「こころいためば」であったのか推測がつきません。
結局、これだけ紹介して終わり、という間の抜けた話になってしまうのですが、牧水の「旅」を考える上で重要と思われる歌がいくつか、この歌集にも含まれております。今回はこれらを題材に、若干考察めいたものを書いてみようかと思います。
秋の歌 (失題)
ある時は身體いつぱい眼となりてつまらなさをば見てゐるごとし
つまらなさ手足にあふれふらふらとさまよひあるく身體なりけり
何もかもつまらなく見ゆるこの日頃いかなる面をわれのせるらむ
二首目の「つまらなさ手足にあふれ」を引いて、歌人の佐伯裕子氏が、全集十一巻の月報で、牧水の旅を「彷徨」として、「旅でもなく、遊びや気晴らしとも違うもっと深く、生存そのものに根付いた歩行行為なのではないか。」と書いています。
また、全集七巻の資料編に、岡野弘彦氏の「新しき憧憬の旅」(「短歌」、昭和60年8月)という評論が載せられていますが、岡野氏も、
作品を通して感じられる彼の旅への執着は、理念というよりはもっと野放図な情熱で、旅への情念とでもいうのがよりふさわしい。
と書かれています。続けて、
牧水を格別、思想家だとも思索家だとも思わないが、その歌のしらべの朗々としているのとは対照的に、性格的に内向的な、沈潜して思い入るといった所があって、彼の詩歌はその沈潜したものの思いの中から歌い出されている。そのしらべと内向性の融合した「あこがれ」の歌が、明治三・四十年代の新しい時代気運とひびき合う魅力を持っていたのである。
とされています。
両氏が指摘されるとおり牧水の旅、そして旅の歌からは、ある悲壮な決意というようなものは感じられません。この前三好達治の「測量船」から引用してきたことがありましたが、
しかし私にあつて今日旅を行く心は、ただ左右の風物に身を託して行く行く季節を謳つた古人の心でなければならない。
(三好達治「峠」より抜粋)
牧水は、こんな事は言いません。ある意味もっと弱く、甘く、佐伯氏の言葉を借りれば「歌がただ酔うように流れるように作り捨てられていく」のは「旅」においても同じ。ひたすらに、酔うように、流れるように、淋しさがさらに淋しさを呼び寄せるように歩き続けるのであったろうと思います。達治の作品の奥に時折感じられる「限界まで張りつめられた何か」は、牧水のものではありません。
佐伯氏は更に「“家”という現世を捨てきる孤心からも見放された<さすらいびと>なのである。」としています。牧水は牧水なりに悩んでいたことも確かなようで、「旅とふる郷」の「火山の麓」では、
そして斯うして草の上に横はつて居る自分の姿の寂しさ淺間しさが痛いまでに明かに眼に映る。T君を初め、某君、某君などの落着いて生活を營んで居る樣が次から次へと眼の前に並んで表れる。尚ほ引續いて比頃までの自身の荒んだ生活自暴的の生活も浮んで來る。強からぬ者は、その自暴的生活にさへどん底までは落着くことが出來ないで、旅へ、旅へ、とさながら母を慕ふ小兒(こども)の樣に斯うして旅に逃れ出て來たではないか。それほど慕つて來た旅が汝に輿へたものは果たして何であらう!
「では一體如何すればいゝ、僕にはあゝいふ生活に辛抱して居ることはとても出來んのだ。」
思はず聲に出して、身體を起した。おそらくその顏は死人の樣に蒼ざめてゐたに相違ない。
と、まっとうな生活の出来ない自分を呪って居た時期もあるようです。「孤心からも見放された」とは凄い言い方ですが、家庭も親も捨てきれず、その一方、娘のみさき子さんが「(牧水は子供たちに)貧しさというものを一向に感じさせなかった」と言われている程ですから、また「よき父親」でもあったのです。この辺、家庭に恵まれずに育ち、自らも後に家庭を破り、孤独の中に死んでいった達治とは際だって異なります。
牧水より先に三好達治を良く読んでいた私は、二人に底流する同じものを感じていたのですが、今回牧水の作品を読み込んで、これは全く似て非なるものだと思いました。三国疎開以降の達治は「流寓」というべき境涯ですが、牧水は沼津に居を構え、家族と社友のために奔走します。加えて牧水にはどこか「おちゃめ」な所があり、かつ用意周到、周囲への気配りは大変なもので、死の直前まで、見舞いに来た創作社の人たちに十分な酒やビールを出すよう喜志子さんに命じているという訳ですから、借金は山ほどありながら「愛された人」であったのでは無いかと思います。
そろそろ結論を書かなければなりません。
わが部屋にわれの居ること木の枝に魚の棲むよりうらさびしけれ
(路上)
「あくがれ」とは、「心ここにあらず」に近い意味だ、と、どなたかがブログで書かれておりました。とにかく、一所にじっとしていられなかった牧水は、「おまんま」を食っていくために世上の仕事を方付けながら、いつも「心ここにあらず」。それでいて単なる「お気楽な極楽トンボ」ではなく、いつも懊悩を抱えながらの旅を詠っている。
現代短歌の最先端がどういうものであるか、私は知りません。しかし、歌詠みでも何でも無い、ヘタなブログ書きに過ぎぬ私を、牧水の歌が今でも捉えるのは、こんな所なのかもしれません。
以上で、歌集に収録された牧水の「汽車のうた」を終わります。
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2016年09月18日
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