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DD51を見たら慌ててカメラを取り出すような日が来るとは、思ってもいませんでしたねえ……
昨日大阪へ行って一仕事し一泊。朝の新幹線で帰京したのですが、名古屋駅へ入る手前でDD51の牽く貨物列車を追い越したので、
「こりゃ、名古屋停車中に撮れるかな?」
と、i-phone6を構えていたら、一番手前の線路に入ってきてくれて、まあ、電柱やら何やらで、やっとこすっとこ撮ったのがこれ。右半分をカットしております。
昭和55年名古屋に転勤して、DD51というのは比較的身近な機関車となりました。その頃の私の文章作品には、こんなものがあります。
DD51のこと
名古屋に移り住んで以来何かとDD51にお目にかかる事が多い。神奈川だと横浜線の貨物の一部、静岡には影も形もなく、房総ではかなりお目にかかったが、名古屋では稲沢のが居て、亀山のが居て、関西線などはDD51なくして成り立たない。
小学校から中学校の頃、つまり大型蒸機時代末期、電化でなければたいていはこのDD51が蒸機にとって代わり、SLファンならだれもがDD51を憎らしく思った事であろう。そのDD51も電化に勝てるわけがなく、全国的にダブついてDD54を全滅させ、DF50を圧迫している。どにかく損な役回りのDLである。
DD51は、「本線用大型DL」である。軸重が14〜15tと可変になっていて、C62〜C57、D51、D52の代替として全国にバラ撒かれたわけだが、私が旅行するようになった頃には、主要幹線は皆電化されていて、せいぜいローカル列車を牽いている姿しか目に入らなかった。それが函館でたまたまコキの10両余を牽いて走るのを見て、DD51も、これくらい持たせると圧巻だなあ、と感心した。名古屋に来てからは、笹島(熱田?)〜稲沢間で、ELの牽いていた貨物列車をそのまま受けて走っている。当然かなりの長編製で、まことに立派だ。一部の列車はDE10も担当しているが、あのセミセンタキャブの「入換機」よりはDD51の方が見栄えがする。
しかし、これも平地での話。ヤマへ持って行くと、25‰での定数は、D51=35(車)、D52=38=DD51に対して、EF64は60である。相手にもならない。チンチクリンの貨物を重連で牽くDD51ではいささか情けない。
いずれ山陰線が電化されれば大量のDD51が余る。DE10やDE11の運用を多少はもらえるだろうが、やはり彼等も廃車ということになるのだろうか?
(1979.8.15に一部加筆)
確かに、DD51にカメラを向けた記憶は少ないですね。フィルムカメラ時代のものも含め、この際なんで記録をかき集めてみました。
最も古いのが、中央西線電化開業を7月に控えたS48.3、中津川駅での写真(爺様の写真です)
次がS54.3、筑豊本線で50系客車を牽くDD51。
名古屋時代の画像も3枚。上2枚は名古屋駅、3枚目は熱田駅です。
札幌、「はまなす」運用のDD51青ガマは、停車位置が悪くて、まともな写真なし!
昨年の出張、四日市で取ったもの。
まあ、静かに見送ってやりたいものです。
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