高崎線userのRailLIFE

倅:オカシイ。妹の方がネタ撮ってる 親父:偶然は怖いだろう??

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 「旅の歌」に着いている「月報」には、大岡信さんと飯田龍太さん(蛇笏四男)の「旅の歌、旅の感慨」というテーマによる対談が載せられています。この中で飯田さんが、旅の漠然とした目的と明確な目的の二つのちがいはあるかもしれないけども、作品の味付けでは、旅する人が自分の故郷をどこかで意識しておる人といない人とのちがいがあるのではないかと思う、と発言されています。例えば西行には故郷の意識は見られず、芭蕉から牧水などは逆に故郷という意識がある。放哉や山頭火には故郷の意識はまた、無いと。

 山頭火については、本文における幸綱さんの意見とは異なるようです。また、放哉については本文には何も述べられておりません。


 さて、「旅の歌」の最後の節は、「漂泊と望郷の旅」と題して、明治以降の歌人、俳人、詩人を扱っています。啄木については、こんなに汽車のうたがあったとは知りませんでした。というか、牧水にかまけていてチェックしなかっただけなんですが……そしていきなり朔太郎が出てきたので驚きました。反対しているのではなく、大歓迎という意味で。 以前、J様の記事に関連して、「啄木の故郷、朔太郎の故郷」を、いずれ考えなければならないな、と思っていたのですが、図らずもここでこんな良い本に巡り会えることになり、嬉しい限りです。


 まず、啄木は、故郷から「石持て追われた」訳で、今更故郷に帰っても受け入れてもらえる訳はなく、仕事も無かったでしょう。それでも「やはらかに」や「かにかくに」のように渋民村を思うのは、盛岡中学へ行った、当時としてはエリート層として周囲から仰ぎ見られていた(当然本人も優越感は持って居たでしょう)良き思い出のある場所としてであり、現実にはそれは「無い」のです。 


  一方の朔太郎、生家は結構繁盛していた医者で、そこの長男のくせに跡をも継がず、学校もろくに行かないで(最終学歴は旧制高校中退)親がかりのまま突飛な恰好をしながらぶらぶらしている。本人は「純情小曲集」(愛隣詩篇+“郷土望景詩)の「出版に際して」で、



 郷土!いま遠く郷土を望景すれば、万感胸に迫つてくる。かなしき郷土よ。人々は私に情(つれ)なくして、いつも白い眼でにらんでゐた。単に私が無職であり、もしくは変人であるといふ理由をもつて、あはれな詩人を嘲辱し、私の背後(うしろ)から唾をかけた。「あそこに白痴(ばか)が歩いていく。」さう言つて人々が舌を出した。
 (中略)
人の怒のさびしさを、今こそ私は知るのである。さうして故郷の家をのがれ、ひとり都会の陸橋を渡つて行くとき、涙がゆゑ知らず流れてきた。えんえんたる鉄路の涯へ、汽車が走って行くのである。
郷土!私のなつかしい山河へ、この貧しい望景詩集を贈りたい。



と書いています。始めっから故郷に受け入れてもらえない朔太郎。でも、昭和11年出版の「定本 青猫」の冒頭に収められている「郵便局の窓口で」に見られるように、故郷と、そこにいる「老いたまへる父上」に頼らなければならない不甲斐なさ、頼らざるを得ない自分の弱さなどを考えると、「月報」で飯田さんの言われる「故郷を離れたい気持ちが八割か九割、最後まであと一割そこそこの僅かな部分を捨てきれなかった人」という通りでしょう。「陸橋」、「鉄路」については、本文で幸綱さんが解説されているので私が改めて書く必要もありますまい。それよりも朔太郎の「帰郷」、幸綱さんのリーディングには恐れ入りました。我々テツ共でも、ここまで感情移入しませんワ!


この詩の作られる過程は以上のごとくであるが、詩そのものを直に読むとするならば、ちょっと違った読みも可能かと思う。「汽車」への親近感を思い切って主題に近付けて理解するのである。
 汽車の烈しさ、汽車の孤独。泣き眠る「母なき子供等」を乗せてひた走る汽車。烈風を突き、闇に吠え曠野を走り行く汽車の孤独と烈しさは、まさに父親の孤独と烈しさではないか。そして、曠野を走り行く汽車は、では一体、どこへ行くというのか。
 汽車に目的地はない。父に目的地がないように、ないのである。故郷に帰ったとて、それは到着を意味するわけではないのと、同じように終着はないのである。



 汽車に目的地がない、というのには虚を突かれました。「汽車」つまり、機関車であろうと、電車、客車であろうと、「旅を栖とする」者ではあっても、車両基地があって、必ずそこへ戻って整備を受けます。蒸気機関車の時代であれば、給水や給炭もしなければなりません。灰も捨てなければなりません。決して放浪者ではないのです。こういうテツどもの常識のに妨げられて、ここまで思い切った読みが出来なかったんですね。


ちょっと話がそれますが、「旅を栖とする」者なら、行き倒れという事もあるのか、とお考えになる方もおられるでしょう。「道ゆきつかれ死にヽけり」の世界ですが、一般には汽車には「行き倒れ」はありません。しかし一昨年(平成27年)、JR東日本所属の「虹ガマ」と呼ばれた電気機関車が高崎線の鴻巣〜北本間で故障を起こし、本線上で停まってしまった事故がありました。後続の貨物列車が救援して北本駅まで押してきて、さらに田端からもう1両の機関車が来て何とか始末は付けたのですが、件の「虹ガマ」、あっさり廃車になって秋田の工場に送られ、解体されてしまいました。こういうのは「行き倒れ」と見ても良いでしょう。


「旅の歌」の方は、順序が前後しましたが、朔太郎にとって兄弟子とも言える室生犀星の「小景異情 その二」を挙げています。犀星の詩は、手には取ったものの少しも感じる物が無くて、すぐ手放してしまいました。私が知っている犀星の詩といえば、この「小景異情 その二」のほかは「犀川」くらいです。ですから、犀星の生い立ちなどはこの本で初めて知りました。この詩、高校2年の教科書にも出ていたようで、家に帰った所、ムスメが、


おとん、この詩さぁ、犀星はどこにいて詠んだのかって、先生が聞くんだけどさ。“みやこ”って、金沢だっていう見方と、やっぱり東京だっていう見方とあるらしいんだよね。


犀星はノーマークだったので、うろたえました。日頃、牧水だ、達治だとか言っている親父の面目丸潰れ。J様がこの本を紹介して下さって、ようやく面目を施せました。ただ、犀星のこんな古い作品で、まだこのような問題に決着が着いていないのも驚きでした。とりわけ犀星が「都」、「みやこ」と使い分けている点で、「遠きみやこ」に、加賀百万石のお膝元、北陸地方の中心都市である金沢という街の「中央意識」を読み取る方もおられるようです。でも、「帰るところにあるまじや」と言うのなら、東京で食い詰めて金沢に逃げ帰ってきても結局仕事が無くて、


「故郷なんざ帰って来る所じゃね〜や。故郷なんてものは、遠くの地にいて、勝手に心の中で美しく思っていりゃあいいんだ。またさっさと東京へ出て仕事探すワ!金沢よ、おさらばだゼ!もう帰ってこないかもしれないゼ!」


という開き直った自暴自棄な告白、別れるというより自分から切り捨てようという心の動きを表していないでしょうか?ムスメへの答えとしては、この詩は、金沢で詠まれたもので、決して金沢を懐かしんで歌ったものではなく、故郷に決別しようとした歌ではないか、と。三好達治も、


 故郷(金澤)に作者はあつて、遠き都、すなはち東京を思つて歌ふのであります。逆にとり違えてはいけません。


と、「現代詩概観」の中で親切に注釈を加えています。でも、「旅の歌」によれば、なおも犀星は、少しも良いことの無かった故郷を讃えて詠っており、「さらば金沢」とも言い切れないようで、幸綱さんは、


事実の次元でウソ・ホントということを言えば、この詩(注;犀川の川辺)に出てくる「楽しい父母」とか「あたたかな炉」に象徴される家庭、およびその延長上にある故郷の描写はウソということになるだろう。しかし、彼の望郷の念の強さが現実をねじまげるほど強烈で、自身をあざむかないではいられないほど切実だったと見るならば、単なるウソではすまされない、心底のホントがそこに露出していたと見ることができるのではないか。(中略)近代の望郷詩には、こういうパラドックスがあるのだ。


と書かれています。こうなると私のリーディングも相当アヤシイものと心得ないといけません。参ったな…… 


(この項つづく)
J様へ


過日の「津軽平野」に関する小生の記事に丁重なるコメントを頂戴し、感謝いたします。そうでしたか、J様は単身赴任のご経験がありましたか。小生は気楽な独身者で、初めはラジカセ、後にオーデイオコンポこそ持っておりましたが、テレビは無し、新聞も取っていないという浮世離れしたような生活を都合8年も楽しんでおりました。


今、「旅の歌」を考えるに当たって「旅」とは、或いは「故郷」とは何であるか?故郷と、「旅」とは対立概念なのか?「故郷」を持たずとも「旅」があり得るか?等、等……のっけから大変重い課題が目の前にどかんと現れ、行く手を塞いでいる有様です。たしか高校生の頃取っ組んで、多分歯が立たなくて放棄したような記憶もあります。さて、どこから手を着けましょうか?


 論を進めるためと、思考の整理のため、私が普段何となく使っている「日常」、「非日常」という区分を使って考えてみようと思います。その過程で、若干私事に亘ることも出てきますが、ご容赦下さい。


 現在私が勤務している会社は、地質調査を生業としております。この仕事は、ほぼ「現場作業」というものを伴うため、近場であれば拠点事務所から、遠ければ現地に仮設事務所(臨時事務所)を構え、旅館などに泊まって仕事をしてくる事になります。ただ、本当の「建設工事屋」ではないので、一つの現場で半年も居たら余程長い方で、長くともまあ2〜3ケ月、極端なのは行ったその日でその「現場」は終わり、また次の現場に向かいます。「現場掛け持ち」という場合もあって、拠点事務所を中継点として「あっち行き、こっち行き」となることもあります。また、人員構成の関係から転勤ということもあり、北海道から九州まで、どこに行かされるかはその時次第です。こういう生活をしていますと、「舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらへて老をむかふる物は」とまでは行かなくても、移動も仕事のうちで、また、現場やその周辺で普段目にしない様々なものを見て歩く事になります。ちょうど当社の名古屋店の連中がJ様の御近在で仕事をさせて頂いた折り、彼らは南伊豆の風物を、植生やら、地形やら、気候やらを毎日目にしていたと思います。もちろん「仕事」の中の事ですから、勝手にどこかへ行くということは出来ず、あくまで与えられた「現場」の範囲の中ではありますが。

 では、彼らは自分たちを「旅人」と思っているかと言えば、おそらくはそんなことは無いのであって、あくまで「これが日常の仕事」と思っているはずです。結局他人から見たらともかく、自分の意識の中で「日常」と思っている限り「旅」ではないのです。かく申す私も本社の人間として、出先の拠点周りや現場の安全パトロールなどをしますが、新しい風物を目にしても、これも「仕事のうち」。北海道へ行こうが沖縄へ行こうが「日常の延長」です。あとは牧水の詠ったように、その一瞬一瞬「たび人のさびしき眼」を意識しているかどうかの違いになります。


しみじみと遠き邊土のたび人のさびしき眼して停車場に入る (死か藝術か)



もうひとつ、「本人の意識」について、補助線を引いておこうと思います。JR東日本の社内誌「トランヴェール」に角田光代のエッセイが載っておりました。平成244月号、とメモにあります。正確な引用が出来ないのですが、概ねこんな事が書かれていました。


海外から帰って、この国の色彩は本当にやわらかい。ああ、帰ってこれたんだ!都心に近づくにつれ、次第にふくらんでくる「私に含まれているかのような近しさ」。しかし、同じ風景なのに、友人を成田空港まで迎えに行くとき見たのは、何と、ただの退屈な、見るべきところもない田園風景が広がっているだけ。 


 これから、このように結論づけています。


旅というのは、空港に着いたときに終わるものではなくて、周囲の景色が、わざわざ目を凝らすこともない日常に戻ったときに終わるのだと知った。



一方、「故郷」というもの、これも一筋縄で片づくとは思えぬ難物です。会社の同僚に、ご父君が自衛官であったという方がおられました。当然「転勤族」。ご家族連れで何度も転居され、会社に入るまでは、まあ、一番長くいたのがどこそこかな、次は‥という工合で、ご本人曰く、 


「何をもって故郷と言うか、だが。親は持ち家買って、今も市に住んでいるよ。オレ自身は、故郷はどこ?と聞かれても困るわな」 


だそうです。私自身は、20歳になるまで神奈川県藤沢市に居ました。親は今でもそこに住んでおり、ここが故郷と言えば言えなくもありません。では、なぜこういう歯切れの悪い物言いをするのか。ひとつは、故郷を出てからの方が既に長くなってしまい、しかも前述したような商売柄、自分の生まれ育った土地とその風物を相対化して見る癖がついてしまったのだろうと思います。もう一つは故郷そのものの変化にあります。東京から電車で1時間弱、海があって、観光地としてもベッドタウンとしても極めて人気の高い土地柄、駅裏の工場が移転し、どでかいショッピングモールや団地があっという間に出来てしまうのでは昔の面影も何もあったものではありません。大きな道路が一本出来たら全く街の貌が変わってしまいました。丁度朔太郎が「物みなは歳日と共に亡び行く」と詠ったような心境です。大げさに言えば「故郷喪失」です。 


 でも、と再び考えます。私の基本的な感性を育てたのは、やはり「あの当時の」故郷ではなかったのか?朔太郎を育てたのは、「その当時の前橋」です。それが物理的に「歳日と共に亡び」てしまってもこの事実は動かないだろうと考えます。


 今「感性」という実に気障な言葉を使いました。この「感性」には、その当時の故郷という土地柄における常識、極論すれば、電車は5分に1本来る、というものから、どこどこと比べればこちらのほうが余程都会、という嫌らしい優越感に至るまでの、極めて幅の広いもの、とお考え下さい。前回、「津軽平野」でお話ししたとおり、やはり私の感性は、どこまでも「首都圏人」。あの歌に反応する方向性が全く逆なのです。 


 さて、自分の論拠も大体見えてきました。ようやく「旅の歌」の中身に切り込んでいくことにいたしましょう。


(この項つづく)

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