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過日の、「美を求める心」(小林秀雄)に関する記事、興味深く拝見しました。「音楽が解る」とか「絵が解る」という物言い、私は嫌いですから、滅多にこういう言い方はしません。ところが、どうしても「解った」と言わざるを得ない瞬間が何度かありまして、S様へのお手紙の中で言及しようと思いつつ少しも筆が進まず弱っていた所でしたので、良い本をご紹介くださり大変に感謝しております。早速県立図書館から借りてきて、先ほど読了いたしました。
小林秀雄は、文中で、
極端に言へば、絵や音楽を、解るとか解らないとかいふのが、もう間違つてゐるのです。絵は、眼で見て楽しむものだ。音楽は、耳で聴いて感動するものだ。頭で解るとか解らないとか言ふべき筋のものではありますまい。
と書いています。これについては私もそのとおりと思っております。ただ、ここで考えました。「何が“解る”のか?」と。小林が「解る」という言葉で表しているのは、受け手の感性に訴えるものがある(“心”に響く)、という意味でしょう。一方、絵や音楽の技法などを論じようとした時、それらの事柄が理論的に(それこそ“頭で”)把握できていなければ、その面では「解った」とは言えないでしょう。ここでは小林は、“心”という面からこの文を書いているのです。
さて、先ほどの私の経験談に戻ります。ひとつは、例のマーラーの交響曲について、もうひとつはシューベルトの「未完成」についてです。
マーラーの交響曲は、1番、「大地の歌」、8番、6番、5番、9番と聴き進んできて、7番はショルテイのCDを買って聴いてみたのですが、これがちっとも解らない。つまり私の感性に引っかかって来ないのです。そんなことで長いこと放ってあったのですが、たまたまNHKの番組で、デイビッッド・ジンマンという指揮者がN響に客演してこの曲を振った番組を見ていて、解説者の解説もあったのでしょうが、何か突然この曲が「解った」気になりました。もちろん、これは曲の構造や和声などの「理解」とともに、私の感性に訴えてくるような演奏だったからでしょう。でも、その当座は自分でもひどく不思議な気がしたものです。「解説」という言葉を媒介にして感性が動くものであるのかどうか、その後このジンマンの演奏、NHKアーカイブスなどを検索しても引っかかって来ず、結論は出ていません。
もうひとつ、シューベルトの方は、ジョージ・セルの指揮するクリーブランド管弦楽団の1960年の演奏です。セルという人は非常に厳格な音楽を創るので、どうにかすると時折「ちょっと、食い違ってないか?」と思いたくなることがあります。この「未完成」も、非常に美しい演奏なのですが、あの有名な、低弦で始まる序奏が、第一主題が提示された後に5度上に転調してヴァイオリンで出て来るところ、またその後の展開部や再現部など、曲の構造が丸見えになるような、即ち論理的に解った(いや、“解らされた”)ような印象を受け、「“未完成”って、こんな安っぽい造りだったっけ?」と興ざめしてしまいました。一方、同じCDに入っている「ザ・グレート」、これは全くそんな感じは無く、まさに小林の言う「言葉を失う」ような良い演奏でした。更に、小林の言う、 見ることも聴くことも、考へることと同じやうに、難しい、努力を要する仕事なのです。
というのも、私の経験に照らし合わせてハタと膝を打つものでした。この文の前段で、小林はこのように書いております。
昔の絵は、見ればよく解るが、近頃の絵は、例えば、ピカソの絵を見ても、何が何やらさつぱり解らない、と諸君は、やはり言いたいでせう。それなら私は、かう言ひます。諸君が、昔ふうの絵を見て解るといふのは、さういう絵を、諸君の眼が見慣れてゐるといふことでせう。ピカソの絵が解らないといふのは、それが見慣れぬ形をしてゐるからでせう。見慣れて来れば、諸君は、もう解らないなどとは言はなくなるでせう。だから、眼を慣らすことが第一だといふのです。頭を働かすより、眼を働かすことが大事だと言ふのです。
現代音楽、というのに、どこまで定義があるのか知りません。ただ、学校で習ってきたような音楽から比べたら、そう簡単に「解る」ことができない物もあるでしょう。もう40年以上前の話ですが、藤沢市の社会人合唱団に入って最初に出くわしたのが、柴田南雄の「優しき歌・第二」(作詩;立原道造)でした。簡単な和声ではない、教科書的には「不協和音」の連続ですが、「不協和音」即ち「不快な音」ではないということ、何とも不思議な響きの世界であるということが、練習を重ねていくうちに全身で「解りました」。小林の言う「努力」と同列に扱うのはお恥ずかしい限りですが、中学・高校レベルからいきなり日本のアマチュア団体で五指に入るような所へ飛び込んでしまって、ここでの経験、とくにこの柴田南雄や、翌年やった三善晃の「五つの童画」(作詞:高田敏子)など、いきなり聴いてもちっとも「解らない」曲が、演奏者の一人として練習を重ねていくうちに、こんなにすばらしい物であったか、と、感動をもって気づかされた瞬間が何度もありました。絵が「見慣れ」であれば、音楽は「聴き慣れ」、「歌い慣れ」ということになるでしょうか。実は昨年、これも大昔籍を置いていた仙台の合唱団に数年ぶりに顔を出したのですが、練習していた曲がペンデレツキの「無調」の合唱曲で、さすがに初見では二進も三進もいきませんでした。この合唱団、この曲を持ってコンクール全国大会に望み、金賞を貰ってきましたが、私が会場でこの演奏を聴いても「解らなかった」でしょうね、多分。
一方で、
言葉は眼の邪魔になるものです。
といいつつ、ならば詩は言葉で出来ているではないか、という問いについては、
成る程、詩人は言葉で詩を作る。しかし、言ふに言はれぬものを、どうしたら言葉によつて現す事が出来るかと、工夫に工夫を重ねて、これに成功した人を詩人と言ふのです。
と、東京帝大仏文科の同級生、生涯を賭けて「日本語における詩語の形」を求め続けて変転止まなかった、堀口大學のいう「詩に死んだ」人、そのために家族も、どうにかすれば自分の健康すら擲った三好達治を彷彿とさせるような事を書いています。達治の全集にひととおり眼を通した私としては、この所にも深く頷かざるを得ません。
小林は言います。
さういふ姿を感じる能力は誰にでも備はり、さういふ姿を求める心は誰にでもあるのです。たゞ、この能力が、私たちにとつて、どんなに貴重な能力であるか、また、この能力は、養ひ育てようとしなければ衰弱して了ふことを、知ってゐる人は、少ないのです。
と言いつつ、小林も「評論家」でありました。「姿を感じる能力」とともに、言及こそしていませんが「姿を言葉で現す能力」を共に養い育てていったのは、この人もまた同じであったと思います。
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