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ごいんきょ め また あそんで います まったく せんだい の O てんちょう さん の たのみ とか ぬかして なんで きは よんじゅう がた の げんけい に のれる んだ よ
まあ、例の「安全パトロール」、1/16の「はやぶさ1号」で大宮から八戸へ、ここから車便乗で久慈の現場へ。仕事を終えて、帰路は久慈から八戸経由、一旦仙台で泊という行程。
夕刻の17:00前、車で久慈駅まで送ってもらい、「発車10分前から改札開始」という張り紙を見ながら先頭に並びます。
おお、ここはキハ40かいな。110とか101じゃなかったんだ。
ここも本数は少ないですナ。
山田線(盛岡〜宮古)も、ようよう復旧かい。
山田線の宮古〜釜石間が復旧したら、三陸海岸を通しで乗ってみたいですね。
さて、改札が始まりました。すっとんでホームへ行って、席を取ったらあとはいつものごとく……
首都圏色と盛岡色(?)の混結。
サボじゃなくて張り紙かよ!
なにぶん17:00直前、三鉄の列車が入ってきたのですが、ISO 800にしても、シャッター速度1/2秒では、電子手ブレ防止機能も役に立たず。
おお、懐かしや、窓の下段が開くんだな。
ありゃ、冷房もね〜ゾ!こりゃ、ほとんど原型に近いナ!
この座席番号表示も撤去していないんだな。そもそも、113系1000番台が出たとき、セミクロス車を急行に使おうってのか、と、いささか訝りましたが、キハ48系もそうですよね。まあ、キハ48あたり、キハ58系に混ぜて、塗色も「急行色」にしたら、冬場なら自由席に使ってもいいよなあ、とは思っていましたが。実際、指定席車両として使われたことはあったのだろうか?
写真は出せませんが、WCなども非常に懐かしい風景。おお、「国鉄型」だよな〜。これは!キハ40系は、そもそもあまり好きな車ではないんですがね。今では結構貴重になってきましたからね。
デッキにはゴミ箱付き。こりゃすごいな。
登場時はタブレットキャッチャーも着いていたんですよねえ、記憶はないですが、タブレットのキャリア防護板ものこっていますからねえ。これを使った事はあったんだろうか?
17:01、久慈を定刻発車。何だ、えらく足が遅いナ!こりゃ、エンジンも積み替えていないな?例のDMF-15なんちゃら、か。
次の陸中夏井を出てから、エンジンは変速でうなっているのですがちっともスピードがあがりません。周りは真っ暗で、なんにも見えず、連結部の運転台で速度計を見ると、33km/h位。昔のDMH-17系統の車両の経験から言って、シングルエンジン車だったら、20〜25‰くらいかな。結構きついな。ここいらに特徴的な海岸段丘をよじ登っているのでしょうか。
帰宅後計算したら、陸中夏井駅の標高は約5m、次の侍浜駅は標高なんと160m、駅間の距離は7.3kmなので、平均して21.9‰の勾配。まあ、大体良いところか。
侍浜を出てからは、足取りも軽くなり、直結段で快適に走ります。でも、キハ110系に比べると、ホント、いかにも鈍足。キハ110なら、小海線の33‰でも、鼻歌交じりで50km/h(200Rの曲線の関係で制限50km/hがついている)以上出しますからね。まあ、ここ(盛モカ)のキハ40も、いつまでか。
陸中八木ではキハ40系、階上・陸奥湊では新鋭キハ130系の下り列車と交換。こいつなら足は良いだろうな。全面置き換えになったらダイヤ改正するんかな? ガラガラだった車内も、本八戸で結構乗ってきて、終点八戸には18:56定刻着。ここから「はやぶさ36号」で仙台へ。21:00近く、仙台店に顔を出し、明日の会議についてO店長ほかと打ち合わせ。O店長には、
「安パトを小生にご依頼いただきまして、おかげさまをもちまして、決して先の長くない、ほとんど原型のキハ40に乗せていただきまして、ありがとうございました」
と、心よりお礼を申し上げておきました。
という事で、今回の出張報告(じゃない!と言う方もおられますが)、オワリ!
え?そりゃ、本業のレポートは、ちゃんと出してますからね! |
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2018年01月18日
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