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セガレが、長躯平塚から、新幹線まで使って電気機関車の展示を見に来るというので、この隠居も重い腰を上げることにしました。10月13日(土)のことです。
セガレの方は、家の仕事その他があって高崎は13:30頃着というので、隠居は桶川から先行して高崎12:00頃着。お世話になっている「栃木路快速様」が午前中から現地におられるので、当方も偵察がてら会場へ。
栃木路快速様とは、立ち話も何でしたので一度高崎駅へ戻って、スタバでコーヒーを飲みながら鉄道談義。彼とセガレは、品川・田町駅で平成21年3月14日、すなわち「ブルトレ最後の日」を、私を入れた3人で見届けたというご縁があり、この日、有り難くセガレを一緒に迎えてくれ、顔を合わせて頂きました。
さて、再びセガレとともに会場へ。
ご隠居の方からすれば、どの機関車も「掃いて捨てるほど走っていた」ものばかりなので、何かセガレとの世代差を感じるばかり。セガレとは36歳の年齢差。栃木路快速様とも10年くらいの差があり、彼と話していても、私の話の中には、やはり「本の中でしか知らない」部分があるようです。
EF64 1001は、たまたま昭和55年11月、私の乗った急行「能登」(雑系客車を連ねていた時代です)を長岡から牽いてくれた機関車ですが、これもトップナンバー故に記憶があったか?(手帳の記録はありますが)
EF65 501、いわゆる「Pトップ」も、昔は何度か出会っているんだろうな。EF66 27なんて、意識したのは最近だからな……
こいつも、セガレ共々何度か顔を合わせております。
上信電鉄に売却となった107系。あまりご縁の無い車両ではありますが。
何だか複雑な気分で帰ってきました。やっぱり、時代は進んでいきますからねえ……
栃木路快速様には、改めてお礼申し上げます。
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2018年10月14日
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先日、「終活中」の辻堂の爺様から、2000年頃に撮影されたスライドを貰ってきました。デジタル化したのでお目に掛けます。
2000.05.26撮影、藤沢〜辻堂間を走る113系
同日、辻堂駅西口から撮った上り「さくら/はやぶさ」
EF66時代のブルトレは、この隠居、2枚しか撮っておりません。「さくら」と「はやぶさ」の併結だった時代ですから、P型全盛期を知っている世代としては、出会ってもあまりカメラを向ける気にもならなかったでしょうね。
2001.01.19 大船駅における「やまなみ」
同日、大船駅にて、旅客線を通過する下り貨物列車
こういう変則的な運用は、ついこの前もあったそうで、よほど遅れの酷かった貨物列車に、遅れ回復のためか、線路容量が無いためか判らないですが、旅客線を走らせるんですね。
これまでの記録と比較するとずっと新しい時代の物ですが、隠居の経歴で言えば、2000年4月まで水戸、以後しばらく横浜の時代です。この頃はカメラもロクなものを持たず、辻堂とも「テツ」的には疎遠となっていたので、これを埋める貴重な記録(この隠居にとっては)となりました。
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