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「電気工学のおべんきょう(?)」も、国鉄車両で言いますとようやく昭和54〜55年、即ちこの隠居が会社に入社する前後、40年ほど昔まで追いつきました。今回は、対象とする形式が少ないので「鉄道図鑑」と併合して書いていくことにします。
私鉄各社が複巻電動機を使って停止ブレーキとしての回生ブレーキを実用化させているのにも係わらず、旧国鉄はあくまで直巻電動機にこだわり、各種試験を重ねた結果、直巻電動機で停止ブレーキに回生ブレーキが使用できる「大容量サイリスタを用いた電機子チョッパ制御」の電車を登場させます。これが、中央線快速に投入された201系、昭和38年の103系以来久々の「通勤電車の新型」で、平成22年に至るまで活躍したので、多分「営業のY君」も「宇都宮のS君」も一度は目にしたことがあると思います。
中央線快速の201系(セガレ撮影)
201系は中央線快速のみならず中央・総武緩行線(黄色い電車)、京阪神地区の東海道緩行線などにも投入され、後に関東では営業のY君が通勤で使う京葉線、関西では大阪環状線、関西本線、奈良線などにも転用されていきますが、JR東日本管内では既に絶滅種となってしまいました。セガレの初期の頃の写真しか無く、あまりデキが良くないのですが、これをご覧になれば「ああ、あれか!」とお解りかと思います。
京葉線の201系(セガレ撮影)
大阪環状線鶴橋駅での201系(隠居撮影)
また、同系列でアルミ車体の203系という電車もありましたが、これは常磐線緩行〜地下鉄千代田線直通運転用の車両で、他の相互乗入れ区間には拡まらぬまま絶滅してしまいました。これは多分「営業のY君」の目にはほとんど触れなかったのではないか。宇都宮の前に水戸に駐在していたS君は、多少記憶にあるか?
203系(セガレ撮影)
旧国鉄がここまで直巻電動機にこだわったのは、やはり車両の「全国展開」という条件があったからだろうと思います。そして交流電化区間も抱え、通勤型から近郊型、急行型、特急型と用途の違う車両にもなるべく共通の構造を持たせたかったのでしょう。さらには「国鉄車両規格」のような物が一旦出来ると、これから外れることがなかなか出来ない事、当時の厳しい財政事情などもあったかもしれません。
では、そもそも「サイリスタ」とは何か?中学時代の「技術家庭科」だったか、理科の時間だったか、「トランジスタ」の絵があって、「PNP型」と「NPN型」があり、PからNへは電流が流れるが、NからPへは流れないことを習いました。うまい具合にこの頃読んだ「鉄道ジャーナル」で「サイリスタチョッパ制御」の説明が出ていて、それには、
「サイリスタチョッパ制御とは、半導体をN・P・N・Pの順で接続した“サイリスタ”の、3つ目にあるN(これをを“ゲート”と呼ぶ)を抜き差しすることで電流(電圧)を制御する方式」
というような事が書いてありました。今になっていろいろ調べても、私の理解はそうそう間違って居なかったようです。ただ、「ゲート」の抜き差しを機械的にやる訳では無く、「ゲート電流」を流すことでサイリスタが導通すること、ゲート電流を止めても自動的に導通は停まらず、また別の仕掛けが必要な事などは最近知りました。
また、「チョッパ制御」の意味は、「チョッピング=切り刻む」という事であり、チョッピングの周期、つまりは先に述べた「ゲート」が開いている時間を変えてやれば、全体の電流(電圧)が制御できる訳で、これは下の図のとおりです。なお、この絵は覚えておいてください。大分後になりますが、三相交流かご型誘導電動機の所で話しする、なんで直流の電気が三相交流に変換できるのか、その理屈の基本がここにあるからです。
(「モータのキホン」より引用)
これで力行時の話は大体ご想像が着いたかと思います。即ち、抵抗制御車であれば抵抗器で電流・電圧を制御するため熱で損失してしまう電気エネルギーが、サイリスタチョッパ制御であれば損失無く制御出来るという事なのですが、実際はどんな物であったか?
もうひとつは、制御機の無接点化による保守の簡略化、電圧の無段階制御による急激なトルク変化、これから来る動揺の防止などもあったようで、確かに103系など、ブレーキを掛けた瞬間ですとか、ノッチオフの瞬間の動揺はかなりのものでしたが、最近電車が新しくなってから、あまり感じませんよね。
103系との比較がウイキに出ていますが、駅間距離が長い中央線快速での使用ではあまり大きな差が出なかったようで、山の手で力行時4.4%・回生時22.9%、中央線快速では力行時何と0.6%・回生時21.3%(ともに回生失効は想定していない)で、これでは確かに「コスト倒れ」であったかもしれません。
旧国鉄において、201系、203系以外に電機子チョッパ制御の車が発展しなかったのは、界磁電流より大きな電機子電流を扱わなければならないので制御装置が大型で重いことに加え、高価だったこと、後述の通り回生ブレーキが使えることを考慮してもなおコストを吸収出来なかったこと、そして全国展開の難しさもあった事でしょう。私鉄では前回も書いたとおり昭和30年代というかなり早い段階から、構造は複雑になりますが複巻電動機を使って回生電力も利用し、時代が下っては、扱う電流が小さい(即ち制御機の容量がより小型で済む)界磁チョッパ制御の車両が相当数走っていたという事を知って、私鉄に全く興味の無かったこの隠居は少々驚いています。
で、期待された回生ブレーキの方はどうであったのか?抑速ではなく停止ブレーキですから、中央線快速であれば最高速度は少なくとも100km/h近かったのではないか。回生失効は車両側の発生電圧が架線電圧より低い場合にも、極端に高い場合にも起きるんだそうで、当然それを想定した電動機も作り、対策も考えていたようなのですが、それでも回生電圧が架線電圧を上回ることが多く、高速域では回生ブレーキの機能を絞らなくてはならないので、空制への依存が思ったより増えてしまい、足回り(ブレーキ系統)の保守簡略化にも役に立たなかった、という結果に終わったようです。
上の図は、電機子チョッパ制御車の回生制動時の回路図ですが(鉄道メカニズム探求より)、これに加え、「建設の施工企画 09.1号」に掲載された「電力回生ブレーキ技術の変遷」(佐々木拓二、国鉄で201系の開発に加わった方)という論文からも引用します。
単なる発電ブレーキであれば架線電圧は関係ないので、制動時の発生電圧は力行時の3倍くらいまで許容していたのが、電機子チョッパ制御車の場合、普通とは逆に電動機から発生する回生電圧が「架線電圧より少し低くなければならない」のです。これは、
・チョッパONで、電動機が平滑リアクトル(一種のコイル)を介して短絡
状態になり、発電電流を増加させる。
・チョッパOFFで平滑リアクトルの端子電圧と発電電圧の和が架線電圧よ
り少し高くなるので、架線に電気を返すことが出来、電流が減少する。
・このチョッパの高速なON・OFFとその周期(時間比率)の制御で回生
ブレーキが作動する。
のだそうです。(イメージ的には、チョッパONで平滑リアクトルに電気を蓄え、チョッパOFFで放電する、というのも間違ってはいないように思えます。)それでも、回生制動時は電動機を45%の弱め界磁にして回生電圧を抑えたり、何と回路に抵抗を挿入して発電電圧を抑えるなど、様々な手を尽くしたのですが、高速からの回生制動は苦手だったようで、思ったほどの効果が出ず、論文の著者、佐々木氏は「嘘つき」呼ばわりされた、とも書かれています。最も、同論文で、佐々木氏が中央線快速の運転台に同乗して架線電圧を見ると、限界一杯の1,650Vもあって、これではまともに回生ブレーキが使えないで当然だと反論した、とも書かれています。回生ブレーキを使用するにあたっても、鉄道路線全体での「電気システム」として考え、変電所も力行時ばかり考えて高電圧で送電するのでは無く、時間帯によって送電圧を変えて回生電力を有効に利用することも考えなければならない、と論じておられます。確かに、首都圏から較べればかなり列車密度の低い信越本線新潟地区や大糸線などの127系電車は、電気を食ってくれる列車が居ないときのために発電ブレーキとしても使えるよう別に抵抗器を持って居るそうです。もちろん、回生できる部分は回生し、不足するブレーキ力の分だけ抵抗に流しているんでしょうが、せっかく回生ブレーキで電力を発生させても電気を食ってくれる列車が居ない時は、変電所で抵抗に流してしまうのではなく蓄電のための設備を設けるなど、大きな捉え方をしなければならない、という論旨には納得する次第です。
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2019年03月24日
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偽りは無いんだけどネ……
笑えるくらい「不揃い」!! |
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