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もともと"営業のY君”イジリのために始めたこの「鉄道図鑑」、やっているうちにこちらがだんだん意地になってきましてね。消滅してしまった車両は
さておき、この時点で現役の車両は、せめてこの手で撮ってやろうと思いだしますと、さあ、あっちだこっちだと行かなければならない。中には、2編成しか無い209系1000番台(中央線快速用)など、多分泣かされるやつが出て来るとは容易に想像がつきます。
で、今回は、ようやく205系。国鉄時代末期の車両で、JR東日本ではかなり転用や海外売却も進んでおり、改造も多くてかなり面倒な存在です。今、231系が多分そういった運命を辿りつつあるのではないかな?いや、インバータ制御(VVVF)の車、海外で売れるかな?
閑話休題、これまで「電気工学のおべんきょう(?)」で述べてきたように、一旦はサイリスタを用いた電機子チョッパ制御の201系、203系を作った国鉄も、制御機があまりに高価で、電気の使用量から見ても費用対効果が出ない(?)ので、技術的には退歩したようですが、界磁添加励磁制御という、抵抗制御ベースの205系、211系などを作ることになったようです。従来の直流直巻電動機を使いながら、安価な界磁励磁装置の追加で回生ブレーキも使えるという利点が大きかったのでしょう。
今回の主役である205系は、昭和60年(今"令和”のご時世となると、ずいぶん昔の話に聞こえますね)、山の手線に投入されました。「量産先行車」と言われる10両編成4本は、車体側面の窓が上段下降、下段上昇のユニット窓(続に”田窓”と呼ばれる)でしたが、量産車からは1段下降窓になりました。これは、かつての鋼製車時代、下降窓を採用した157系、サロ152に始まる急行用グリーン車群、キロ28などが、水抜き穴にコミや錆が詰まることによる排水不良で車体寿命を著しく短くした苦い経験があったからと言われています。しかし、この205系からは車体がステンレス鋼となり、腐食の心配も無く、1段窓の方が車側もすっきりする、という事で、量産車以降は下降窓となったのです。
で、情けないことに、この隠居、サボっていて、205系の写真なんぞ撮りに行ったのはこの連休が初めて。山の手、京浜、中央・総武は、セガレの時代にも間に合わず、これらの写真が無〜い!辛うじて233系投入初期の埼京線あたりから、セガレの写真を中心にご覧にいれましょう。
埼京線も、6扉車を組み込んだ編成、撮らなくちゃと思いながら、さぼっていて撮らず。セガレの在庫を探したら出てくるか?
これも、良い写りでは無いですが、セガレの撮った物のなかでもかなり初期のもの。横浜線用の編成。
南武線用の編成。後に山の手線から転用されてきたものは、先頭車(クハ)の不足を補うため、サハに運転台を設置した1200番台のものもありますが、既に廃車になって現存しておりません。イメージとしては、後から出てくる鶴見線用の先頭車の、帯の色が上の写真と一緒だと思って貰えば結構です。
これは、山の手線から京葉線に転じたもの。ちょっと解りづらいですが、側面窓が「田窓」ですから、量産先行車という事になります。
京葉線用オリジナル車は、先頭車の形状が変わり、俗に「メルヘン顔」と呼ばれています。京葉線と直通する武蔵野線用にも、このメルヘン顔が出ましたが、若干デザインが違っております。(写真なし、すんません……)
これは、武蔵野線用のもの。「しもうさ号」、「むさしの号」として、武蔵浦和あたりの貨物線を回って大宮まで入って来て、回送で東大宮に入るので、宇都宮のS君もたまに目にするでしょう。
あまり写りが良くないですが、側面はこんな感じ。ただ、武蔵野線の編成は、外見からは解らないのですが、205系転用計画の課程で電動車(モハ。モーターを持って居る車)が不足を来たし、一部の車両はVVVFインバータ制御の5000番台となっております。というのも、武蔵野線は8両編成で、103系時代から両端が制御車(クハ)、残りの6両は全て電動車(モハ)、つまり山の手線の10両から付随車(サハ)2両を抜いた形(これを6M2T、電動車6両に対し非電動車2両と表現します)と、かなり強力な編成でした。新秋津あたりのトンネル内で、103系がものすごい走行音を立てて100km/hで走るのには閉口するとともに感動しましたが、オリジナルで武蔵野線に投入された205系も、山の手あたりからの転用車も、最初は6M2Tだったのです。それが、「5000番台」という新番台に行き会って、しかも4M4Tになっているんで、何だこれは?と思ったのですが、上述の通りインバータ制御車への改造車で、出力的にも従前の6M2Tと釣り合うようになっているそうです。
一方、平成3年、とうとう電化された相模線、よっぽど103系の3両でも入れるかと思いきや、投入されたのが新製205系500番台。それまで各地の「お古」のディーゼル車ばかりだった線区に新車!
ただ、単線区間の悲しさで、電化されてもあまり表定速度は上がりませんね。この写真の北茅ヶ崎もそうですが、かつて日産厚木工場ほかから、自動車の完成車を車運車という貨車で運搬しており、DD13あたりがかなり長い編成を牽いていたものです。したがってこのように線路有効長の長い交換駅が多く、そのくせポイントの制限が25km/hとか、路線全体で改修していかないとスピードアップは出来ないな、というのが、電化直後に乗った私の感想でした。今はどうでしょうか?
このほか、JR西日本管内でも、国鉄から継承された車は東海道緩行線(京都〜西明石)に使用されたほか、JRになってから、阪和線用の110km/h運転対応に作られた1000番台というのがあって、全面の形状が0番台と異なります。これは隠居が阪和線の美章園駅で撮ったもの。運転席側の窓が小さくなっっています。
ここまでが「概ね」オリジナル車で、後は改造車となります。
南武線の支線である、尻手〜浜川崎間は、どういう訳か昔から2両。よその国鉄線上では見られなくなった車長17mの古い車両が走っておりましたが、後に101系(クモハ101+クモハ100)に、そして205系の電動車ユニットを先頭車改造したこの車になりました。
一方、鶴見線も、3両編成を組む必要から、クモハ73を筆頭とする旧型国電を、クモハのある101系3両で置き換え、さらには205系に先頭車改造を施したこの1100番台になりました。
これはデキが悪いのですが、八高線八王子〜高麗川及び川越線高麗川〜川越間、従前の103系を置き換えた3000番台で、現存しておりません。
隠居撮影ですが、まだフィルムカメラ時代のもの。
この2枚は、仙石線松島駅でのもの。東北のJR路線では唯一の直流電化区間である仙石線。103系をこの3100番台で置き換えました。車椅子対応のWCなんかも追加されています。たしか4色くらいカラーリングがあったはず。
最後に、これは宇都宮のS君が多分ほぼ毎日見ている、小山の600番台。
これが東北本線(黒磯以南)用。日光線にも入ります。
こちらが日光線用。若干全面の形状が違うのは、種車の違いで、東北本線用のものがもと武蔵野線用のメルヘン顔車、日光線用のものがもと京葉線用のメルヘン顔車だからです。使用線区が日光線を含む寒冷地であり、日光線の連続25‰急勾配に対応するため、耐雪ブレーキ及び抑速ブレーキの機能が追加されています。
この600番台による置き換えの対象は、日光線用の107系と、宇都宮〜黒磯間の211系(高崎車両センター所属)ですが、まあ、日光は解らなくも無いが、黒磯まで205系が入るようになるとは思わなかったですな。
このように205系も、首都圏では鶴見線・武蔵野線あたりを別とすればだんだん見られなくなっており、武蔵野線も既に231系0番台の転入が始まっていますから、絶滅種となる日も遠くないように思えます。
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よみ の へた くそ な ごいんきょ が つるみ せん だか に でかけて いって こうせん が わるい とか なきごと いって きた の で じぶん の した しらべ が へた なの に なに を いって いるんだ と しかって やり ました まったく ぶしょう な うえ に なんじゃく で こまり ます
鉄道図鑑用に急ぎ必要となった205系の鶴見線用、南武支線用、相模線用の写真を撮りに出かけていきました。なんぼ不精者のご隠居でも、今がグーグルアースなんぞがありますから、一応の下調べはしていった「つもり」なんですがね……
まずは川崎から尻手へ向かい、南武支線用の205系2両編成を狙います。どうやら川崎新町か小田栄が良さそう、と、見当はつけておりましたが、いずれも午前中の下り尻手行きの「ケツ撃ち」(後追い撮影)でやっつけようという目論見。これが少々時間が遅れ、上り浜川崎行きを正面から狙える光線状態になったので、小田栄で下車。下りホームで構えます。
10:03の922H。車体側面に光線が回りきっていません。
10:38の1002H、これもまだまだ……意地でもう1本待つ!
おや、ここでブルサンにお目にかかるとは!
モモもやってきました。車扱いは連休も何も無いんだな……
11:18の1102H。まあ妥協。後が苦しくなるから、妥協!
しかし、雲が薄くて、コロコロ光線状態が変わるんで、まあやりにくい事!
セガレにSMSでボヤいたら、
「ちゃんと調べてね〜だろ!グーグルアース?調べ方が下手クソなんだ!」
と、お叱りを被ってしまいました。たしかに下調べが足らんのは確か。
平成28年3月26日開業という新しい駅。この周辺の人口増加が背景にあるのでしょう、結構乗り降りがあります。
尻手へ戻り、川崎経由鶴見へ。ここの鶴見線用ホーム、ご存じの通り「穴倉」みたいな所で、しかも3両入ってくると結構しんどい。
ここも、事前の調べで、国道駅か鶴見小野駅か、と見当をつけておりましたが、国道駅ですとカーブがきつすぎてダメ。直線の鶴見小野駅としました。
13:03の1305M。これは一発で妥協レベル。なので早々に鶴見へ戻り、藤沢でちょろっと降りて昼飯を食い、茅ヶ崎へ。
14:58発の1467F。ここも列車全体を撮ろうと思うと、ムリなんだよな〜。
運転台越しに、進入してくる列車を1枚。
15:15の1470F。光線状態から、もうケツ撃ちしかありません。ましてや、相模線は単線なので、沿線でうまく撮れる自信もなし。昔は自動車の貨車輸送もやっていたのでこんなに線路有効長の長い交換駅があるのですよ。
15:21の1565F。下りはやっぱしダメですな。せっかくなんで、もう1本上りを待ちます。
15:32の1472F。相変わらず光線が定まらなくて困ります。
まあ、最低限の目的は達したので、北茅ヶ崎15:53の1482Fで帰ることに。セガレの曰く、
「北茅ヶ崎?あんな歩いてでも行ける所で済ませたんか?」
だそうですが、こっちゃ「不精者で軟弱なご隠居」ですから。(開き直ってどうする!)
茅ヶ崎駅ホームから写した、かつての「茅ヶ崎機関区」。
電柱だらけになっちゃって、かつてキハ10やらキハ30が、またDD13やDE10がたむろしていた面影はありません。
ということで、この10連休もむなしく日々を費やして、終わりに近づきつつあります。
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