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仙台に緊急出張。一泊のトンボ返りで、O店長とはすれ違い。
さて、金曜日の夕方なので、新幹線の上りは混雑激しく、ようよう「はやぶさ」には乗れましたが、しばらく時間があるのでホームへ上がって待つことにしました。
先発の「やまびこ」は、「仙台始発の17両」と電光掲示板に出ていたのに、自動音声のアナウンスは、
「10両で参ります」
え?掲示板間違ってるんでないの?と思いきや、駅員さんのアナウンスは、
「先に前よりの10両が到着します。後より11号車から17号車は、17:16頃の到着となります。」
へえ〜、始発駅だってのに、停車中の増結かよ。後ろのE6は、まさか秋田発?いや、それなら「こまち」を名乗るよなあ……
やがてE5系10両が入って来た後、再び自動音声のアナウンスで、今度は
「7両で参ります」
面白いよなあ。据付折り返しでもないのに、何で仙台の車両基地で連結して来ないんだろう?さすがに、250mも走って、仙台駅の連結シーンを撮る気力は無かったのですが、ダイヤ改正前日の珍運用だったのだろうか?
そういえば、毎週末ピーカン天気を理由にサボッていた、高崎線唯一のEF66の運用、ダイヤ改正で岡山のEF210になったようですね。悪い予感は当たってしまった。まあ、甘ピンで少々暗いけど、写真は残しておいたから、ま、いっか?
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13番線、「親父の部屋」
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「”急行 羽黒”って、知ってますかぁ?」
一昨年の冬、あつみ温泉の宿で、夕食の時、鉄道の話題で盛り上がっていたときのことでした。宿のお手伝いに来ている老婦人が、食事を持ってきてくれたときに、ぽろっと言ったのです。
「混んで、混んでねえ。連結の所に立って帰ってきましたよ。私は集団就職で東京にでたもんでねぇ。」
”急行 羽黒”は、昭和31年11月19日、「津軽」を秋田打ち切りとして、羽越線経由で設定された夜行列車で、昭和43年10月1日のダイヤ改正で「急行 鳥海」に改称されたようです。私は、この列車名は初耳でした。
首都圏育ちの私は、夜行列車とは「あこがれの土地へ行く列車」でありました。しかし、それらの列車の行く先に育った人たちは、必ずしもそうとは思っておられないのです。
学生時代、悪友のTが私の下宿にダベリに来ました。此奴は鹿児島人なのですが、
「なあ、ブルートレインって、今ブームらしいけど、何がいいんだよ?」
まさに、あんなもンのどこがいいんだ、という口調でした。
「う〜ん、そうかもなあ。オレは首都圏の人間だから、ああいう列車は”遊びに行く時に乗る”分けだ。でも、地方の人からしてみたら、故郷を離れて不安いっぱいで集団就職で上京したときの列車とか、休み明けで仕事に戻らなければならないのに乗らなければならない、とか、まあ、あんまりいい印象無いだろうナ。昼間は留置線でゴロゴロしているしナ。」
私としては、こう答えるのが精一杯でした。その記憶があったので、この老婦人の話も、意外とは思えませんでした。
「急行 羽黒」の編成を見ると、並ロ、特ロ、ハネなども組み込んでいますが、集団就職で上京したような人なら、ハザ自由席がやっと、上野で長蛇の列に並んで、乗るのがやっと、坐るなどおぼつかなかった、というのが、正直な”その方の記憶”ではないのでしょうか?
風情だ、何だ、と言っている私と、やっとの思いで、一晩中立ち続けてやっと故郷に帰り着いていた方々と。こういう方々の言葉が、重く響いた夜でありました。
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いや、寒いわ、寒いわ………
曇りだったら倉賀野リベンジに行こうと思っておりましたが、風は強いし、昼前には俄に暗くなって雪が舞って来るし、で、倉賀野行きは根性無く挫折。以前上り電車にまともに被られて失敗したEF210牽引の配給列車でも狙ってみようか、と貨物列車時刻表を繙いてみました所、上りの配給8790レというのも、今からなら十分間に合いそうなので、いつもの踏切へ。
しかし、どういう訳か太陽の位置だけいつも雲の切れ目に当たるという、また、雲の端に太陽が出入りするので露光の定まらぬ困った状況。北上尾付近ですと、午後の下り列車はもろに逆光なので、随分気をもみましたが、結果はといいますと……
配8790レ。コキ2両か。まあ、仕方無い。(甘ピン!)
配6795レ。まあまあの組成か。しかし、今日の雲は雪雲で、かなり厚い部分もあったので、まともに日が陰ったら、かなり暗くなったでしょうね。
「地元ネタ」も、なかなか難しいですワ!
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いや〜、今日は大漁・大漁!!
天気が良くて、曇りそうにないので、倉賀野リベンジはあきらめ、まあ、北上尾で順光になる時間帯を狙って、EH200のコンテナ2086レと、EF210のタンク車3090レ、ついでにEH500のコンテナ2090レくらい撮っておこうかと、駅に向かいました。
下りホームの高崎より端っこに着いて、さて準備でも……と思ったら、下り電車からカメラを持った方が降りてこられました。
「あれ、今日、何か来ましたっけ?」
「新津工臨来るんですよ。チキ13両持って。」
「おお!それなら、狙いますか!」
という訳で、こいつぁ運がいいぞ!
まずは、行きがけの駄賃。あかぎ6号。
続いて、一応、本来の「本日の本命」。2086レ。
ありゃ、串パンじゃんか!まあ、ここは仕方ね〜けどな。
工臨を待つ間に、EF81が仙台からの12系を牽いて11:00頃大宮を通過、帰りは当地15:30頃、カマは高崎のEF60、という、これまた耳寄りな情報を聞きました。
「この辺、15:30じゃ、暗いですかねえ?」
「暗くもないと思いますが、下り列車でしょ?順光で撮れる場所が無いですナ〜。もしかしたら、桶川駅の北側の踏切で、何とかなるかもしれませんよ。」
昨夜、ムスメから、珍しい列車と行き会った、と聞きました。先頭は貨物を牽くような機関車だが、何か古い形みたいで、列車の最後尾には赤い丸が付いていたというので、何かの甲種回送でもあったかと思ったのですが、どうも、高崎からの12系回送(送り込み?)と行き会った可能性が高そうです。
そんな情報交換もしながら、さらにもう一方来られて、3人で待つことしばし、
うわ!チキ13両も持つと、長いな〜!
連写機能を使って、一番引き寄せたコマが、両パンとも串パンかよ!あれま!事のついでに、
3090レ。これ、吹田機関区のカマなんですね。さらに、
2090レ。走り姿は初めての撮影。桶川中線に停車するのは変わらないですが、この時期になると側面が暗くなってしまうんですよ。
キンタ君を撮った後、桶川駅北側の踏切でロケハン。う〜む、光線状態、これでは解らんな〜。とりあえずいったん帰りましょう。
再び、「15:30頃」という情報をもとに、15:00には件の踏切へ。建物の影が出来て、これじゃあ斑になっちまうな……
試し撮りで、やってきた2087レを1枚。う〜ん、あんまし良くないな。
何よりも、頭上の信号機がジャマくさいんだが、文句も言えまい……
待つことしばし、来ました、来ました!
このサイズで見ると、あまり気になりませんが、ISO感度を800まで上げると、結構粒子(?)が粗くなりますね。
この赤外線感知装置が無ければ、こっちの方が良かったんですがね。先週、茨城県坂東市から来られたという方と行き会いましたが、皆さん、これ、ジャマ臭いと言っております。
家に帰って、ムスメにこの写真を見せた所、昨日見たのは、まさにこれそのもの、だったそうです。
で、ここから先が情けないのですが、もう少し待てば安中貨物が来たのに、全く頭から抜けていて、帰宅してしまいました。まあ、この光線状態で、建物の影だらけじゃ、撮ってもしゃ〜ないか。
ということで、久々に満足の出来た沿線撮りでした。めでたし、めでたし……
おまけ。平成15年頃、北上尾〜桶川間で撮ったEF6019。この当時はこんな塗装でした。
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じもと ねた とか いって はりきって いる ごいんきょ です が さて その せんか や いか に って やっぱ ざま〜 の ありさま だった ようです おつかれ さん
「五十鈴さん、最近どこも行っていないんスか?」
と、営業のY君。彼は「テツ」ではないものの、本ブログを愛読して頂き、毎週の更新を楽しみにしていてくれます。とは言うものの、これと言って行きたいところもなし。いや、こういう時こそ、地元ネタで「普段着の列車達」を記録に残しておこう!と、いろいろ策を練っております。
しかし、全く、ひとが狙いに行くと、なんでいつも「単機」なんだよ!
今日は、高崎線1運用のみのEF66、3096レを倉賀野まで撮りに行ってきました。一応貨物列車時刻表を確かめ、ついでにPFの牽く臨8876レも撮れるな、と、「貨物ちゃんねる」を見たら、車番の"2127”がほかと色が違う。あれ、何かあるのかいな?と調べたら、人呼んで「カラシ」。先客多いかな……と畏れつつ、今にも雪が降ってきそうな北上尾を出ました。
ところが、ところが……北の方は雲が切れていたので、いささか悪い予感もあったのですが、岡部あたりから雲が切れてきて、まともに日が射してくるではありませんか!おい、これじゃ「ガングロ」になっちまうじゃん!
倉賀野に着いたので、3・4番ホームへ行ってみたら、空っ風の中数人のお仲間さんが、寒そうに撮影中。当方はもう真冬並の装備で出かけたので、寒くは無かったですが、風が強くて参りましたナ!
とりあえず、順光状態で1枚。
「カラシ」と呼ばれる所以の、黄色の貫通扉。「半カラシ」というのもいるとか。そこまでこだわる根性、もう無いけど。
正面から撮ると、このとおり「ガングロ」。しかし、雲の塊が北風に乗って伸びてきてくれたので、日が陰ってくれました!
まあ、何とか「明るい曇り」の日に、PFタキ列車を撮ることが出来ました。停まっている列車だから、シャッタースピードも気にすること無く、まあこの程度には……。さて、本命のEF66なんですが、「石油」ではなく「コンテナ」。倉賀野発とされていますが、コンテナ車の影も形もナシ。廻りで撮っていた人に聞いてみましたが、よく解らないとの返辞。仕方無いので、いったん高崎へ。機関区には、「貨物ちゃんねる」の情報通り、118号機が前照灯を点けて待機中。まあ、来ることは間違いないが、高崎の手前の貨物線(これが高操?)には、EH200の牽く2071レがいるばかり。
ありゃ、C11も居るじゃんか!このカメラでは、こっちが動いているとまずピントが合わないので、破れかぶれで折り返し電車の中からスマホで撮影。
ガラス越しながら、なんかスマホの方が良く撮れるような……
で、再び倉賀野へ戻り、1・2番線の高崎寄りで待っていたら、EF66が来たのは良いのですが、またしても単機かよ!4番線のさらに東の線路へ入ってくるので、撮ることもできず……
追いかけて、まずは後方から。
なんか、随分汚れがひどいですなあ……形式写真的、その1。
日が陰った所を見計らって、正面から形式写真的・2。
ま〜、また来なきゃなるまいな〜、と思いながら、いったん駅の外へ出て、高架下に「JR貨物 倉賀野駅」の看板があるのを見て感心しつつ再び入場したら、ありゃ、貨物列車時刻表で「倉賀野駅」とされている、日本オイルターミナルの方から、DE10がタンク車連ねて入ってくるではありませんか!これがあるのを完全に忘れていて、見事に取り損ない!
悔し紛れの1枚!
転線して、この場合は「機まわし」とは言わないんだろうが……
進路を確認して……
引き揚げて行きました。旋回窓がついているから、DE15からの編入機かと思ったら、新製でしたね。
こうなりゃついで、と、かねてから気になっていた岡部駅で下車。古い駅舎を今のうちに撮っておこうという魂胆。しかし、暗くなるのが早いなあ……
赤塚も、あんな綺麗になるまえに撮っておきゃ良かったんだがなぁ……と思いながら撮った画像を確認していたら、駅舎前に写り込んでいるこの方が、
「何かいいもんでも、あったかい?」
と声を掛けてくれまして、しばし立ち話。この辺では、神保原と新町がまだ古い駅舎のままだとか。
「深谷なんかだって、昔ァこれよりちょっとマシ、って程度でナ!」
はあ、そんな時代もありましたか。そりゃ、辻堂だって藤沢だって、昔の話をすれば、結構なもんだったですわなぁ……
この駅も貨物扱いがあるんですが、ちょっと時間帯が悪いですな。暗くなったんで焦って帰ってきてしまったですが、ロケハンくらいしておくんだった……
ということで、本命はスカ、お次の狙い目はド忘れ、予定外のPFのみ成果ありという情けない有様でした。
でも、倉賀野という所、まだまだ狙う物が多くありそうですね。近々第2段を決行しましょう!
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