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(前回から続く)
お次は、クハ111−1。こういう地味な車を保存してくれているというのが嬉しいですね。
何だかんだと言って、この隠居が一番世話になった車両といえば、111、113系ですからね。
そう。小テーブル無しで、灰皿のみのクロスシート部。
ドア付近のロングシート部。
運転席直後のこの出っ張り。
おお、冷房を外して、きっちり復元してくれています。
次に、ちょっと残念ながら、スハ43。
どうせなら白熱灯に戻してもらいたかった…………
この形の洗面所流しも今は見ることが出来ません。
続いて、「しなの」のキハ181とモハ381系。
中央西線の電化はS48.7だったか。381系の登場もこの時からですが、気動車を完全には置き換えられなかったようで、S48.8の信州旅行の時には、まだキハ181が残っていました。
次いで、以前は明治村に展示されていた「蒸気動車」、ホジ6005。
走り装置。なお、明治村時代の写真は、これ。
(次回に続きます) |
13番線、「親父の部屋」
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新年の初投稿にしては、ネタ切れ状態が続いているため、「時効」もんの写真でも出すしかありません。今回は名古屋の「リニア・鉄道館」に行ったときの写真をご覧に入れます。数が多いので2〜3回に分割させて頂きます。
あおなみ線の終点、金城ふ頭を降り、目的地へ。
最初のお目当ては、狭軌の蒸気機関車最高速度(129km/h)の記録を持つC6217。1970年代の「鉄道ジャーナル」でその事を知り、東山動植物園に保存されているのは知っておりましたが、名古屋時代、東山動植物園に行った記憶はあるのですが、写真が無し。見ていたはず、なんですが……
しかし、暗くて撮りづらかったですわ…………
続いて、輸入電気機関車2形式。私の小学生時代には既に浜松工場の構内入換機になっていたED11。
砲弾型前照灯、というそうですが、現役時代と見比べてください。
これはS52.8.1、豊川駅にて。番号解らず。狭窓ですから保存されている4号車ではないようです。
こういう、車端の所属表示なんかも、ガラス越しで無く撮れるようですと嬉しいのですが、注文多すぎですかね?
車内も復元されています。この車が登場した当時、今のような鉄道雑誌も無かったでしょうけど、少年向け雑誌などで紹介されたこの姿に憧れた方々も沢山いたのでしょうねえ…………
(次回に続きます) |
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何分ネタ切れで、11月25日から記事挙げておりません。このままですと五十鈴の隠居もついにおっ死んだか、と思われるのもシャクなんで、そろそろ「ほとぼりの冷めた」写真でもお目に掛けようかと思います。
それにしても、私の恩師のブログが11月8日から更新されておりません。最後の記事は「きかんしゃトーマス」の仲間にも女の子の機関車が出てくるようになったという話。恩師は鉄道のことは皆目解らないので、どんなコメント返そうかと思っているうちに日が経ち、2ケ月近くになりますが、毎日といって良いほど更新されていたのに、いささか心配です。
では、第1回目として、常磐線泉駅における安中貨物、5094レの組成風景をご覧に入れましょう。
泉駅北方からいわき・小名浜方面を望む。
小名浜発の52レがディーゼル機関車に牽かれて構内へ進入して来ます。
国鉄DD13型ベースの「私鉄に良くある」機関車。形式番号である「56」は機関車重量を示すのでしょう。56を動軸数の4で割ると軸重14tとなり、DD13と同等であることが解ります。
安中貨物特有のタキ1200型。
同じく、トキ25000型。
一旦構内上野方へ引き上げます。そうしているうちに……
いわき駅構内で待機していたキンタ君が単機でやって来ます。今日は13番。
中線に停車。片パン姿は交流区間で無いと見られません。
組成に備え自連を解錠。一方構内上野方に引き上げていた列車は、
DD56が3番線に押し込んできます。
押し込んだら貨車を切り離してDD56が離れ、
転線していきます。これと入れ替わるように、
キンタ君が動き出します。入換信号機の表示にご注意を。
3番線に入って来て、
5094レの組成完了。DD56の方は、と言いますと、
コキの空車を連ねた53レを牽いて小名浜に戻ります。
本社、ではないようです。
泉駅運転室、なんだそうで。
え?こんな所まで何しに行ったって?ま、用向きはいろいろです。
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会社で”営業のY君”に会ったら、
「五十鈴さん、10月の27日以来更新してませんねぇ……」
と言われたので、
「ネタが無えもんよぉ……。鉄道図鑑だって、機関車は大体やっつけちまったしさぁ、さて、電車にまで手ェ拡げるとなりゃあさぁ、あっちこっち行かにゃぁなんね〜だろ。それがカッタルくってよぉ」
と答えるしかありませんでした。そもそも”営業のY君”をイジるために始めた「鉄道図鑑」ですが、確かに231系なんてのは、この隠居本人もよくわかっていないところがあり、首都圏全域を駆け回らないといかんのでは無いか、と……光線の具合も考えると、闇雲には行かないし、結構ホネが折れそうなんで尻ごみしております。
で、結局は「キンタの若番狙い」みたいな安直な路線に走る訳ですが、23日は前の記事のとおり鹿島田様と秩父鉄道へ行って、土曜日は疲れたのか、いま一つ調子が出ず。今日の日曜日は車の12ケ月点検で北本の自動車屋へ車を持ち込んだついでに大館貨物6098レを北本駅で狙ってみました。
某サイトを見た限りでは、昨日大館は出ているようなのですが秋田からが夜間のため判らない。EF500の動きからして土曜日のA129運用がEH200の代走だったようだから、多分昨夜高崎を出た安中貨物はEF500-3が連投だろう、するとA131運用ではキンタの目は多分無く、ブルサンの代走か。それでも旅客待避となる桶川より、通過となる北本のほうがバリ順で撮れるしナ…………と、いろいろ計算の上、入場券を買って北本のホームへ行ってみたのですが、ありゃ、ここは高崎方に信号関係かな、でっかいボックスがあって列車全体が入らないではないですか。やむなく中線(2番線)ホームの中程まで引いて大館貨物を待っていたのですが、来ない…………
結局、運休だったのか、ブルサンがコンテナ牽いて来ましたが、これは秋田貨物発の2092レらしいです。しかも、連日のケツ切りという締まらない結果。
えらく長いんだよなあ。しかし、雲が出てきて不安定な光線で、困りますね。
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遠路はるばる、鹿島田みゆき様が秩父鉄道にお越しになるというので、お供させて頂くことにしました。11月23日の事です。
実は、数年前にも一度秩父鉄道ご来訪の折お誘い頂いたことがあるのですが、当方の都合が着かずご一緒出来なかったという事があり、ようやく今回実現の運びとなりました。
この隠居が久々のドライブがてら車を出し、夜行バス〜各停を乗り継いでやって来られた鹿島田様と高崎線「北鴻巣」駅で待ち合わせ。なんで熊谷では無いのかというと、熊谷だと駅前が賑やかで、車で待っているのが難しいだろうという読みがあり、かつ、北鴻巣なら、セガレとムスメが通った高校の最寄り駅で、西口なら「何も無いから気楽に待てる」のが判っていたからです。
合流し、早速広瀬野鳥の森駅を目指します。この車、カーナビが無いので、隠居持参の道路地図と鹿島田様のタブレット(?)で若干行きつ戻りつして、ここぞという地点に到着。ELパレオの据え付けを待ちます。
おお、都営のお古、かね。これも多分三田線時代に乗っているわな。
パレオの据え付けは大分前からデキ201の仕事。普段、C58が健在であれば、デキ201は、列車を据え付けたら夕刻まで熊谷駅構内で「お休み」なんですが、今回はどういう具合か「プッシュプル」らしいです。実際は、最後尾の車両は死重なんだろうな。
本務機はデキ108。松尾鉱山鉄道というのは、名前しか知りません。そういう経歴の機関車だったんですね。
これを撮って、今度はパレオの下り列車が順光で撮れそうな場所に移動。寄居を過ぎてあちこち光線を見た結果、国道140号との立体交差の所で待ちます。
う〜む、やや「ガングロ」だなあ。手前の雑木もジャマなんだが……
もうちっと正面に光線が回ってくんないかな〜……画角を変えてみるか?
で、本命のケツを切るというドジ。あ〜あ……
後は貨物列車狙いで、波久礼付近へ移動。
しばらく周辺を歩いて、何本か撮ったあと、駅隣接の駐車場をのぞいてみたら、ここ、月極でなくて\520.-/日の有料駐車場であることが判り、こちらに車を移動。
秩父方面行きは、どうしても逆光になってしまいますね。
波久礼駅の三峰口方、二番目の踏切から。柄にも無く、この腕の悪い隠居が、柿の木を入れて列車を写そうなどという無謀な試みに挑戦し、結果はご覧のとおり。鹿島田様が素敵な写真を掲載されておりますので、是非そちらをご覧ください。
相当露光をアンダーにしたつもりなんですがねえ……柿の実の色が出ません。しかし、この踏切、警報器の無い第四種?なんですが、センサーが着いていて、知らずに近寄ったら、
「アブナイ!踏切では左右をよく確認して……」
とか喋るんで驚きました。まあ、警報器着けるより安いんだろうが、ちょっと周りで動くたびに、
「アブナイ!」
と始まるんで、
「うっせ〜!黙ってろ!小賢しい!」
と、踏切とケンカ。いい歳こいて何やっとんじゃ……
入場券を買ってホームから、ヤマを下って来る鉱石満載の列車を1枚。
この「ヲキ」、自重約15t、積荷が約35tですから、1車で50t。20両繋げてますから、列車重量は1,000tか。「ヲキ」が9両に「ヲキフ」1両の10両が一つの単位なんですね。鉱山での荷扱いの関係かな。
駅の熊谷より踏切から。ここはジャマ物が多くて撮りづらい上に、線路がくねっていて列車全体が入りません。
これを撮った後、鹿島田様と、
「まあ、結構撮れましたね。でも、まだ黄ガマと桃ガマが来ていないか。逆光にしかならないこの時間帯の下りで来られたら、腹立ちますよね〜」
などと笑っていたら、本当に黄ガマが来やがった!
駆け足で先ほどの柿の木のある踏切へ行ったのですが、カメラのAFゾーン切り替えとか露光調整に手間取って、シャッターチャンスを遅らせてしまい……
箱がジャマ!!
南西方向の空に雲も出てきたし、この雲行きでは、パレオの上りは露光不足が見えていたので、これにて終了とし、あとは武川の車庫へ。
お!居たゼ、桃ガマ。
(甘ピンご容赦ください)
まだ15:30なのにかなり暗くなって来ました。
「雲が出てこなきゃ、もう少しやってみようかという気にもなるんですがね〜。ちょっと暗過ぎですね〜」
という具合で本日の撮影行はこれにて終了。鹿島田様を熊谷駅までお送りして帰って来ました。鹿島田様、一日お付き合いくださいまして誠にありがとうございました。
で、ここからは「おまけ」なのですが、大分昔、セガレと秩父鉄道に乗った時の写真、ネガからのデジタルデータなのですが、出てきたのでお目に掛けましょう。
プロパテイを見ると”2009.11.10"となっているので、平成21年の10月とかその辺の撮影でしょう。これまた波久礼駅でのパレオ上り。
101系のリバイバル塗色。
石原駅、パレオ引き上げ。
昨年、隠居撮影のパレオ。石原駅にて。しかし、C58も「再起不能?」などと言われておりますが、どうなんだろう?まあ、三峰口からの上り列車とはいえ、一度セガレとは乗って、「豚とろ弁当」だかもちゃんと食べましたから、まあ良いのですがね。なんとか再起して欲しいものです。
という事で、今回も、お粗末様でした……
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