高崎線userのRailLIFE

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20番線、親父の「鉄道以外」

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 牧水鑑賞も、「死か芸術か」まで進みました。元号も恰度大正に改まる頃です。このへんで、ちょっと休憩を挟みましょう。

何となく汽車に乗りたく思ひしのみ
汽車を下りしに
ゆくところなし
             啄木「一握の砂」より

 小生、自称「不精者のご隠居」でありますが、実態は「乗りテツ」の部類、乗りたい車が無くなってしまえば、「何処へ行けと言うんだい?」で、何処へも行かないという事になります。牧水ではなく、啄木の「一握の砂」のこの歌、しみじみ味わっています。

 と言っても、「乗りテツ」の意地みたいなものは若干残っておりまして、日本国中どころか、関東圏でも、首都圏ですら、旧国鉄の乗っていない線区があり、何か気にはなるのですが、


三日ばかりに歸らむ旅を思ひたちてこころ燃ゆれどゆく銭のなき


 これは、「くろ土」(大正9年)に収められている歌で、何と「貧窮」という小見出しが着けられております。その冒頭の歌は、というと、


居すくみて家内(やぬち)しづけし一銭の銭なくてけふ幾日経にけむ
抽匣(ひきだし)の数の多さよ家のうちかき探せども一銭もなし


 ここまで貧乏とは言わないけれど、懐が寂しいのはご他聞に漏れぬ処、三日も遊びに行っていたら、その支出は家計への影響甚大であります。ところが、こんな歌を詠んでいるくせに、牧水は実によく旅をしております。「若山牧水伝」には、その辺が詳細に書かれており、すごいものでは、「朝食中思い立って」とか言って、沼津から前橋あたりまで出かけてしまうことで、どこから金をひねり出したのか、と思えてきます

 もっとも、牧水の旅は、歌の着想を得る旅でもありましたでしょうから、飯の種といえば飯の種。でも、家計を預かる奥さんの喜志子さん、苦労は絶えなかったと思います。


(な)が夫(つま)は家にはおくな旅にあれば命光ると人の言へども


という、喜志子さんの嘆き(恨み言?)の歌もあります。


 しかし牧水は「旅にあれば命光る」人であったことも確かと思います。紀行文集「静かなる旅をゆきつつ」の序文は、大正7年の群馬方面への旅紀行、「利根の奥へ」の一節を引いているのですが、牧水の旅への思い、その全てが集約されているように思うのですよ。あまりに素晴らしいので、余計な解説は抜きにして、今回のページの最後としましょう。


  とにかく自分はいま旅に出てゐる。
  何処へでもいい とにかく行け。
  眼を開くな、眼を瞑ぢよ。
  さうして、
  思ふ存分、
  靜かに靜かにその心を遊ばせよ。
  斯う思ひつづけてゐると、
  汽車は誠に心地よくわが身體を搖つて、
  眠れ、眠れといふがごとく、
  靜かに靜かに走つてゆく

「死か芸術か」からも、今回が最後です。「かなしき岬」の中に、

五月の末、相模國三浦半島の三崎に遊べり、歌百拾一首。

というのがあります。この中には汽車も停車場も出てこないのですが、


海よ揺れよ詩人のいのちは汝(いまし)よりつねに鮮やかに悲しみて居り


という、かつての「海の聲」にある


夜半の海汝はよく知るや魂一つここに生きゐて汝が聲を聽く


を思い出させるような歌も含まれています。また、この111首のあとで、これも有名な、


かんがへて飮みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ


が出てきます。さて、本題に戻りましょう。


かへるさや酒の飮みたくなりゆくをじつとはぐくみ居るよ電車に


 何にも言うこと無いですね〜、これ。この「電車」は、路面電車なのでしょうが、そんなことはもう関係ありません。務め人の方々の多くは、常磐線でも、高崎線でも、みんなこの思いを胸に家路に着いているのだろうと思います。もちろん私も。



六月末、多摩川の上流なる御嶽山に登りぬ、歌八首のうち、

鐵道の終點驛の溪あひの杉のしげみにたてる旅籠屋


 大悟法利雄氏の「若山牧水伝」では、「新宿から汽車、軽便鉄道の終点日向和田というに降りて御嶽に登った」とあります。これ、実に迂闊にも、この「牧水 汽車のうた」連載を始めてから知ったのですが、「軽便鉄道」というのは、これまで、ゲージ(軌間。レールとレールの内側の幅」が1,067mm未満のものであるとばかり思っておりました。後年出てくる、佐久地方を旅したときの「軽便鉄道」、これは現在の小海線の前身である佐久鉄道ですが、「おかしいな、佐久鉄道は762mmゲージじやなかったよな?でなけりゃ、すんなり国有化して、鉄道省の車(C56型蒸気機関車)が入る訳ないよな?」と思って調べていくうち、「軽便鉄道」とは、鉄道の敷設、手続きに係わる「軽便鉄道法」の適用を受けた鉄道のことで、確かに、一般的には、ゲージは1,067mm未満、762mm(2フィート6インチであることから、ニブロクとも呼ばれた)ゲージのものが多くありましたが、実は1,067mmゲージの「軽便鉄道」も多数存在したようです。

 で、大悟法氏の著書に出てくる「軽便鉄道」は、現在のJR東日本、青梅線のことで、明治27年11月、立川〜青梅間、翌28年12月には青梅〜日向和田間が、軌間762mmで開業、明治41年2月には、全線で軌間を1,067mm(鉄道省と同一)に拡げます。明治44年2月、「軽便鉄道の指定を受ける」とあり、ここで「軽便鉄道法」が適用される鉄道になります。牧水が乗った明治45年では、確かに「軽便鉄道」になっています。

 実際、軌間762mmの鉄道というのは、現在でも、近鉄から分離した「四日市あすなろう鉄道」、「三岐鉄道北勢線」、関西電力が黒部川の電源開発のために敷設した「黒部峡谷鉄道」が残っているほか、昭和55〜56年にかけて、私ですら、尾小屋鉄道、下津井電鉄など、すでに廃止になった鉄道に辛うじて乗っています。「四日市あすなろう鉄道」は、まだ近鉄時代の昭和56年に乗っており、これらの一部の写真は、このブログの「13番線」の古い記事を見て頂くと載っております。

 いや〜、この一件は、本当に意外でした。「軌間1,067mmの軽便鉄道」なんて、考えても見なかった。

(死か芸術か おわり)
 いましばらく、「死か芸術か」から採り上げます。「かなしき岬」のサブタイトルが付けられた部分からです。鑑賞文の都合上、順番を少々入れ替え、かつ二分してありますがご容赦下さい。

はつ夏の街の隅なる停車場のほの冷たさを慕ひ入るかな
われ人もおなじ心のさびしさか朝青みゆく夏の停車場
朝な朝な停車場に來て新聞紙買ふ男居りて夏となる
水無月の青く明けゆく停車場に少女(をとめ)にも似て動く機關車


 ここは、まずは牧水本人の解説を聞きましょう。自歌自釋 その三(大正九年)からの引用です。

お女郎屋のものほし臺にただひとり夏のあしたを見に上るかな
なにやらむ妹女郎をたしなむる姉の女郎に朝はさびしき
おいらんのなかばねむりて書く文にあをあをさせる朝の太陽

 或る遊廓の朝酒の後の即興である。あゝした場所の持つ一種特別の靜けさと、初夏の朝の持つそれとは相寄つて、なかゝに人のこころを清浄にするものであることをおもひ出す。

はつ夏の街の隅なる停車場のほの冷たさを慕ひ入るかな
水無月の青く明けゆく停車場に少女にも似て動く機關車

 遊廓の朝が持つ一種の静けさ、それは停車場にもある。私はそれが好きでよく用も無いのに其處に出かけて行く事がある。これらの靜けさに浸つて居ると、身も心もの輪郭をすつかり解きほぐして極めて安らかに眼を瞑つてゐらるる様な氣持で、寧ろ山や野に出て覺ゆる靜けさより親しみ易いのを思ふ事がある。


 遊郭、では、そりゃ、私の世代が知っている訳が無い。加えて「朝の停車場の一種の静けさ」については、首都圏の、しかも通勤圏の駅の朝しか知らない私には、二首目の「朝青みゆく」という相当に速い時間帯であることを加味しても、何か言える代物ではありません。なんせ、辻堂や北上尾でも、始発電車で座れることはまず無く、ホームにもそれなりに人がいて、朝っぱらから皆さん余っ程忙しいんだな、と、呆れるくらいです。

 或いは、と思うのは、朝の上野駅地平ホーム、16〜17番線(特急専用)がこれに近い雰囲気を持っているかも知れません。上野〜東京〜品川間の線路容量が逼迫しているため、常磐線の特急は、通常品川発の所、7:30から9:30まで全て上野発です。8:00発の「ひたち3号」は、広野出張で何度か利用しましたが、隣の13〜15番線にも上野止まりの通勤電車が出入りしているとはいえ特急専用ホームは通勤の雑踏から離れ、不思議な趣があります。

 三首目、「停車場に來て新聞紙買ふ男」とは、牧水自身なのでしょうか?この当時の牧水の住居は、「若山牧水伝」によれば、本郷区三丁目十八番の「東雲館」なる所、というより、同郷の大親友である平賀春郊の下宿に転がり込んでいたという事です。その前が、前回の歌と関連する横浜市不老町、その前は市外淀橋町柏木94番地、という具合ですので、ここで出てくる「停車場」は、必ずしも新橋ではないように思われます。

四首目、これは、沼津若山牧水記念館館報38号で、榎本尚美さんも「入替作業の小型SLを詠んだこんな歌もある。」として紹介されています。この歌、私の持っている「若山牧水歌集」(岩波文庫、伊藤一彦編)には採録されておらず、伊豆の歌人、jin*okg*5*0様のHPで知りました。同じ岩波文庫でも、古い、若山喜志子編のものでは採用されているとの事です。

 また脱線をお許し頂ければ、この伊藤一彦さんという方、宮崎県の高校で社会科を教える教師、その教え子に、今、NHK大河ドラマ「真田丸」で主演者を務める俳優境雅人がいて、二人の牧水に係わる3日間の対談が、「ぼく、牧水!」として角川oneテーマ21から出されております。え?まだ読んでません、ハイ、すんません……



しみじみと遠き邊土のたび人のさびしき眼して停車場に入る


 この歌は、非常に心に残るのですが、多分、私は、正しい鑑賞をしていないでしょう。

 「遠き邊土のたび人」とは、牧水自身のことを言っているのかも知れません。東京暮らしに慣れてしまった自分に、改めて自らを「遠き邊土のたび人」として、その感性のひとつである「さびし」を意識させたのかもしれません。同じ「死か芸術か」のうちでも最初の方、「手術刀」にある、


停車場に入りゆくときの靜かなるこころよ眼にうつる人のなつかし


の歌とも響きあうのではないかと考えます。

 私がこの歌に惹かれるのは、「たび人の 眼して停車場に入る」と読んでいるからなのだろう、と思います。あちこちと旅の経験を積み、また、会社に入って後の技術屋時代は、近いにつけ遠いにつけ「現場」というものがありましたから、移動も仕事みたいなもの。次第にすり減ってくる自分の感性を恐れ、また痛ましく思う中、ふと、猛暑の山形の街を歩きながら、

「この街を、初めて訪れた旅人のように歩いてみたい」

と思ったのです。見るもの聞こえるもの、風さえ新しい、初めて訪れた街のように、初めて一人旅に出たあの朝のように、すこし肩を怒らせて……

空しい抵抗に終わりましたが。


月の夜の青色の花搖らぐごと人びとの顏浮ける停車場
停車場のあまき煤煙(けむり)のまひ來るレストラントの窓の焼肉


 この二首はもう、追体験出来ないでしょうね。街中はどこも明るくて「青色の花揺らぐごと人びとの顔浮ける」ような場所はありません。蒸気機関車も無くなって、石炭の煙を嗅ぐこともまずは出来ません。高崎や新潟あたり、観光用SL列車の走るところでも、駅ビルのレストランは冷暖房完備で、窓も開かないでしょうしね。

(つづく)
 再び、「死か芸術か」から採り上げます。

 牧水は、、明治45年7月20日、「父危篤すぐ帰れ」の電報を郷里から受け取ります。しかし、帰郷の汽車賃すらなく、「路上」以後の作をまとめて、歌集「死か芸術か」の原稿として東雲堂に渡し、いくばくかの金に換えて7月22日新橋発。神戸から船で、郷里の坪谷には25日に着いています。歌としては、「路上」の延長上で、明治44年9月から明治45年7月の間の作品が収められていますが、この間小枝子との恋の破綻は確定的となり、喜志子への求婚、啄木の死、喜志子の上京など、貧窮のうちに新しい生活を求めて悪戦苦闘していた牧水の、「我が忘れ難い明治年號の最終一年間に成った歌」と、本人も序文に書いています。そう、この年の7月30日、明治天皇の崩御により、元号は大正と改まります。

 また、「路上」のできる前後、明治44年の9月23日、主催していた雑誌「創作」の原稿を持って編集所である「創作社」に行くと、「創作」の編集に不満な東雲堂側から「改革案」なるものが示され、牧水は佐藤緑雨とともに即座に「創作社」解散を決意。同年10月号はなんとか編集。雑誌「創作」は、11月号からは、北原白秋編集の「朱欒」となります。

 創作社解散後の牧水は、まことに惨めな生活だったようで、11月、横浜の不老町に身を寄せ、友人の三浦某という人を、半ば資金調達が目的で頼って行きます。ところが、この友人は外国人相手の商売をしている大変な人物。牧水は、「手紙に代へて」という作品の中で、


「其処には重もに外国人を相手にして銭を取る、殆ど半人半獣の脂ぎつた私の舊友が棲んでゐた。(中略)私は夜は狂へる如く彼等と共に同じ空気の裡に明し、昼は独り離れて断えず船の煤煙のまつて來る波止場のベンチや特に異人種のために設けられた樹木の茂い丘の上の公園、または遠く根岸杉田あたりの渚に行つて時を過ごすことを歡んだ。」

 とあります。とてもつきあいきれなかったのでしょう。この歌集の中の、「十月、十一月、相模の國をそこここと旅しぬ、歌三十一首」とは、この時期の歌であるようです。


十月、十一月、相模の國をそこここと旅しぬ、歌三十一首

ほどもなく動きいだせる夜の汽車の片すみにわれ靜かに眼をとづ

膝に組む指にいのちをゆだねおきて眼をこそ瞑づれ秋の夜汽車に

ただひとり知らぬ市街に降り立ちぬ、停車場前に海あり、浪寄る


 相模の國ですから、何分私の故郷でもありますが、神奈川県内で「夜汽車」はあり得ず、単に「夜走る汽車」と解釈すれば良いと思います。問題なのは三首目。「停車場前に海あり」とは、どこの駅か?明治38年には、現在の京浜急行の前身、京浜電気鉄道が、品川(現北品川)〜神奈川間を全通させています。現在のイメージでは、JRでも京急でも、そんなに海に近い駅はありません。多分、現在の神奈川あたり、埋め立て地を通っていた附近ではないかと思います。一応国土地理院の電子国土なども見てみましたが、もうひとつ、ここだ!という決め手がありません。ひょっとしたら、当時の横浜駅(現桜木町駅)でも良いかもしれません。

 これは、良く知られている事ながら、牧水の精神状態は、このころ極めて不安定だったようで、それまで見なかった句点が、この「死か芸術か」の歌に出てくるようになります。また、破調の、口語短歌に近い物が現れ、次の歌集である「みなかみ」まで続きます。今紹介した歌の後、「信濃より甲斐へ旅せし前後の歌、十六首」という連作があり、その八首目、


なにゆゑに旅に出ずるや、なにゆゑに旅に出ずるや、何故(なにゆゑ)に旅に


 これも句点がついて、破調の、烈しい歌です。その形式はともかく、「汽車」も「停車場」も出てこないのに、ここにご紹介するのは、「あくがれ」と「さびし・かなし」の両面を併せ持つ牧水の芸術的世界と、「早い話が金次第」の現実的生活との間で煩悶を続ける姿を見るように思うからです。いや、この鑑賞は、あまりにも下世話でしょうか?ずっと後の歌集「渓谷集」(大正7年5月刊)に、「(伊豆の春)―妻が許へ送れるー」として、


たのしみて出でて來しかど樂しみてけふ居るものとゆめなおもひそ

行く旅のいづかたはあれくつろぎてこころ休むる旅とてはなし


 という歌があります。大正6年頃の歌と思われますが、雑誌「創作」の復刊やらなになら、資金難に喘ぎながらも、牧水としては充実していた時代ではないでしょうか?それでも、自分の事が解ってもらえると信ずる妻に宛てて、「ゆめゆめ、ダンナは楽しんでいると思ってくれるな、何処へ旅に行っていようが、心の安まる日など無いのだから」とまで言っています。これを、世俗の「金の話」と取るのかどうか?

 ふと、ここで、三好達治の「測量船」に収められている「峠」という詩を思い出しました。


既に旅の日数は重なつてゐた。私は旅情に病の如き悲哀を感じてゐた。しかし私にあつて今日旅を行く心は、ただ左右の風物に身を託して行く行く季節を謳つた古人の心でなければならない。もうすぐに海が見えるであらう。それだのに私の心の、何と秋に痛み易いことか!
三好達治「峠」より抜粋


 牧水と達治、その詠風も、文学的世界も相当に異なるとはいえ、どこかに通じるものがあるのではないか?いや、我が牧水先生には、世俗の事だけで悩んでいてほしくない、と、私がどこかで勝手に思いこんでいるのかもしれません。


(つづく)

 いや〜、参ったな〜。

 そりゃ、学術論文書く訳ではないから、とは言え、そうそう間違った事を書いたら恥ですからねえ。かなり神経を使っていたはずなんですが‥‥

 以前、「病院に入りたし」についての鑑賞文を掲載致しました。「秋風のうた」は、大正2年春から3年春までの作品を集めた物で、確かに牧水は、大正2年6月29日に小石川区大塚窪町20番地に家を借り、妻の喜志子、長男の旅人を呼び寄せております。

「秋風のうた」の「夏の日の苦悩」に、こんな歌があります。


折しもあれ借金とりが門をうつくもり日の家の海の如きに


 以前もちょっと触れましたが、こういう歌があるので、牧水先生の「家計」を心配したのですよ。この頃は「差額ベッド」制度なんてものは無かったでしょうが、今と較べたら、そもそも入院なんぞしていられるのは、余ッ程裕福な階層だったんではないでしょうか?え?私?そりゃ、貧乏ですよ。日額¥15,000。−也の差額ベッド代なんて、ふざけんじゃね〜、という所です。救急搬送の場合は、とりあえずはそうなるとしても、さっさと大部屋にしてくれ、と頼んでいるのに、「空いていない」とか、冗談じゃない!

 それよりも驚いたのは、牧水は、大正2年12月より、大塚窪町20番地の家はそのまま、来訪者を避けて仕事に集中するためと、借金取りを避けるため、小石川区大塚上町28,芳静館という下宿に逼塞しており、この隣が病院だったようです。

 これが解ったのが、今回借りてきた、大悟法利雄氏の「若山牧水伝」。そもそも、牧水の高弟である大悟法氏の著作を手元に置いておかない方が悪い!これが、「文献は図書館だのみ」の弱点でもありましょうが、いささかお恥ずかしい話であります。

 しかし、牧水という、いわば研究し尽くされたような人の事を書いていて、よくもこれまで、短歌方面の方からボロクソに叩かれずに済んでいるというのも不思議。というより、「来訪者履歴」を見ても、私の知るお二方以外、その方面の方が来られた形跡なし。良いやら悪いやら‥‥

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