こんにちは、ゲストさん
ログイン
Yahoo! JAPAN
すべての機能をご利用いただくためには、JavaScriptの設定を有効にしてください。設定方法は、ヘルプをご覧ください。
[ リスト ]
修復前と修復後・・・・・ 旧東ドイツの町にて。
え・・・そうなんですか?
2009/5/20(水) 午前 9:58
こんにちは^〜^ 歴史的な重みを感じる建物も、真っ白に塗る込んでしまうと何もなかったように・・・ 記念写真の風景が良い味を出しています ☆ポチ☆ ☆ポチ☆ ☆ポチ☆
2009/5/20(水) 午後 0:37
いきなり、傑作(0)⇒傑作(2)になりました^〜^ おめでとう・・・!
2009/5/20(水) 午後 0:39
壁が崩壊してすぐに行きましたが、建物、道の状態、、酷かったですよ、ほんと。
2009/5/20(水) 午後 6:31
見事な写真ですね!多くを語る風景を前に、いろいろ思い巡らしてしまいました。 ソ連支配下の東ヨーロッパの貧しく、過酷な生活に胸が痛み、そして信仰を失って資本主義社会の波間に放り出された人々を思うと、、、(涙) ドイツの場合、さらにその前にナチスの支配、、等々、、、 今は、皆さん、一見幸せそうに暮らしていらっしゃいますが。
2009/5/20(水) 午後 10:43
ドイツ・・・複雑な心境ですが。 いくつかの建物、歴史を語る目的で、残してほしいな。 ・・勝手な意見・・
2009/5/21(木) 午前 11:04
鍵コメさま 後ほどちょっとチャレンジしてみますね〜
2009/5/21(木) 午後 2:34
凶暴男さん そう、「化粧前」「化粧後」・・・・
2009/5/21(木) 午後 2:35
まったーほるんさん もう300年以上前の建物ですから 修復していかないとだめなんですよね。 こうして無理直したものも、あと何十年かすればまた古くなっていきます。 ダブルポチ、ありがとうございます!!!!
2009/5/21(木) 午後 2:37
アルペン55さん 崩壊直後はすごかったようですね。 1994年にドイツに行ったときは、まだボロ・・な建物が目につきましたが、引っ越した時は、だいぶきれいになっていました。
2009/5/22(金) 午後 10:13
hildy先生 壁があった時代を知らない若者が増えてきましたが、壁時代を生きた人に植え付けられたものはそう簡単には変えられないところがあるのでしょうね。 バッハの旅をしたとき、引率の神学者の先生からは、分断の悲劇のお話を聞きました。ドラマのような話も、実際に会ったことであり、そういうことはそのお話だけでなくいくつもあったのだろうと思うと、つらい思いになりました。 そのお話は、またいつか書いてみたいと思います。
2009/5/22(金) 午後 10:16
マーニャさん 建物、ちゃんと残されていますよ。 この建物も300年、400年前のものです。 これだけ古い建物を維持していくのは大変なことでしょう。 ドイツは暗い過去もきちんと残して公開しているとおもいます。
2009/5/22(金) 午後 10:19
壁時代を知らない若者?! もう、そんなに時が流れたのですか。。。 ちなみに、私は1993年9月に帰国したので、Ceciliaさんと丁度入れ違いですね。 それにしても左の建物、窓とか寒そうだし、暗そうだし、外がこれだと中も階段とかボロそうだし、、何度見ても、胸が痛みます。
2009/5/22(金) 午後 10:37
hildy先生 そう、壁崩壊後に生まれた子どもたちがいま「若者」・・・ 93年に帰国だったのですね。私は94年に初ドイツ、97年2度目の訪問、そして2005年にお引っ越しでした。 94年の初ドイツ、初めは最後にウィーンによる予定だったのに、方向を180度変えて、ベルリンに行きました。その時の車窓から見た風景。旧東側は本当にぼろかったです。かわいそうなくらいぼろい・・・でも引っ越した時は、かなりきれいになっていました。それでも、旧東には「あら・・」と思う建物が。 この建物、バッハゆかりの建物です。なので、左のぼろい建物も、中はそれないなんじゃないかと勝手な想像・・・
2009/5/24(日) 午後 10:09
hildy先生 書き忘れました・・・TB、ありがとうございます。
2009/5/24(日) 午後 10:10
やや季節はずれですが、Ceciliaさんの記事に啓発されまして、、、 この門扉、実は自動で開閉する・・・はず。いまいち使い方が分からず、インターホンで問い合わせ中。 「開けて〜」。 古いものは大切に+利便性も重視 のドイツで。 しかし、中世建築物の巨大な木製扉が自動で開いた時には、お化け屋敷かと思いましたけど・・・ <font size="3"><b>門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出...
2009/5/23(土) 午前 0:10 [ 愛・喜び・平和 part2 〜今日、この日に感謝をこめて〜 ]
すべて表示
小川菜摘
西方 凌
浅香あき恵
[PR]お得情報
その他のキャンペーン
え・・・そうなんですか?
2009/5/20(水) 午前 9:58
こんにちは^〜^
歴史的な重みを感じる建物も、真っ白に塗る込んでしまうと何もなかったように・・・
記念写真の風景が良い味を出しています ☆ポチ☆ ☆ポチ☆ ☆ポチ☆
2009/5/20(水) 午後 0:37
いきなり、傑作(0)⇒傑作(2)になりました^〜^
おめでとう・・・!
2009/5/20(水) 午後 0:39
壁が崩壊してすぐに行きましたが、建物、道の状態、、酷かったですよ、ほんと。
2009/5/20(水) 午後 6:31
見事な写真ですね!多くを語る風景を前に、いろいろ思い巡らしてしまいました。
ソ連支配下の東ヨーロッパの貧しく、過酷な生活に胸が痛み、そして信仰を失って資本主義社会の波間に放り出された人々を思うと、、、(涙)
ドイツの場合、さらにその前にナチスの支配、、等々、、、
今は、皆さん、一見幸せそうに暮らしていらっしゃいますが。
2009/5/20(水) 午後 10:43
ドイツ・・・複雑な心境ですが。
いくつかの建物、歴史を語る目的で、残してほしいな。
・・勝手な意見・・
2009/5/21(木) 午前 11:04
鍵コメさま
後ほどちょっとチャレンジしてみますね〜
2009/5/21(木) 午後 2:34
凶暴男さん
そう、「化粧前」「化粧後」・・・・
2009/5/21(木) 午後 2:35
まったーほるんさん
もう300年以上前の建物ですから
修復していかないとだめなんですよね。
こうして無理直したものも、あと何十年かすればまた古くなっていきます。
ダブルポチ、ありがとうございます!!!!
2009/5/21(木) 午後 2:37
アルペン55さん
崩壊直後はすごかったようですね。
1994年にドイツに行ったときは、まだボロ・・な建物が目につきましたが、引っ越した時は、だいぶきれいになっていました。
2009/5/22(金) 午後 10:13
hildy先生
壁があった時代を知らない若者が増えてきましたが、壁時代を生きた人に植え付けられたものはそう簡単には変えられないところがあるのでしょうね。
バッハの旅をしたとき、引率の神学者の先生からは、分断の悲劇のお話を聞きました。ドラマのような話も、実際に会ったことであり、そういうことはそのお話だけでなくいくつもあったのだろうと思うと、つらい思いになりました。
そのお話は、またいつか書いてみたいと思います。
2009/5/22(金) 午後 10:16
マーニャさん
建物、ちゃんと残されていますよ。
この建物も300年、400年前のものです。
これだけ古い建物を維持していくのは大変なことでしょう。
ドイツは暗い過去もきちんと残して公開しているとおもいます。
2009/5/22(金) 午後 10:19
壁時代を知らない若者?! もう、そんなに時が流れたのですか。。。
ちなみに、私は1993年9月に帰国したので、Ceciliaさんと丁度入れ違いですね。
それにしても左の建物、窓とか寒そうだし、暗そうだし、外がこれだと中も階段とかボロそうだし、、何度見ても、胸が痛みます。
2009/5/22(金) 午後 10:37
hildy先生
そう、壁崩壊後に生まれた子どもたちがいま「若者」・・・
93年に帰国だったのですね。私は94年に初ドイツ、97年2度目の訪問、そして2005年にお引っ越しでした。
94年の初ドイツ、初めは最後にウィーンによる予定だったのに、方向を180度変えて、ベルリンに行きました。その時の車窓から見た風景。旧東側は本当にぼろかったです。かわいそうなくらいぼろい・・・でも引っ越した時は、かなりきれいになっていました。それでも、旧東には「あら・・」と思う建物が。
この建物、バッハゆかりの建物です。なので、左のぼろい建物も、中はそれないなんじゃないかと勝手な想像・・・
2009/5/24(日) 午後 10:09
hildy先生
書き忘れました・・・TB、ありがとうございます。
2009/5/24(日) 午後 10:10