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5泊6日の旅を終えて、私はベルリンの自宅に戻りました。 |
バッハの旅
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Bachゆかりの街々を徳善先生たちとまわりました。
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最後の訪問地は、Muehlhausen。 バッハは1707年、ここの聖ブラジウス教会のオルガニストとして、この街にやってきました。 ここでバッハは市参事会交代式の際に、カンタータを作ります。 私の好きなカンタータ、 4番「キリストは死の縄目につながれて」や106番「神のときこそいと良き時」は、 この街でつくられました。 バッハがオルガニストを勤めた聖ブラジウス教会外観。大きすぎてとても入りきりません! 聖ブラジウス教会祭壇。 聖ブラジウス教会オルガン。 この教会の後ろに、子供が遊ぶスペースがありました。 教会の人に聞くと、ここで礼拝中、子供が遊べるのだそうです。 子連れではなかなか教会に行きづらいこともあります。 なので、こういう場所が教会の中にあるというのは、とても嬉しいことですし、うらやましいです。 次は聖マリエン教会。市参事会の交代式の祝福の礼拝が行われました。 これは祭壇です。 そしてオルガン。 この教会、わたしたちが訪れたときは「博物館」となっていました。 しかし、博物館といっても展示物がない・・・・教会としか見えません。 オルガンは修復かオーバーホールらしく、パイプをはずす作業真っ只中でした。 入り口にあった印刷物を見ると、この8月末までこの教会で礼拝が行われていたようです。 つい最近まで「教会」だったのですね。なぜ「教会」ではなくなったのでしょうか。 信者減少でやむをえなかったのでしょうか。 教会が教会ではなくなる・・・それは私にとってとても寂しいことです。 こうして、私のバッハの旅は終りました。 ツアーの皆さんは、このあと、北ドイツ、ツェレ、リューネブルク、ハンブルクとまわります。
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私にとっての最終日。 この日はバッハが生まれた街、Eisenachにまず向かいます。 最初は、バッハが洗礼を受けた聖ゲオルク教会 中にはバッハが洗礼を受けた洗礼盤があります。 オルガン 入り口の門には、バッハの紋章とルターの紋章。そして教会に入るとバッハの像があります。 ちょっと怖い顔・・・・この像が作られた時代(ナチスの時代)を考えるとなんとなくうなずけます。 つぎは、生家と言われていた(今は違うことがわかっています)バッハハウス。 あいにく外壁を修復中。さらに立派な博物館が建つ模様です。 そのころ、私はもうドイツにはいません。 ここの前のバッハ像は花に囲まれて、きれいでした。 ここで見学の後、オリジナル楽器の説明と演奏。 その後、「バッハレストラン」で昼食。 ツアーの食事って、「重い」・・・・ 前菜、メイン、デザート。普段外食ではメインしか食べないからなあ・・・ でも、このレストランの食事は魚! 美味しくいただきました。
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この日の最後の訪問地はDornheim。 バッハは最初の奥さん、マリア・バルバラとこの村の聖バルトロメオ教会で結婚式を挙げました。 この教会のノイマンさんの説明を聞きます。 この教会で結婚式を上げる人が多いそうで、日本人バッハファンもその中にいるそうです。 説明の後、この教会のオルガンを試走させていただきました。 |
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次に向かったのはArnstadt。 ここは、バッハが最初に就職した街です。 ここの新教会(現在はバッハ教会)のオルガニストとしてバッハはやってきました。 新教会。 教会にはこのプレートがはめ込まれています。 「バッハ教会 ボニファティウス教会は1581年の大火災によって消失した。 1676年から1683年にかけて「新教会」として建てられた。 1703年から1707年までJ.S.Bachはここで、彼のオルガニストとして最初の仕事をした」 お昼は「Goldene Sonnne」(黄金の太陽)というレストラン。 ここにバッハ一族が良く集まったそうです。 「18世紀、音楽家一族バッハ一族の溜まり場だった」 |






