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◇◇ 立派な奄美パーク 2時間近くも見学時間があったのに田中一村の美術館に行けず ◇◇
ハブ屋を出ると、いよいよ2泊3日のこのツアーも終わりに近づいてきました。残すところ
鹿児島県立奄美パークのみです。空港にほど近く、フライトの時間調整に出来る立派な施設です。
中には、奄美の郷 総合展示ホールや、田中一村記念美術館が別々に建ち、奄美群島の拠点施設です。
私は、奄美をよく知ろうと奄美の郷からスタートしたのですが、「海の道」「シマの道」「森の道」
と、展示ホールが分かれていて、それぞれに島の人々が自然と深く関わってきた暮らしぶりを、
テーマウオールには、奄美の一年を通しての行事と代表的な仕事も紹介されています。
つい読み進んでいると、それだけでも結構時間がかかり、いつの間にか、ツアー仲間は誰もいなく
なりました。この郷の中には、イベント広場やレストラン、集落から移築した民家には懐かしい
遊び道具もありました。また、奄美シアターというコーナーでは、黒潮に育まれた亜熱帯の島 奄美。
独自の進化を遂げてきた、神秘的な自然や固有の動植物の力強い姿、自然と共に暮らす人等が
映し出されていました。(この項奄美パークのパンフレットより)
また、この建物の中には、奄美の島達(喜界島、奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島)の
紹介コーナーもあり、それぞれにテレビ映像での紹介と、パンフレット等が置かれ、足を止めます。
そんな訳で、田中一村記念美術館に行く時間がありませんで、残念でした。ついでながら、
田中一村とは、奄美パークのパンフレットによると、昭和33年、50歳の時に南の島々の自然に
魅せられ奄美大島に移り住み、大島紬の工場で働きながら衣食住を切り詰め、不遇とも言える
生活の中で奄美を描き続け、昭和52年、69歳でその生涯を終えたのだそうです。栃木県出身で
今の東京芸術大学(当時の東京美術学校)の日本画科に入学し将来を嘱望されたのだそうですが、
病気や生活苦のため、中央画壇とは一線を画しての画業に励んだ人だそうです。
◇◇ あれ! 来るときに乗っていたスッチーさんだ ◇◇
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。もうお帰りの時間です。空港について搭乗券を
受け取ると、自由行動です。皆さん2階の土産物屋さんや早い人は出発ロビーに入っています。
私も荷物を整理し、座りの良い荷物に詰め替えると、出発ロビーに。こちらのカフェ等で時間つぶし。
飛行機に搭乗すると、何と見慣れたスッチーさんが迎えてくれました。往路で一緒だった人達でした。
余談ですが、最後に悲しい出来事が。リュックの他に持っていった車輪付きの折りたたみバッグには、
焼酎と黒糖等重たいものが多く、機内の荷物棚に置くのが大変でした。そして高速バスを降りる時には
とうとう車輪の一つが壊れてしまいました。次の日には職場に行くので、宅急便という訳にいかず、
つい詰め込んでしまったのですが、後悔先に立たずでした。ざんねん!
私の初めての奄美大島と加計呂麻島は、貴重な体験も含め、非常に印象深い旅となりました。
そのせいもあってか、2泊3日のお出かけの報告に、10回もかけてしまいました。もし、最後まで
読んで付き合って下さった人がいたら表彰ものです。写真もなければ下手な文章だけでしたからね。
こういうお出かけでもなければ、平凡な生活ですから、記事にするものがあまりありませんが、
また、なにか題材を見つけて書かせて頂きますので、たまには訪問してみて下さい。感謝です。
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奄美パークは旅行の最後の締めくくりに良い場所ですよね。いろんな展示もあったりしてノンビリ時間を過ごせますよね。焼酎たくさん買ったんだから宅急便のほうが良かったのに。私はここの奄美パークで6本買って送りました。
楽しい旅行記楽しませてもらいました。私もこの時は1人参加で行っているので、その時のことを思い出して一層よかったです。
また何処かへお出かけしたら書いて下さい。
2007/6/19(火) 午前 9:59 [ ten*im*77 ]
職場とか直ぐ次の日に行くから、つい送らずに持って行ってしまったのですが、時には宅急便も使いますよ。
旅行記はつい書き込んでしまうので、長くなっちゃうんですよね。もっと簡潔に書けると良いのですが、文才もまとめ力もないんでしょうね。付き合って頂いた皆さんに申し訳ないところです。でも、懲りずに出かけたら書こうとは思っています。日記なんか続かないので、自分の記録として残りますから。でもなかなか出かけられなくてイライラしますね。
2007/6/21(木) 午後 6:18 [ ech*g*59 ]