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仕事や様々な活動が忙しくてブログの更新ができません。 でも、どうしてもこれだけは…、ということで更新しました。 毎年紹介しているもう一つの9.11です。 9.11と言えば、まずたいていの人が2001年9月11日にニューヨークで起こったテロ事件のことを思い浮かべるでしょう。しかし、この事件の28年前、1973年の同じ9月11日に、ニューヨークのテロにも匹敵する惨劇として現代史にその名を刻まれている大事件が起こっています。舞台は、南米のチリです。 2001年9月11日、噴煙をあげながら崩れ落ちるWTCビルの映像を見て、多くのチリ人たちが、それを28年前のモネーダ宮殿の姿に重ね合わせたと言う。 1973年9月11日は、アメリカCIAに支援されたピノチェト将軍率いる軍事クーデターで選挙で選ばれたアジェンデ左翼政権が崩壊する。 空軍機の爆撃を受けて炎上する大統領官邸(モネーダ宮殿)からアジェンデ大統領は最後のラジオ演説を行った直後に殺害される。 その時以来、チリでの「9・11」は、クーデタで行方知れずになった息子や恋人を思い起こす日であり、命を落とした人々を追悼する日となっている。 チリの『9・11事件』ではその後16年間の過酷な軍政の弾圧により9月11日の時よりも多くの尊い命が失われている。 久々にこの曲「不屈の民」を聴きましょう。 チリ軍事クーデターについては以下のとおり。 実は、もう一つの9.11であるニューヨークで起きたテロはブッシュの自作自演だということがまことしやかに言われています。 ここでは述べませんが以下のHPを参考にしてください。 |
世界・政治・地方行政
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なつかしいですね。アジェンデ政権が成功していたら、どうなっていたか・・・。
私達は、ベンセレーモスでなく、パッセレーモス(われわれは通る)というビラをつくっていました。
2012/9/17(月) 午前 3:00
闘いの歌の力強さ、父に連れられ映画館で見た記憶があります。この音楽も耳に残っていました。
2012/9/17(月) 午前 8:36 [ yuu*a2*miki** ]
いつもこの記事を書いていただいています。
チリの文化使節が、世界中を回っていた時、クーデターが起き、インティ・イリマニらが帰国できなくなり、インティ・イリマニがイタリア本拠を構えていました。以前、ミラノのドームに登っていた時、下からインティ・イリマニの「不屈の民」の曲が聞こえてくるではありませんか。驚いて、下の広場に行くとアルファロメエロの労働組合が集会をしていました。日本で平和の歌が歌われなくなってきたように思いますが、このブログで再び感動を得ました。ありがとうございます。
2012/9/18(火) 午前 0:03 [ 京都・教育福祉労働安全衛生 ]
皆様、カキコありがとうございます。
私が大学へ入学したのは1974年4月ですから、クーデターの直後です。
チリのできごとは私にとっては人生を考える大きな契機となりました。
毎年欠かさず取り上げるつもりです。
2012/9/18(火) 午前 0:36 [ ecm2000s ]
私は76年に入学して知りましたが、ecmさんにとっては、私以上の衝撃だったのですね。感慨深いです。
ゲスプ訪問ありがとうございました。今は、仕事替わりに一日中ブログを始めましたが、ネタが尽きそうでやばいです。
2012/9/18(火) 午前 3:35
あ、しばらくお邪魔できていなくて、この記事うっかりみのがしていました。
1か月以上遅れましたが、転載して皆さんにお知らせします。
2012/10/21(日) 午後 5:46 [ 琵琶 ]
この記事、とりあえず私のところに転載させていただいたら、途端に、星の歌さんと言う方(名前は時折拝見していますが、直接のお付き合いは今回が初めてです)が、早速大統領の演説部分を転載していただきました。歴史に残る名演説ですね!
2012/10/21(日) 午後 7:33 [ 琵琶 ]