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(2007年9月6日に旧ブログ(ジオログ)に掲載した記事です)
月曜日、深夜手術に呼ばれて病院に来たのですが、医局の電気と冷房が全て消されていて、私だけが暗がりと猛暑が好きな変態でないことが解り、暗い医局の中で感涙にむせびました。その日の日中「ハチドリのひとしずく」という本をY先生から紹介されました。ご存知の方も多いと思いますが(私は知らなかったのですが)、関連するホームページを紹介しておきます。
http://www.hachidori.jp/home.html
I am only doing what I can do.
先生方のひとしずくが集まって、医局の電気が不要な時は消えるようになったことが、泣けます。「ハチドリのひとしずく」。いいお話なので、皆様にもお勧めします。
本日台風の中、びしょぬれになりながら自転車で家に帰ると、びしょびしょの私を目の前に、ねぎらいの言葉もかけずに息子が「○×君ちはヘリコプターのラジコン買ったんだよ。ぼく誕生日までまてないよ。」と言ってきました。かねてから、我が家のモットーは「物より思い出」を大切にすることと、物を買い与えすぎないということなので、息子もかなり遠慮がちでしたが、私も例の如く「ふーん」と聴いて聴かぬふりをしていました。しかし、今日の私は一味違いました。このところ環境問題を勉強するにつけ知った、老子の「知足」という言葉を、解りやすく説明してやりました。簡単に言うと、「大量生産、大量消費の生活が当たり前になると、地球は滅びるので、お前が生きる時代に地球が大丈夫な様に、お前に満足を教える為に、買わないんだよ。」ということです。京都の龍安寺で見た蹲(つくばい)「吾唯足るを知る」の意味がこの年になりようやく理解でき、息子に説明できるようになりました。現代の経済中心思想の下では、物欲の追求こそが生活・経済の発展ですが、足るを知り、欲に歯止めをかけることが共存の道なのだと思います。
「吾唯足るを知る」後輩や看護婦さんに飲み代をせがまれたときにも使えます。
自分が子供の頃は、家族が集まっている部屋意外は「もったいない」ので真っ暗でした。夏は窓を開け放ち、ベビーパウダーを塗ってもらって眠りにつき、冬は寒さに凍えながら毛布が温まるまで縮こまっていた生活から、あせもやしもやけのない生活が当たり前になってきました。空気の様に、そこにあることが当たり前になった贅沢な生活のなかにあって、どこかで足るを知る事が、本当のリッチな生活への登竜門ですかね。
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