以前の私もそうだったのだけど、心が自然体の自分でないと、やたら結果にこだわる。出来ない自分を許せなくて。だから(結果にこだわるあまり)オーバーワークになったり、許容範囲を超え、(勝手に)心折れたりする。出来ない自分を許せないのと同時に、他者に評価されたい。自分が自分を認められない分、他者にそれを求める。つまり、自分で自分を追い込んでは、自分を壊す、悪循環になってることが多々ある。
自分を許す、と言うことは、ありのままの自分を認めることなのだけど、その言葉通りだと、とてもとても受け入れられなくて、頭で解っていても、実際は拒絶してしまう(逆効果)。言葉にすると簡単なことが、実際は難しい。ではどう捉えればいいか、そっからだと思うんで、思いつくまま書いて置こうと思う。現時点で、自分にてか、自分のやり方に疑問を持っているのであれば、何とかスッキリしたいもんね。
過去記事と重複するかもしれないけど、私の場合”許す”と言う言葉の意味にこだわったんで、いろんな解釈の仕方をネットで調べたり、考えたりしながら実践してみた。要は理解を進めながら、少しずつ心のハードルを下げて行った感じ。いままで頑張りすぎていた人は、ハードルを下げるのがとても難しい。ここでは「ハードルを下げる」と言うことが自分を許すこと。自分が完ぺき主義とは全く思っていなくとも、実はそうだった、と言う事実を認められるよう、そっから始まる。
では、完璧とは何を持って完璧か。それって誰が決めてる?誰でもない、自分自身なのだ。そんなことも気づいてないと思う。最初は驚くだろう。で、その自分の価値観を作ったのは誰か。子どもの頃から周りにいた大人たちだ。そんな中でも一番影響あるのが親。親は正しかったか、本当の自分の意見と食い違ってなかったか、振り返ってみる。少しでも疑問があるなら、かつて、自分は折れたり諦めたり、考え直した事柄を思い浮かべてみる。親の意見と違ったその時の自分の気持ちを思い出すって意味で。
この時点で親を否定したり、親のことを考える必要はなくって、自分の”本当の気持ち”がどこにあるかが大事。まずここで、きっといままでしてこなかったであろう『自分を優先』をしてみる。自分がいかに自分の気持ちに反して来たか、ってことが解ると、自ずと自分のして来たことが、誰の為だったか、と言う点に辿り着くと思う。どんな物事でも最後はそこに行く。そこで、自分の思いと実際やって来たことの”ズレ”に気づけたら、このやり方で進めると解りやすいと思う。
いままで上手くいかなかったことは、ほとんどこのズレから来ていると言っていいと思う。自分のことは自分でないと解決できないから、誰かに強く勧められて自分の意思を曲げたり、納得してなかった事柄が心の底に積み重なってますます自分を追い込み、本意ではない方向に進んでいかざる終えない状況で、自分を八方ふさがりにしているのだから。自分を優先するには勇気が要りますが、いままで出来なかったことが、「我が儘」や「自分勝手」などではなかったことに驚くと思います。
自分の人生を生きることは、人として最も尊重されることで、誰も邪魔したり非難することは出来ないはずなのに、歪んだ価値観の元ではないがしろにされてしまったままで、当然のことと思いこまされます。根性がないだの、信念がないだの、無理にやらなくていいんです。一度やり始めたら、そりゃとことんやるのはいいだろうけど、途中で違うなって思った時、なぜ自分で決められない?誰の許しが要る?そんなに大変なこと?重要なこと???
そこで思い浮かぶ顔の人が自分をコントロールしている人。本当に何もかもその人が決めること?自分の人生なのに。と、考えてみて欲しい。もしかしたら自分が勝手に思い込んでいるだけかもしれない。その人が本当にそう思っているか、聞いてもないのに。もし、聞いて、やっぱり想像通りだったとして、やはりその人の言うことって、聞かなきゃいけないことなのか?自分で決められないのはなぜ?と考えてみて欲しい。
精神的に自分が自分を裏切り続けてきたことが解ると、それだけで心の扉が開きます。最初は少しかもしれないけど、その重い扉を開ける力に、いまの自分がなるんです。最初は自分の扉を開けて歩き出すのが第一優先。気持ちに余裕が出来たら次は、そこまで抑えられてきたのはなぜか、支配されたままで気づかなかったのはなぜか、について進んでいくと思います(自ずと)。回復作業はエネルギーの消耗が激しいので、必然とハードルを下げることになります(でないと続かないです)。
日常生活を維持しながら、心のケアに努めようとすると、自然にそうなります。それがいいんです。どれかを諦めなくても同時に出来ることもあります(いままで2者択一だったことの謎にも気づきます)。出来るかどうか、出来ないとダメ、ではなくって、なるようになるし、ならないことはならないし、そもそもやる前に決めることも変なのです。都度都度軌道修正。人生はそうやって歩いて行けばいいのです。自分の人生、一度きりなのですから、自分で決めないとね。
自分を受け入れると他者の目が気にならなくなって、無駄なことで消耗することがなく、日々がとても快適であることをいま苦しい誰かにも実感して欲しい。自分は親から精神的に突き放されて育った影響もあるのか、”つるむ”と言うことを好まず1人で平気なのだけど、世間には属さないと自分が保てない人もいて(それが私には理解出来ず)でも、やっぱりそれも何かしら機能不全家族に共通する問題があるのではと思っていて。上手く言えないけど、苦しい中に居る誰かに、生きてて良かったと実感して欲しい。希望を持って欲しい。
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