手をつないで歩こう

人生諦めちゃっちゃーいけないよ〜(~▽~)

kokoro快復術

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゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜機能不全家族の影響を克服する為に自己流でいろいろ試みて来ました。今思えば失敗だったかなって事もありましたが、こうやって自信を取り戻し元気な心を取り戻した私の経験談を書いていこうと思います。リンク集(ヤフー以外)にもお役立ち図書や情報を紹介しています。いい面も悪い面ももどなたかの参考になればいいなと思います。 ゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜
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溜めずに出すってこと

心に澱のように積もっていることやモノ、いい事って思いのほか忘れてしまうけど、忘れた方がいいことって、なかなか消えて行かない。いまやストレス社会で、誰しもが不安や不満を抱えている時代。それでなくても元々持っている人は、元々が許容範囲を超えているのだから、いっそう苦しく感じると思う。何が原因でってのは人それぞれやけど、じゃぁどうすれば?って部分は同じと思う。

要らないモノは(思いも含め)出してしまうのが一番と思う。抱え込んだ重いものは、なんでずっとそこにあるかと言うと、出してないからで、原理は単純。一番やってはいけないのは、抱え込むこと。良くないことほど誰かに話す。てか、誰かに話す術を少しずつ始めるのが、回復への足掛かりと思う。誰にも言えないなら、ネットで。ネットには非公開って手もあるから、最大限活用するといい。

自分の中から要らないモノを引きずり出す。泣いてない分泣く。思う存分泣いて吐き出したらスッキリする。どれくらい時間がかかるかは、人それぞれだけど、いつか必ず終わりが来る。溜めている間は自分を犠牲にし続けているってこと。自分が自分を傷めつける必要はないのだから、自分の為にすべきことは自分を救うために何かするってことで、その何かは人それぞれだけど、手段としての一つとして『吐き出す』ことを強くおススメする。

溜まったものだけじゃなく、日々これは続けて行くことが大事だよね。溜めないってことが出来るかどうかは、その後に随分と差が出ると思う。私もこの頃ようやく身に着いて来たかな、結構訓練が要るのよ。すぐ弱音を吐く、とか、いいの、それで。それがストレスを溜めない方法ってこと。力が付いて来れば変わるから、最初はそれでいい。ただ、出し方が問題だから、工夫は要る。誰かに当たっても仕方がないし。

『どうやって、自分の機嫌を取るか』。この言い方が一番解りやすいかもね

他者は変えられない

これは書いて置かねば。最近はっきり解ったこと。自分以外の人は変えることが出来ない。これははっきり言う。だから「変わって欲しい」と思うのは希望であって、目的にしては危険。本人がハッと気づかねば人は変われない。誰かを変えようと画策したり気を揉んだり悩んだりはエネルギーを削がれるだけ。それでも自分がしっかり保てる人はいいだろうけど、私は無理。これは、親に始まって長く子ども達と関わって、ようやく解ったこと。

本人が気づいた場合は、あれよあれよと変わって行くから不思議。どんなに働きかけても無理だったことがあれよなのだから。じゃぁ、自分の消耗は無駄なことだったよね、ってことがいっぱいある。だから、わざわざ働きかけてわだかまりを作るって、後から思えば滑稽なことやん。逆に自分は変えられるよね。昨日まではこうだったけど、今日からはこうする、って決められるし、出来るし。いまさらだけど、歳を取って確認した一つだわこれ

疑ってみる

いままでを振り返って、どんなに努力し頑張っても、満足が行かなかったり、上手く行かなくて息詰まると思っている時は、自分が原因と思い詰めず、外に目を向けるべきと思った。ほとんどの人が、知らない間に親が原因の火種を心の底に抱えている。と疑ってみるべきではないか、と。どんなに親切で自分を思ってくれているであろう親を疑うのはまさかのことだろうけど、その仮面の下に自己満足が隠れている可能性は否定できない。

思い違いならそれでいいやん、一度は疑ってみるべきと思う。でないと、人生上手く行かないことの説明がいつまでも出来んし、モヤモヤして日々を楽しめんと思うんやよね。あと、親が怪しいと思っていても、親を否定するなんて!と思い込んでいる人も要注意と思う。親ならば、子どもの為に疑われても気にしないのが本当の親と思う。それで子どもが自立できるのなら、親は踏み台になってこそ親じゃないだろうか。

そんなことも許されないとすれば、その親子関係こそ怪しい。のではないか。時々、自分は考え方がオカシイのかな、と思うことが多々あるのだけど、そう思いながらも間違ったことがなかったん。色んな要素を考え直すことで、道が開けることもある。間違うこともあるけど、自分で決めて間違うのは間違いではなく、確認。だから、軌道修正すればいいだけ。誰かに言われて間違ったわけじゃない間違いは、簡単に軌道修正出来るから、恐れず何度でも間違え(確認)ればいい。道は一つではない。疑ってみよう。

届いた

昨日届いて読みかけたんやけど、親に何をされたか、何があったか、なかったか
は別として、親から受けた傷が同じで同じ反応が出ていることを改めて確認

こんだけの題名のインパクトがないと目に留まらないだろうと言う意図は解るけど、
これでは『特別な人』な印象がして、どこにでもあるイメージじゃないな〜と思った。
機能不全家族の被害者の手に届くといいけど。同じ著者の『親と言う名の暴力』の
文庫本で間違いなさそうです。安価で手にしやすいのでおススメです。最後まで
読めて、感想なりありましたら(あったら)、記事にしたいと思いますですー

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以前の私もそうだったのだけど、心が自然体の自分でないと、やたら結果にこだわる。出来ない自分を許せなくて。だから(結果にこだわるあまり)オーバーワークになったり、許容範囲を超え、(勝手に)心折れたりする。出来ない自分を許せないのと同時に、他者に評価されたい。自分が自分を認められない分、他者にそれを求める。つまり、自分で自分を追い込んでは、自分を壊す、悪循環になってることが多々ある。

自分を許す、と言うことは、ありのままの自分を認めることなのだけど、その言葉通りだと、とてもとても受け入れられなくて、頭で解っていても、実際は拒絶してしまう(逆効果)。言葉にすると簡単なことが、実際は難しい。ではどう捉えればいいか、そっからだと思うんで、思いつくまま書いて置こうと思う。現時点で、自分にてか、自分のやり方に疑問を持っているのであれば、何とかスッキリしたいもんね。

過去記事と重複するかもしれないけど、私の場合”許す”と言う言葉の意味にこだわったんで、いろんな解釈の仕方をネットで調べたり、考えたりしながら実践してみた。要は理解を進めながら、少しずつ心のハードルを下げて行った感じ。いままで頑張りすぎていた人は、ハードルを下げるのがとても難しい。ここでは「ハードルを下げる」と言うことが自分を許すこと。自分が完ぺき主義とは全く思っていなくとも、実はそうだった、と言う事実を認められるよう、そっから始まる。

では、完璧とは何を持って完璧か。それって誰が決めてる?誰でもない、自分自身なのだ。そんなことも気づいてないと思う。最初は驚くだろう。で、その自分の価値観を作ったのは誰か。子どもの頃から周りにいた大人たちだ。そんな中でも一番影響あるのが親。親は正しかったか、本当の自分の意見と食い違ってなかったか、振り返ってみる。少しでも疑問があるなら、かつて、自分は折れたり諦めたり、考え直した事柄を思い浮かべてみる。親の意見と違ったその時の自分の気持ちを思い出すって意味で。

この時点で親を否定したり、親のことを考える必要はなくって、自分の”本当の気持ち”がどこにあるかが大事。まずここで、きっといままでしてこなかったであろう『自分を優先』をしてみる。自分がいかに自分の気持ちに反して来たか、ってことが解ると、自ずと自分のして来たことが、誰の為だったか、と言う点に辿り着くと思う。どんな物事でも最後はそこに行く。そこで、自分の思いと実際やって来たことの”ズレ”に気づけたら、このやり方で進めると解りやすいと思う。

いままで上手くいかなかったことは、ほとんどこのズレから来ていると言っていいと思う。自分のことは自分でないと解決できないから、誰かに強く勧められて自分の意思を曲げたり、納得してなかった事柄が心の底に積み重なってますます自分を追い込み、本意ではない方向に進んでいかざる終えない状況で、自分を八方ふさがりにしているのだから。自分を優先するには勇気が要りますが、いままで出来なかったことが、「我が儘」や「自分勝手」などではなかったことに驚くと思います。

自分の人生を生きることは、人として最も尊重されることで、誰も邪魔したり非難することは出来ないはずなのに、歪んだ価値観の元ではないがしろにされてしまったままで、当然のことと思いこまされます。根性がないだの、信念がないだの、無理にやらなくていいんです。一度やり始めたら、そりゃとことんやるのはいいだろうけど、途中で違うなって思った時、なぜ自分で決められない?誰の許しが要る?そんなに大変なこと?重要なこと???

そこで思い浮かぶ顔の人が自分をコントロールしている人。本当に何もかもその人が決めること?自分の人生なのに。と、考えてみて欲しい。もしかしたら自分が勝手に思い込んでいるだけかもしれない。その人が本当にそう思っているか、聞いてもないのに。もし、聞いて、やっぱり想像通りだったとして、やはりその人の言うことって、聞かなきゃいけないことなのか?自分で決められないのはなぜ?と考えてみて欲しい。

精神的に自分が自分を裏切り続けてきたことが解ると、それだけで心の扉が開きます。最初は少しかもしれないけど、その重い扉を開ける力に、いまの自分がなるんです。最初は自分の扉を開けて歩き出すのが第一優先。気持ちに余裕が出来たら次は、そこまで抑えられてきたのはなぜか、支配されたままで気づかなかったのはなぜか、について進んでいくと思います(自ずと)。回復作業はエネルギーの消耗が激しいので、必然とハードルを下げることになります(でないと続かないです)。

日常生活を維持しながら、心のケアに努めようとすると、自然にそうなります。それがいいんです。どれかを諦めなくても同時に出来ることもあります(いままで2者択一だったことの謎にも気づきます)。出来るかどうか、出来ないとダメ、ではなくって、なるようになるし、ならないことはならないし、そもそもやる前に決めることも変なのです。都度都度軌道修正。人生はそうやって歩いて行けばいいのです。自分の人生、一度きりなのですから、自分で決めないとね。

自分を受け入れると他者の目が気にならなくなって、無駄なことで消耗することがなく、日々がとても快適であることをいま苦しい誰かにも実感して欲しい。自分は親から精神的に突き放されて育った影響もあるのか、”つるむ”と言うことを好まず1人で平気なのだけど、世間には属さないと自分が保てない人もいて(それが私には理解出来ず)でも、やっぱりそれも何かしら機能不全家族に共通する問題があるのではと思っていて。上手く言えないけど、苦しい中に居る誰かに、生きてて良かったと実感して欲しい。希望を持って欲しい。

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