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毒親・PTSD

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悪夢用の書庫として作りましたが、あまり悪夢を見ることがなくなってきたので、毒親系の話しを綴ろうと思います。
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フラッシュフォアード

昨日録画してあったNHKの番組を観て、新しい学びがありました。いままで「フラッシュバック」と言う概念?症状?は知ってましたが、将来に対する不安や恐怖を「フラッシュフォワード」と言うそうです。災害に遭ったほとんどの方がいまもPTSDに苦しんでいる姿を追った番組と思って観てたんですけど、そう言われて見れば、いつ終わるのか見えない日々の生活に絶望していたことを思い出しました。あれを、「フラッシュフォアード」と言うのだ、と思ったら、すごく納得が行きました。

長い間、物心ついた頃からパニックが出るまでの数十年、悪夢を見ることが当たり前だと思っていた。でも、それこそがPTSDの特徴だったことも今回はっきり解りました(番組内で解説されています)。番組では地震に遭った方々のその後を追っており状況は私とは全く違いますが、『心の傷』は原因は様々であれ、同じ症状を引き起こすのだと言うこと、改めて痛感した次第です。

見逃した方、再放送があります。参考にされて下さい。ただ、番組内では原因が地震ではありますが、心の傷の面で重なる場面が多々あります。具合のよろしくない方は録画してゆっくり観ることをお勧めします。私もこの新たな概念?(なんて言えばいいんだろうね)に心が動かされました。長い間、悪夢がPTSDの症状だとも知らず正体が解らずに苦しんでいた。自分が受けた心の傷が、どうやって出来たのか、また一歩進めそうな気がしています。

度々「子どもは自分の無力を思い知るだけで傷つく」とか、「親と暮らさねば生きて行けない現実に打ちひしがれる」とか書いて来ましたが、きっとそれがフラッシュフォワードなんだと思います。被害に遭った事実と、いつまでも記憶が甦るフラッシュバック、そして将来への不安、いくつもが重なって心が悲鳴を上げるのがPTSDなんだと思うと、どれほどの精神的負担がのしかかっていたか、毒親達の罪を改めて問いたいと思います。



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母親も同罪

まだ私も引っ張ってますよ、女の子が殺された話し。この事件以降、虐待死のニュースがどんどん出てる感じするけど、新聞やマスコミの取り上げ方の問題ですよね、いままでもありましたよね?母親も逮捕されたと言うことで、ヤフーニュースでは色んな意見があったけれど、私は当然同罪と思ってます。それより、母親のせいで、とも思ってます。母親が実際被害者であったとしても、私には言い訳にしか聞こえない。

と言うのも、我が原家族(と言っても両親2人のことやけど)も色々問題あった中で、だったら別れろよ的な事態が幾度もあった。なぜ踏み切れんのか、未だに解らん、理解出来ん。そうなると子どもは、母親は女として子どもよりも夫を選んだ、と言う厳しい現実を突きつけられるわけです。その絶望感を上手く言葉に言い表せないのが悔しい。

昨年電話で伯母(母の姉)に聞いたんやけど、伯母たちはどうして離婚することを勧めてくれなかったかって、やっぱ『子どもが居る=元のさやに納まるのが好ましい』と言う既成概念(と言っていいよね)だったとか。いま、離婚率が上がってバツ1バツ2が珍しくなくなって、夫婦が上手く行ってないなら、子どもに悪影響だから早く別れた方がいい、って意見も聞くようになったけど、昔は周りも無責任やった。

大人が無責任だと、子どもはどうしようもないんです。声を大にして言いたい。

ウチの母もそうだったけど、被害者意識で、原因は夫婦にあるのに自分に否はないスタンスで、何もしてくれなかったどころか、本当に迷惑でした。迷惑以外何もない。その罪深さが解らないから母は自分を反省出来ない人だったし、いまだに世間に浸透してないから、母親も逮捕されたのはとてもいい事例になったと思う。

実際家庭のトラブルって周りの人たちも知ったところでどうしようもないやん。逮捕されるようなこと、と知れ渡れば、通報することにも躊躇がなくなる(少なくなる)だろうし、それによってお互いが救われることもあると思うん。あと、やっぱ問題は法律なんかなと思うよね。

虐待されてる子どもにとって親は、どんな親でも好きだとか、愛して欲しいと思ってるとか、そんな幻想も言わないで欲しい。親の存在は生きて行く上で必要だから仕方がない。はっきり言ってそれだけ。そりゃ、お金持ちで優しい親ならばもっといいだろうけど、子どもは親を選べない。その事実だけで子どもは辛い。だからこそ、大人は意識して欲しい、自分が大人であることを、大人の意味を。

私も人としてまだまだだし、一生まだまだなんだろうなと思うけど、意識はして行きたいと思ってる。自分がされて嫌だったことは誰もが嫌だと思うん。私には悪い見本しかなかったけど、アカンこと、と言うのはどう言うことかはすっごく身に沁みて解ってるってことと捉えて、その経験や知識を生かして行きたいんよね。

ただ、基本的に自分に自信がないのが自分でも厄介。自尊心を傷つけられながら成長すると自分で自分の首を絞めるよね。そーゆーことか、といまさらながら気づく。ま、焦らず、小さいこと一つ一つ乗り越えて確実に進んで行こう。


PTSDのこと

父親に殺された小4の女の子の記事にPTSDのことが書いてあった。父親の話しになったら泣き出した、と言う簡単な説明やったけど、簡単な文章だけに、心に刺さった。そのこと(人)を思うだけで涙が出る。どんなに苦しかったか。そんなことを思いながらも、他の事に気を取られていたのに、すごく久々に嫌な夢を見た。

父親に追い回されて逃げ回る。夢やから家の中を逃げているのだけど、家の中がとてつもなく迷路のようで逃げても逃げても辿り着くとこに行けなくて、そうしてるウチに母と出くわした。出くわしたって言い方変やけど、母に出会ったんで助けを求めた。追われている助けて欲しい。でも母は驚くでもなく助けるでもなく。

夢の中でなぜかいつも私は(進学の)受験中で受かるかどうかのところにいる。で、母に意を決して言う、落ちても私は東京へ行こうと思ってるって。毎回シチュエーションは変われども基本的な内容は同じ。ほぼ毎回受験に失敗するけど、それでも家を出る、と決意する、あるいは、家を出て暮らしている、そんな辺りで目が覚める。

子どもの頃はまだ受験の話しはなかったと思う。実際にあってから夢に追加されたもので、でも数十年同じ内容の夢を見続けていたから、これが普通だと思ってた。だけど、PTSDと呼ばれる症状のことを知って、このような夢を見続けること自体がまさにそうである、と気づいた。で、気づいてから十数年になるんやけど、久々過ぎて夢の中であまりにも無力な自分に情けなくて涙が止まらなかった(夢の中で)。

そんな時起きてどうかと言うと、すっごく嫌な気持ち、嫌な感じ。心が重たくて、夢の中の苦しみが現実にあったことだけに重く刺さる。いまは父親と関係ない生活をしてるのに、この生活になって十数年経つのに、それでもまだその痛みを感じられる。全くの無意識の中でも覚えてる、忘れてないと言う事実が重い。

父親や母親から嫌な目に遭った人は大勢いるだろう。一度もない人はいないだろう。許せる範囲を超えても親だからといっぱい泣きながら、それでも我慢した。子どもだったからそうするしかなかったけど、そんな子どもばかりではない、といまなら思える。

誰もが声を殺して布団に隠れて泣いている、なんてオカシイ。大人になっても消えない傷になるほども嫌なことを親にされるなんて普通じゃない。誰かと比べて「もっと不幸な人が居る」と自分を励まして、心の傷から目をそむけた。どんなに自分が傷ついているか当時は解らなかった、そんな親が居る日々を生きるだけで精一杯やった。

子どもに罪はない。力もない。誰かが手を差し伸べなければ魂まで殺されてしまうんだってこと、どう言えば伝わるんだろう。

子どもの頃は生きて行く上で親は重要な存在で当たり前に親と居たけれど(また、親も当然の如く私を家族と思っていただろうし)、それが一番のストレス(精神を蝕む)だったってことはいまになってこそ解ることで、この『家族』って単位が既に崩壊してるとしたら、『家族の絆』って言葉自体どうなん?幻想やろって思うん。

家族=当たり前に思いやる関係、ではないやん。子どもの頃からずっと思ってるんやけど、その基本的な部分が崩れてる家の子は ”それだけで心引きちぎれるほど辛い” ってこと、一般的に通じんよね、ここが重要と思うんよね。この辛さ想像以上よ。ずーっとストレッサーと居る、って状態、いま思い起こしてもぞっとするし、そんな状況に居たと言う事実に驚愕する。

私の場合、子どもやったから、学校の先生とか、親戚や近所のおじちゃんおばちゃんとか、関わる人はいま(いま子どもで居る子たち)よりはるかに多かったと思うんやけど、誰ひとり救いにはならんかった。誰1人苦しみに気づいてくれんかったし、誰かに話したくとも話せそうと思える人が居なかった。

電話もない時代(私が中学に上がるまで電話がない家やった)、ほんま八方ふさがりで、そんな毎日を生きて行こうと思うと、問題から目を逸らすってか、何もなかったと思わないと生きて行けんやん、そんなんやった。それから時が経って、悩み相談とか、スクールカウンセラーとか形だけは出来て来たけど、本当に救いを求めて救われている子は居るんやろかね。

その確率を公表せな誰も相談せんで。と言いたいですわ

そういや、井上真央がスクールカウンセラー役で出てた「明日の約束」ってドラマがあったな、私が見て来たスクールカウンセラーさんて、あれ以下、いや、未満やで。あれはドラマやったからさ、実際はこの人に相談してもな、的な人材しかおらんて。居るだけマシなのか???(さらに疑問)って感じ。

そうなると結局自分やん、で、自分しかないから、本当の自分(救われたい気持ち)を置いといて、頑張るしかないんよね。けど、子どもって立場もないし出来ることは知れてる。そこんとこもさらに心砕ける大きな問題点。それでも子どもやから生きて行くし生きて行けるんやん、子どもの生きる力ってすごいんやなって改めて思うん(私も多分そうやって生き延びたんやろ思う)

先日親に殺された子、学校のアンケートに出したSOSを学校から親に漏らされてたんやって、あり得ん。これでますます救える子どもが自分からSOS出せなくなるやん。本当に大人が馬鹿過ぎて申し訳ない世間の子どもたち全員に謝れって思うわ。

そんなん言い出したら、そんなんじゃなくても生きて行くのに辛い人たちはどうよってなるかもしれんけど、いまは『子ども』に特化した話しですわ、あしからず

私の場合(あくまでも私の場合)、自分しかいなかったし、自分が自分を守れたかどうかも定かではないけど、何がきっかけで?と聞かれたら、『パニック障害』が出たので。と言うことに尽きます。それが出てようやく事の重大さに気づけた。自分のされて来たこと、自分が居た環境、全てが原因やったってことに気づいた時に『何とかせな!』と思えたこと。

やけど、今の時代、救われてる子もいると思うん、少ないかもしれんけど。上手に利用して救われていって欲しいって思う。深刻度が解らんから救いきれん、としたら、行政はいま設定されているレベルの設定がオカシイってことに早よ気づかなあかん。誰に言えばいいんか解らんけど(政治家かぃ?)、私なりに気にして探って行きたいと思う。微力でも頑張る。1人でも多く救おうよ。





少しずつ寒く

すっごく冷え込むってのはまだない、いまの気候は好きな感じ。昨年は秋がなかったから、今年はもう少しこんな感じが続くといいな。寒い、と言うと思い出すことがある。寒いなんてもんじゃない、冷たくて底冷えする毎朝の光景。手がかじかんで、温かくもない布団なのに出るのが辛かった、家の中があまりにも寒くて。

本当に寒くて冬が長い東北に比べると、そこまで寒くなかったのかもしれない。でも、実際に家の中の気温が低いのと、母の気遣いのない生活の中に居る寒さが相まって、私にはいまでもはっきりと思い出せるくらい寒い家だった。心から寒かったんだなって、いま思う。多分そう言うのありなんだな。気持ちが寒いってやつ。

いま大人になって親になって、最低やってること。夏は涼しく、冬は温かく。家の中の温度調整。こればっかは身に沁みてるらしくって、意識しなくても気が付いてその用意をしてる。いやいや、無駄に光熱費がかからないよう意識してるよ、どこを温めたら家全体がいい感じになるかとか、やってみてる。

家族は単なる私のこだわり、と思っていて、それが快適だとかどうだとかの感想はない。家族ってそう言うもんだよね、他人なら、わぁありがとうと言う気持ちになるし言葉に出るのでは?と思うんやけど、どうだろ、普通の家族が解らんからただの想像だけど・・・

それにしても昭和40年頃の家って隙間風が家の中で吹いてたし、断熱ないし、寒かったなー。でも、寒いのはウチだけで余所んちへ行くとそうでもなかったん。やから、私の記憶ではウチは小さい家なのに寒くて、さらに愛情もなく不安定で居心地が悪い。で、居場所もなかったから思い入れもない。そんなのって、いまじゃどーでもいいけど、子どもだったころはそれが情けなくて悔しかった。

いま住んでるのは結婚して3軒目の家。ここでようやく自分の居場所をどうやって作るか解って、作れて、やっと落ち着いてる。いままでいろいろ理由をつけて諦めて来た物事全て、本当は諦めなくて良かったんだって思える。だから、頑張れる気がする、てか、頑張らなくてもやれる気がする。




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