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53丁目イーストに小さな日系のジャズバーがある。
ジャズバーといっても生演奏がいつもあるわけではない。
たまにジャムセッションが聞けるだけで、たいていは、CDでジャズを流すだけの何の変哲もない店だ。
それに客はほとんどが日本人で、しかも、喫煙も自由にさせるので、六本木や赤坂にいるのとなんら変わらない気になる。
すっと、ニューヨークの街角から日本にトリップした気になる。
ここのオーナーはゲイだが、その筋の人が集まる閉鎖的な店でもない。
薄暗い階段を少し下ったところにある重い扉を開けるときだけ、なぜか妙な期待感を抱かせるだけの店である。
でも、不思議と、実在感のない店である、、、
そこが、ぼくは気に入っている。
その店に、3年ぶりに行った。
カウンターには男のバーテンとアベックが一組。もうひとつのテーブルには男女4人がいた。
薄暗い店内に華やかさの欠片も感じられなかった。
そして、ぼくらの座ったテーブル脇にあるピアノが、蓋を開け放たれたまま、寂しげに照明を浴びていた。
以前は、この店に、華奢な体つきをしたウェイトレスがいた。
あるいは、バーテンだったのかもしれない。
愛想は決してよくはなかったが、気が向くと、そのピアノを弾いてくれた。
いや、あるいは、自分のために弾いていたのかも知れない。
大抵は、スタンダードなオールドソングだった。
それがこ店には一番にあっていた。
でも、ぼくらのリクエストにも気持ちよく応えてくれた。
ジャズである必要はなかった。
ただ誰でも知っているオールドソングであることだけがルールだった。
ビートルズのナンバーをよくリクエストしたが、何でも、上手に弾いてくれ、時折、演奏にあわせて歌も歌ってくれた。
その歌も悪くなかった。
いや、ぼくは、彼女の伸びやかな歌声が好きだった。
名前も知らないその彼女が、忽然とこの店を辞めたのは3年前。
それ以来、ぼくがこの店に来る理由はなくなった、、、
あれから3年。
また彼女に会えることを少しだけ期待しながら店に来たが、その日も、ピアノが奏でることはなかった。
ただ、彼女の後姿の幻影が、ピアノの前で蘇っただけだ。
彼女は、今でも、どこかでピアノを弾くことがあるのだろうか、、、
氷を入れたバーボンを一杯だけ飲んで家に帰ると、脱いだ洋服から友人の吸った煙草の香りが部屋に漂った、、、
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