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万年を昨日とする山にとっては30年など瞬きに過ぎずも、生身と生まれし宿命を嘆くも、己の肉体の衰えは生命の証とうそぶく。
昨年から再び登り始めた山。
その山も、まだ馴染めぬ、山ガールと中高年登山者が織りなす不可思議の世界となった。
かつては青春のすべてと豪語した風雪の中、頂は常に遠かったが、走破のための鍛錬は怠らなかった。だから、「俺は違うんだ」と力みつつ、れっきとした中高年となって喘ぐ。
そして、手にしたもの。
それは、雲上の太陽と友人たちの笑顔だった。
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旅
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休みを取って知床に来た。
10年ぶりのこと。
前回は仕事のついでに仕事仲間と一緒だったが、今回は、北海道に来たことがないという愚妻を連れて来た。
女満別⇒宇登呂⇒羅臼⇒摩周湖⇒屈斜路湖⇒女満別
という行程でひたすら車を走らせた。
この地を説明するのに言葉はいらない。
水面に姿を映す羅臼岳。
マッコウクジラの潜水直前の様。
羅臼での豪華な夕餉。
噴煙たなびく硫黄山。
夕暮れ前の屈斜路湖。
麦藁の出荷(東北の放射能騒ぎのせいか、麦藁を積載するトラックの往来が多かった)。 |
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冷房の効いた超高層ホテルから眼下を見ると、そこにあるのは、ビルの中に厳然と広がるスラムです。
最近、映画で有名になったとはいえ、その現実を、我々は、理解したと言うことにはなりません。
暑い太陽に照らされたスラムは昼のけだるさに包まれていますが、夜になれば、ここは、全くの、暗闇となるのです。
そして、生きることの切実さが悲鳴となって聞こえてくるのです。
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インド大陸上空からの撮影。
いつも見る雲の厚さとは全く違うことに気がついて、撮影した。
蒸し風呂から湧き出るような雲が空に分厚く割拠する。
しばらくすると、空は赤くなり、そして、漆黒の闇へと変わっていった。
西風に機体を揺らしながら、一路ムンバイへと973便は進んでいくのである。
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アラビア海に沈みゆく夕陽。
古くから貿易の要衝として栄えたムンバイ(ボンベイ)から見た夕焼けです。夕焼けというのはどこで見ても綺麗なものですが、ここには、やはり、日本で自分の家から見るのとは違って詩情に満ちています。
そりゃ、そうでしょう。
西のアラビア諸国から絶え間ない物品や人や、あるいは軍馬の往来が長く続いた後、遥か北西からやってきた赤鬼の如きブリティッシュの辣腕どもに蹂躙され、そして、再び、長き屈辱を経て、自主独立という尊厳を取り戻した誇り高きインドの民たちの住む、この異国に沈む夕陽には、特別な感慨を抱かずにはいられませぬ、やはり。
インドに来たのは10年ぶりですが、やはり、インドはインド。
今でも、牛は神ですし、多くの民は、人間の生活を送ってはいませぬ。
一部には、信じられないような見事なハイウエイもできていますが、ムンバイの市街地に広がるスラムは、今も変わってはいないのです。。。
そのスラムからも同じように美しい夕陽を拝むことはできますが、彼らにとって、一日の終わりとはどういう意味を持つのか、やはり、ぼくには分かりませぬ。
やはり、過酷な人生は、輪廻に行き着くということなのでしょう。ぼくも信じたいですがね。
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