凧の行方

更新も遅れがちですが、なんとか、ぼちぼち、やってます。。。

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S君との再会

S君と15年ぶりに再会した。
再会と言っても、彼は、終始無言だった。
それは、当たり前だ。
墓の下にいれば、しゃべれないからだ。
 
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昨年、別の旧友が亡くなったとき、S君のことを思い出し、機会があれば、墓参りに来たいと思っていた。
それが、実現した。
彼の通った中学と高校の同窓生が、毎年、この季節になると、墓のあるこの八柱霊園に集まると聞き、参加させてもらったのだ。
彼を慕う人間は多い。香港や宮崎からやってきた面々もいるくらいだ。
 
S君は、ぼくの小学生のときの大親友だった。
兄弟よりも長い時間を彼とは過ごした。
彼のカラカラッとした豪快な笑い声が今でもぼくの頭によみがえる。
 
15年前の彼の葬儀のときのように、空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。
そして、その下に、まるで、凛々しく立ち上がったS君のような大きな杉に木が、そよ風を受けている。
ぼくは、その杉を見て、今更ながら、S君が死んでしまったことを悲しく感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

月下の駄走(だそう)

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朝未来(あさまだき)。
ぼくは、鴨居川沿いのサイクリングロードを西へと走り出した。
明けやらぬ空にはまだ、ハーフムーン(半月)が、高く己の姿を誇示していた。

久方の朝の疾走である。
いや、これだけは、誰も見ていないとはいえ、「疾走」とはおこがましい。
これぞ駄走。
つまりは、歩くよりは、ちとばかり、ましな程度。
これが、良いのである。
景色がちゃんと目に入るからである。

随分と寒くなった。
伸びきったススキの穂も、もう、ピンとはしておらぬ。
老して、腰をかがめ始めている。
草々もところどころと黄色く老齢し、遠くの枝木からも、四十男の毛髪のように、風に吹かれた葉っぱがちらほらと落ちては消えていく。

でも、目を凝らせば、紅く色ついた木々は麗しく、空にかかった雲は、晩秋の風に身を任せ、輝く。
そして、番(つがい)の水鳥が川の上を楽しそうに駆け抜けていく。

6時35分。
3キロほどのスローな走りを終え、すっかりと明けた朝の空気を心行くまで吸った。
駅へと急ぐ勤め人が僕の傍らを足早に過ぎていく。

そして、ぼくは、再び、空を見上げる。

でも、まだ、月はその姿を隠そうとはしていなかった。
朝は、色々なものが混在するワンダーランドなのだ。

オヤジたちの再会

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高校のとき、ひょんなことから、ラグビーを始めた。
そもそもは、平泳ぎの選手だった。
それも試合にも出る、ちゃんとしたレギュラー選手だった。
中学のときは、目黒区記録も塗り替えぶっちぎりの優勝もするくらいの、でも、都大会では決勝でびりになる程度の、そこそこの選手だった。
高校一年の水泳シーズンの終わった秋。
学校の便所で、悠々と小水を流していると、横に立った友人のI君が、「おい、ラグビーをやらないか?」と言う。
はっ? ラグビー?
ぼくがあっけにとられていると、
「水泳部って、どうせ、冬は暇なんだろ?」
と言う。
確かに、冬になれば、陸に上がった河童(かっぱ)同然。
プール掃除が終われば、陸上選手のように、ただただグランドを走る人となる。
一方、ラグビーと言えば冬のスポーツ。
「いやっ、人が足りないんだ。頼むよ。お前みたいな奴がいるとほんとに助かるんだけどなあ」
お前がいると助かる? そうかなあ、、、
そう言われりゃあ、悪い気はしない。それに、足には多少の自信もあった。体育祭ではいつもリレーの選手だったし。
で、翌日から、ぼくは楕円状の落ちるたびに行方の定まらぬボールを追いかける人となったのである。

だけど・・・
弱かった。
滅多に勝ったことなどなかった(いや、確か、高校2年のときは全敗だった)ばかりか、たいていは試合にならないくらいのひどい負け方をした。
戦術がどうのとかいうレベルではなかった。
だいたい、選手がなかなかそろわず、新人と言えどもルールも良くわからないうちに試合に出され、いつも補欠なしのぎりぎりの15人で戦うことが多いようなチームだから、強豪そろう目黒区で勝てるはずなどなかった。
ぼくは、ホワードの要のロックと言うポジションで、つまり、くさいお尻の中に頭を入れて、只管(ひたすら)スクラムを押すという地味な役周りだった。
倒しても倒しても、相手はやってくる。
気がつけば、一度もボールに触れずに終わった試合もあった。
そして、いつも、傷だらけになった。体も心も、、、
まさに、ボロボロ。
負けて、悔しくないはずはないのだ。
これは人間の本能だ。
だから、いつも試合の後は、顔をぐしゃぐしゃにして、「次に試合は絶対勝とう」とみんなで誓った(次の日にはみんなでゲラゲラ笑っていたけどね)。
でも、その日は来なかった、、、

あれから30数年の歳月が流れた。
そして、
昨夜、そのときの仲間と集ったのである。
もち、場所は、渋谷。
白髪と皺(しわ)と禿(はげ)の集団と成り果てたが、仕草や声は変わらないものらしい。
もちろん、精神構造も。
所詮、変わりようもない可笑しな連中なのだ。
全員とはいかなかったが、12人の元少年たちの大集合。
負けてばかりいた頃の負け犬根性など、糞食らえ!
飲むほどにボルテージは上がっていく。
そして、
下卑た笑い声を、渋谷の空に高らかに放ったのである。

We are chanpion!!!(←嘘をつけ!)

はっはっはっは・・・

PS I君は便所でぼくに声をかけたことなど全く記憶にないと言う。人が足らず、誰にでも声をかけていたという。なんだい、、、えっ。

凧の里帰り

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日本に帰って一ヶ月が経った。
時間とは、相変わらず、すぐに経つものだ。
この間に、毎日のように、いや、毎夜、日本の友人たちと再開の宴を繰り返した。
旧友たちともお互いの皺(しわ)や白髪を確認しながら、酒を飲み交わした。
そして、この土日に福島まで足を伸ばして、ゴルフをした。
一緒に行ったのはニューヨークで知り合った仲間たち。
こや・ごん・ぐっち・みやま・とこ・あや・うらら・あぐ・こうじろう・こうすけ・のっきー夫妻・あきさん・かよこさん、そして、ニューヨークから戻った翌日に急遽参加したよっちゃん。
随分と集まったものである。
舞台は、緑深き白河の山裾へと移ったが、相も変わらず、年の違いも何のその、でゴルフを楽しんだ。
つまりは、とにもかくにも、日本の生活が始まったということである、、、

PS 仕事もしておりますので、ご心配なく。念のため。

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今回が、最終回。
凧もいよいよアメリカを去る日が来た、、、

先日、友人から「ニューヨークに来て良かったと思うか?」と聞かれた。
難しい仮定法の問題だ。
つまり、「日本にいた方が幸せだったと思うか?」と聞かれたようなものだ。

もちろん、この5年間、日本にいなかったことで、喪失(なく)したことは、山ほどある。
家族と同じ時間を過ごせなかったことや、癌に倒れた母親を見とれなかったことや、自分の娘を亡くした姉の側にいられなかったことや、、、数えたら、限(きり)はない。
でも、一方では、こちらに来なければ得られなかったことも、山ほどある。
少なくともこのアメリカ社会での経験は、絶対に捨てがたいものだし、すばらしい友人たちにも出会えたこともぼくの宝物となったし、、、
そもそも、このふたつを比較することなど、意味のないことなのだ。
そうではなく、これから、この5年間で得たものをどうやって生かしていくか、そのことが大事なことなのだ。
そして、もう一度、新たに前向きに生きようと、ぼくは、今、誓っている、、、

また、いつの日か、この街に、ゆっくりと滞在したいものだと思う。
ゆったりと。
そして、摩天楼の隙間から夕焼け空を、あるいは、朝焼けの空を見上げたいと思う。
東京の生活に疲れたとき、ぼくは、また、帰って来たいと思う。
でも、そのときも、また、エンパイアは変わらずぼくを、やさしく迎えてくれるだろうか。
いや、そう信じている。

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