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2007年07月

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山口素堂俳諧年譜
内容については本文参照
素堂事蹟年譜
和暦 西暦 年令 編書名・他 内容
寛永十九年 1642 1 誕生 一月四日(『連俳睦百韻』)
寛文五年 1665 23 三輪神社参詣 荻野清氏の説、「山口素堂の研究」
寛文七年 1668 26 伊勢踊 伊勢、加友編。信章、発句五。
寛文九年 1670 28 一本草 未琢編。発句一。
寛文十一年 1672 30 蛙井集 山口清勝編。信章、発句一。
延宝二年 1674 33 信章歓迎百韻 十一月二十三日、上洛して北村季吟や湖春ら以下の歓迎百韻の席にのぞむ。
信章、付句十一。
延宝三年 1675 34才 宗因と百韻興行 江戸下向中の宗因を中心に、桃青(芭蕉)等と共に百韻興行。
信章、付句九。
俳諧繪合 高政編。信章、発句二。
延宝四年 1676 35才 俳諧当世男 蝶々子編。発句一。
到来集 胡兮編。発句二。
草枕 旨恕編。旨恕・信章百韻一巻。
延宝五年 1677 36才 六百番俳諧発句合 岩城平城主、内藤風虎編。発句二十。
江戸三吟 冬、伊藤信徳・桃青と共に三吟三百韻興行。
延宝六年 1678 37才 江戸三吟 春、前年に続き三吟三百韻興行。
江戸八百韻 幽山編。発句一。付句七。
新附合物種集 井原西鶴編。付句五。
江戸新道 言水編。発句六。
江戸廣小路 不卜編。発句七。
鱗形 雪柴編。発句一。
☆夏の頃、江戸を出立して長崎に向かう。
延宝七年 1679 38才 ☆肥前唐津にて新春を迎える。清水茂夫氏(故)は「二万の里唐津と申せ君が春」は、仕官している唐津の主君の新春を祝っているのでないかという。
☆暮春頃、江戸の帰着する。
☆致任して、不忍池畔に退隠する(?)
玉手筥 蝶々子編。発句一。
富士石 岸本調和編。発句二。
江戸蛇之鮓 言水編。発句一。号来雪。
二葉集 西治編。付合四章。
延宝八年 1680 39才 誹枕 ◇始めて序文を著す。
始めて素堂と号す(正式な名称も山口素堂)
幽山編。発句十七、幽山・素堂両吟半歌仙一巻。
大矢数 ☆五月、井原西鶴が難波本覚寺で興行する。
号、信章で付句一。
江戸辧慶 言水編。発句二。
向之岡 不卜編。発句三。
天和元年 1681 40才 東日記 言水編。発句二。
三物 ☆芭蕉・木因・素堂。
天和二年 1682 41才 月見の記 ☆高山麋塒(伝右衛門。老中、秋元但馬守の家老)主催の月見の宴。
武蔵曲 千春編。付句十、発句四。
芭蕉庵再興勧化文 ☆前年冬の焼失した芭蕉庵を再建する為有志の募る。
天和三年 1683 42才 虚栗 荷興十唱他二句。
空林風葉 自悦編。発句二。
貞享元年 1684 43才 孤松 尚白編。発句二。
貞享二年 1685 44才 稲筵 清風編。発句一。
一楼賦 風瀑編。発句三。
◇跋文(漢文)
古式百韻 ☆芭蕉等と古式の百韻興行。付句十三。
白根嶽 調実(甲斐市川の人)編。発句一。
貞享三年 1686 45才 蛙合 仙化編。発句一。
☆芭蕉の瓢に「四山」の銘を与える。
貞享四年 1687 46才 ☆春、上京する。
蓑虫説 ☆蓑虫に関する芭蕉との遣り取り。
句餞別 ☆十月、長崎旅行の折に求めた頭巾を芭蕉に贈る。発句一、詩三絶。
続虚栗 ◇序文、(芭蕉に先がけ「不易流行」を説く)
其角編。発句五。
続の原 不卜編。芭蕉・調和・湖春と共に四季句合春の判者。
元禄元年 1688 47才 素堂亭残菊宴 発句二。
芭蕉庵十三夜 発句一。
追善興行 ☆大通庵道円居士の追善興行に芭蕉・曾良等と参加。付句三。
元禄二年 1689 48才 送別賦 ☆芭蕉「奥の細道」行脚に出立。素堂「松島の詩」 其袋☆名月を賞して、十三唱。
曠野 荷兮編。発句六。
元禄三年 1690 49才 其袋 ☆服部嵐雪、素堂の助力で『其袋』の撰を成就。
酒折宮奉納漢和 ◇序文。
☆甲斐酒折宮奉納の漢和俳諧八句の序文を草す。(漢和の部分は前年)
忘年会 ☆冬至の前の年忘会。
松の奥 ◇俳諧作法書。一部では偽書とされる。
いつを昔 其角編。発句五。
吐綬鶏 秋風編。発句一。
秋津嶋 団水編。発句一。
後の塵 其詞編。発句一。
元禄四年 1691 50才 誹諧六歌仙 ◇鋤立編。序文。
俳諧勧進牒 路通編。発句五。
雑談集 其角編。発句一。
元禄百人一句 江水編。発句一。
色杉原 友琴編。発句一。
餞別五百韻 立吟編。発句一。
西の雲 ノ松編。発句一。
元禄五年 1692 51才 母喜寿の賀 ☆連衆、芭蕉・嵐蘭・沾徳・曾良・杉風・其角。
発句一。
和漢連句 ☆芭蕉・素堂両吟の和漢連句(別項参照)
◇序文。
俳諧深川集 ☆芭蕉・嵐蘭・曾良・洒堂等を招き、年忘の会。
発句一。付句一。
俳林一字幽蘭集 ◇沾徳編。序文。発句四。
己が光 之道編。発句一。
旅館日記 許六編。発句三。
元禄六年 1693 52才 杉風書簡 ☆宗匠にて無レ之者のも名高きは素堂と申者にて御座候。
残菊の宴 ☆芭蕉・其角・桃隣・沾圃・曾良・馬等出座。
☆幕府儒官、人見竹洞、素堂に素琴を贈る。
☆同、竹洞、二三人で訪れる。
☆本所深川に四百二十九坪の土地を買い求める。
流川集 露川編。発句一。
桃の實 兀峰編。発句一。
元禄七年 1694 53才 蘆分船 ◇不角編。序文。発句一。
隠家百首 ☆戸田茂水編。和歌一首入集。号・信章素堂。
《芭蕉没》 枯尾花 ☆芭蕉追善歌仙に参加。
妻の死 ◆十二月素堂は曾良宛書簡で「妻の死」を伝える。炭俵 野坡等編。発句二。
句兄弟 其角編。発句一。
名月集 心桂編。発句一。
芳里袋 友鴎編。発句二。
☆芭蕉没に際して竹洞から贈られた素琴の弦を切る。
元禄八年 1695 54才 歳旦詩 ☆乙亥歳旦詩一篇。
甲山記行 ◆夏、母が急逝する。母の生前の願い「身延詣」の旅に出る。宿を外舅野田氏宅。
花かつみ 文車編。発句一。
住吉物語 青流編。発句一。
笈日記 支考編。発句四。
元禄九年 1696 55才 裸麥 ☆芭蕉三回忌追善の句。
翁艸 里圃編。発句十二。一座の歌仙二巻及び文章一篇。
元禄十年 1697 56才 陸奥鵆 ◇桃隣編。跋文。発句五。付句一。
俳諧錦繍緞 其角編。発句四。
◇署名、江上隠士山松子(山口松兵衛か)、序文。韻塞◇許六編。序文・跋文。発句一。
真木柱 擧堂編。発句十二。
末若葉 其角編。発句一。
柱暦 鶴声編。発句一。
元禄十一年 1698 57才 歳旦詩 歳旦、六言六句の詩一篇。(『素堂家集』)
☆夏から秋にかけて京都に留まる。芭蕉の塚に詣でる。鳴滝で茸狩り、多くの詩歌発句あり。
続有磯海 浪化編。発句二。
続猿簔 芭蕉遺編。発句一。
泊船集 風国編。発句一。
寄生 桂聚亭編。発句二。
去来抄 ☆素堂、去来に新風興行を持ちかける。
元禄十二年 1699 58才 海道東行 ◇良因編。序文。
俳諧伊達衣 等窮編。発句一。
皮籠摺 涼菟編。発句一。
簔笠 舎羅編。発句一。
元禄十三年 1700 59才 冬かつら( ) 芭蕉七回忌追善吟七。
六玉川 ◇百丸編。跋文。
暁山集 方山編。発句一。
続古今誹諧手鑑 笑種編。発句一。
元禄十四年 1701  60才 宗長庵記 ☆素堂、春上洛。島田宿で『宗長庵記』を草               す。秋にも上洛し、『長休庵記』と改作する。発句二。
そこの花 支考編。発句一。
きれぐ 白雪編。発句三、一座の表六句一連入集。
追鳥狩 露堂編。発句一。
杜撰集 嵐雪編。発句一。
続別座敷 杉風編。発句一。
荒小田 舎羅編。発句一。
裸麥 曾米編。発句一。
元禄十五年 1702 61才 知足亭逗留☆京都より下る途中、鳴海知足亭に逗留。
花見車 ☆素堂評あり。
三河小町 白雪編。発句一。
利休茶道具図◇茶人、山田宗の『利休茶道具図』に序文。
元禄十六年1703 62才 歌林尾花末 梅柳軒水編。和歌一首入集。
行脚戻 五桐編。発句一。
分外 艶士編。発句一。
宝永元年 1704 63才 山中集 涼菟編。素堂、木因併せて芭蕉の二友と称せらる。☆四月江戸出立、七日から十二日まで逗留。
発句、連句あり。
千句塚 除風編。文章一篇、発句一。
渡鳥集 卯七・去来編。発句二。
誹諧番橙集 除風編。発句一。
五十四郡 沾竹・沾荷編。発句一。
濱萩 柳舟編。発句一。
たみの草 湖白編。発句一。
文章一、発句二。
宝永二年 1705 64才 歳旦漢詩 歳旦所懐漢詩二編。
寸濃字 ◇支考・座神編。序文。
蝶羽亭逗留 ☆閏四月九日、鳴海の蝶羽亭に至り、五月五日まで滞在。五日鳴海を発って江戸に向かう。
知足斎日々記 発句三。
誰身の秋 吾仲編。発句一。
夢の名残 海棠編。発句一。
木曾の谷 楚舟・野坡編。発句一。
やどりの松 助給編。発句一。
賀之満多知 発句一。
宝永三年 1706 65才 東山萬句 ◇支考編。序文。発句一。
猫筑波 梅員編。発句一。
宝永四年 1707 66才 東海道記行 春、上洛。東海道記行を草す。和歌・漢詩・発句
風の上 ◇嵐雪追善集。追悼文。
菊の塵 ◇園女編。序文。
かくれさと 片海編。発句一。
宝永五年 1708 67才 とをのく集 百里編。嵐雪一周忌。
梅の時 ◇少長(歌舞伎俳優/中村七三郎)追善集。序文。
宝永六年 1709 68才 星會集 輪雪編。発句一。
既望集 吟墨編。発句一。
根無草 艸士編 発句一。
素堂主人書簡 ◇曾良宛。発句二。
宝永七年 1710 69才 歳旦漢詩 ☆歳旦漢詩一篇。
三山雅集 呂茄編。発句一。
素堂病に臥す。 ☆マラリアにかかる。
葛飾 ◇芭蕉十七回忌追善集。序文。
正徳元年 1711 70才 誰袖 蘭臺編。発句一。
とくとくの句合 自著、この年頃成立か。
鉢扣 ◇伊丹、蟻道追悼集。序文。発句一。
正徳二年 1712 71才 歳旦漢詩 ☆京都にて歳旦の臨み、漢詩を吟ずる。
千鳥掛 ◇蝶羽編。序文。発句六。
素堂書簡 ☆京都にて伊丹の億麿に鉢扣贈呈の礼状。
花の市 寸木編。発句一。
正徳三年 1713 72才 鏡 舎羅編。発句一。
火災遭遇 ★師走、火災に遭う。
正徳四年 1714 73才 歳旦漢詩 ☆漢詩一篇。
正徳五年 1715 74才 みかへり松 祇空編。発句一。
昔の水 古梅園編。発句一。
享保元年 1616 75才 この馬 法竹編。発句一。
享保元年 八月十五日 逝去。

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発句(2)の続き

牡丹持もつがもつほど花の貧ン 分外 宝永元年 1704
しぼミても命長しや菊の底 千句塚
ずっしりと南瓜落て暮淋し 番橙集
月ひとつもたぬ草葉の露もなし 〃
花水にくたけては舎利となる水 〃
釣上よ蓮のうき葉を藤のつる 賀之満多知 宝永二年 1705
枯にけり芭蕉を學ぶ葉廣草 誰身の秋
長雨の空吹出せ青嵐 〃
枇杷黄也空ハあやめの花曇り 〃
□□□□□けふや八橋寺の杜若 〃
涅槃会や花も涙をそゝぐやと かくれさと 宝永三年 1706
木の間ゆくかづきにちらし櫻かな 東海道記行
喜撰法師師螢のうたもよまれけり 〃
白雲を下界の蚊屋につる夜哉 〃
茸狩やひとつ見付しやみのほし 〃
雲半山石をのこしてもみぢけり 〃
至れりや杉を花ともやしろとも 〃
宿からん花に暮なば貫之の 〃
辧慶の面影白し花の雪 〃
さてはさうか花の跡とてなつかしや 〃
さびしさを裸にしけり須磨の月 〃
朝霧に歌の元気やふかれけむ 〃
廻廊にしほみちくれば鹿ぞなく 〃
珠は鬼火砂糖は土のごとくなり 〃
夕立にやけ石寒し浅間山 〃
鴨の巣や富士にかけたる諏訪の池 〃
霧雨に衣通姫の素顔見む 〃
遅き日やしかまのかち路牛で行 〃
しんくたる山はいろはのはじめ哉 〃
ふみもみじ鬼すむあとの栗のいが 〃
月夜よし六星の松の中ほどに 〃
浦島が鰹は過ぬいまだ 〃
ほとゝぎすかたじけなさやもらひなき 〃
何となくそのきさらぎの前のかほ 風の上 宝永四年 1707
たきさしやそ朶の中よりこぼれ梅 梅の時 宝永五年 1708
かくれがの芝居の市に花ちりぬ 〃
山は朝日薄花櫻紅鷺の羽 星會集 宝永六年 1709
我むかし一重の壁をきりゞす 既望
筆始手に艶つける梅柳 〃
長明が車にむめを上荷かな 誰袖 正徳元年 1711
竹植る其日を泣や村しぐれ 鉢扣 正徳二年 1712
晝の内鴎に眠りちどりにハ 千鳥掛
茶の花や須广の上野ハ松ばかり 〃
初なづな鰹のたゝき納豆まで 〃
馬に市かきつバたには人もなし 〃
剃からは髭も惜まじかみな月 みかへり松 正徳五年 1715
しらゞししらけし花の墨のもと 昔の水
はずかしの蓮に見られて居る心 黒露書簡 正徳六年 1716
初夢や通天のうきはし地主の花 〃
江戸ごゝろ鰹と聞けばまなもよし この馬 享保元年 1716
辞世の句
初夢や通天のうきはし地主の花

項羽が騅佐々木が生喰の木瓜の花 鵲尾冠 享保二年 1717
あれて中く虎が垣ねのつぼすみれ 素堂家集 享保六年 1721
朝鮮もなびけしあとや野人参 〃
我舞て我に見せけり月夜かげ 〃
たけがりや見付ぬ先のおもしろさ 〃
袖の香やきのふつかミし松の露 〃
鮎小鮎花の雫を乳房にて 〃
水縁に白魚あきらかなり雁しばし 〃
貳朱花や揚屋の目にはしぼみ咲 〃
蓮に蛙鶯宿梅のこゝろかよ 〃
夕だつや石山寺の銭のおと 〃
朝がほは後水尾様の御製かな 〃
名月に明星ばかり宿直かな 〃
椎の葉にもりこぼしけり露の月 〃
さび鮎も髭にふれずや四十年 〃
尾花かくす孫彦ぼしやけふのえん 〃
地下におちて風折ゑぼしなにの葉ぞ 〃
世は鳴戸暦はづれに渦もなし 〃
はつむかし霜の芭蕉のたもとより 〃
瓢枕宗祇の蚊屋はありやなしや 〃
とくくの水まかねバ来ませ初茶湯 〃
胴をかくし牛の尾戦ぐ柳哉 〃
筬の音目を道びくや藪つばき 〃
谷川に翡翠と落る椿かな 〃
是つらよよし野の花に三日寝て 〃
いつか花に小車と見む茶の羽織 〃
菜畠の爰が左近のさくらかよ 〃
朝虹やあがる雲雀のちから草 〃
夕風に見うしなふまでハ雲雀哉 〃
村雨につくらぬ柘植の若葉かな 〃
水や空うなぎの穴もほし螢 〃
山すゞし京と湖水に眼三ツ 〃
千鳥聞し風の薫りや蘭奢待 〃
三日月をたはめて宿す薄かな 〃
袖ミやげ今朝落しけり野路の月 〃
宿に見るもやはり武蔵野の薄哉 〃
蓮の實の泥鷺をうつ何ごゝろ 〃
簔むしの角やゆづりし蝸牛 〃
有明の蕣の威に氣をめされ 〃
あさがほよおもハじ鶴と鴨のあし 〃
塔高し梢の秋のあらしより 〃
松陰におち葉を着よと捨子哉 とくくの句合 享保二十年 1735
天の原よし原富士の中ゆく時雨哉 〃
綱さらす松原ばかりしぐれかな 〃
暮おそしつる賀の津まで比良の雪 〃
炭竃や猿も朽葉もまつも雪 〃
浮葉巻葉立葉折れ葉とはちすらし 〃
棚橋や夢路をたどる蕎麦の花 〃
名をとけて身退しや西施乳もどき 〃
老の春初はなげぬき今からも 〃
土佐が繪の彩色兀し須磨のあき 〃
此暑氣に樓舟なし隅田川 有渡日記 元文二年 1737
そよ更にむかしを植てしのぶ艸 蜀川夜話 宝暦七年 1757
蕣は朝なくの御製かな 秋の七艸 宝暦十二年 1762
地は遠し星に宿かれ夕雲雀 摩訶十五夜 明和二年 1765
瀧あり蓮の葉にしばらく雨 去来抄 安永四年 1775
大井川桃の雫や石一つ 雪丸げ
鮎の子の何を行衞に上り船 〃
江を渡る梅あミほせる男しるべせよ 真蹟
鶉聲して鼠ハふるすに帰けり 〃
唐がらしあけをうばふやなすびあへ 〃
池芙蓉國に入て夢かうばし 〃
うたゝねや孤山の梅を妻と見て 短冊
初空やねまきながらに生れけり 〃
水てりてうなぎの穴も螢哉 短冊
粟津野やこのまの星を打螢 〃
ふくる夜は簾も蚊やも螢哉 〃
後朝にきぬひきかつぐ螢かな 〃
けふとてや行脚姿で帰花 〃
星やあふ秋の七草四人なし 〃
糸梅に袖にむさし野鳥のこえ 〃
我ほかに誰やきませと花芒 葛飾正統系図


参考文献
荻野清氏著『元禄名家句集』
大野酒竹著『素堂句集』
黄東遠氏著『山口素堂の研究』
拙著『山口素堂の全貌』


在疑(荻野清氏『元禄名家句集』による)
朝顔の車は二条わたりとも 素堂家集 文化・文政頃
天の原不二をひとくち茄子哉 〃
うらゝかやそらにもうつる鶴が岡 〃
川舟やはやほとゝぎすまつち山 〃
草刈にあしもと見よとづみれ哉 〃
こもりくのはつ明ぼのに何もかも 〃
酢ごのみや花に女のとまり客 〃
角帽子雪にしぼむか不二詣 〃
魂は古巣にかへる紙衣 〃
ゆふだちやまつ青傘のつゞくまで 〃
蕣や筆匂ひなき松花堂 白蓮集解説 満延元年
安房上総つぎ馬もがな汐干潟 〃
青梅やふところにしてたらちねへ 〃
かの岡に草かるおのこ秋の風 〃
かるぐと笈の出立や更衣 〃
草や非情有情となって飛ぶ螢 〃
木隠れの袖もまだ若し初時雨 〃
心なし我に別れて駕の蝶 〃
我ものにして物さわがしやぶどう棚 〃

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 発句(1)の続き


簔蟲やおもひしほどの庇より 貞享四年 1687
きこへぬ蓑虫の音ぞ露の底 〃
みの虫にふたゝび逢ぬ何の日ぞ 〃
もろこしのよしのゝ奥の頭巾哉 句餞別
春もはや山吹しろく苣苦し 続虚栗
芭蕉いづれ根笹に霜の花盛 〃
年に一夜王子の狐見にゆかん 〃
唐土に富士あらばけふの月も見よ 元禄元年 1688
池に鵞なし假名書習ふ柳哉 曠野 元禄二年 1689
綿の花たまく蘭に似るかな 〃
名もしらぬ小草花咲野菊哉 〃
麥をわすれ華におぼれ雁ならし 〃
富士筑波二夜の月を一夜哉 其袋 元禄三年 1690
たのしさや二夜の月に菊そへて 〃
江を汲て唐茶に月の湧夜哉 〃
うますぎぬこゝろや月の十三夜 〃
月九部あれのゝ蕎麥よ花一つ 〃
冬瓜におもふ事かく月み哉 〃
むくの木のむく鳥ならし月と我 〃
蘇鐵にはやどらぬ月の薄かな 〃
遠とも月に道かゝれ野邊の蘿 〃
袖につまに露分衣月幾クつ 〃
月一ツ柳ちり残る木の間より 〃
此たびは月に肥てやかへりなん 〃
われつれて我影帰る月夜かな 〃
垣根破るその若竹をかきね哉 いつを昔
おもだかや弓矢たてたる水の花 〃
河骨や終にひらかぬ花盛 〃
暑き日も樅の木間の夕日かな 〃
去年の蔓に朝顔かゝるかきね哉 〃
我蔓をおのが千引の西瓜かな 後の塵
竹青く月赤し雪の墨くま 雑談集 元禄四年 1691
人やしる冬至の前のとし忘れ 勧進牒
氷閉てをしむや蓮の莖をさへ 〃
汐干つゞけ今日品川をこゆる人 〃
わすれ艸もしわすれなばゆりの花 〃
西瓜独野分をしらぬ朝かな 〃
朏にかならず近き星ひとつ 百人一句
いづれゆかん蓮の實持て廣澤へ 餞別五百韻
松嶋の松陰にふたり春死む 己が光 元禄五年 1692
めでたさや星の一夜も朝顔も 〃
一葉浮て母につげぬるはちす哉 〃
魚避て鼬いさむる荷葉かな 〃
腹中の反古見はけん年のくれ 深川集 元禄六年 1693
このわすれはがるゝ年の掟ならん 流川集
髭宗祇池に蓮ある心かな 炭俵 元禄七年 1694
三日月の隙にてすゝむ哀かな 〃
鳩の巣や帰る目路成芦のひま 蘆分船
旅の旅つゐに宗祇の時雨哉 枯尾花
又是より青葉一見となりにけり 句兄弟
朝かほハ其年の垣に盛哉 芳里袋
さか折のにゐはりの菊とうたはゞや 笈日記 元禄八年 1695
はなれじと昨日の菊を枕かな 甲山記行
山窓や江戸を見ひらく霧の底 〃
下くゞる心の栗鼠やぶどう棚 〃
さびたりとも鮎こそまさめたゞの石 〃
蔕おちの柿のおときく深山哉 〃
旅ごろも馬蹄のちりや菊がさね 〃
あさがほの星と一度にめでたけれ 墨吉物語
頭巾着て世のうさ知らぬ翁哉 翁艸 元禄九年 1696
魂やどし凩に咲梨の花 〃
照日にハ蝸牛もきしる柳哉 〃
其不二や五月晦日二星の旅 〃
日照年二百十日の風を待ツ 〃
漆せぬ琴や作らぬ菊の友 〃
白河や若きもかゞむ初月夜 〃
人待や木葉かた寄ル風の道 〃
古足袋や身程の宿の衣配リ 〃
晴る夜の江戸より近し霧の不二 陸奥鵆
あはれさやしぐるゝ比の山家集 〃
水甕を汲干すまでに月澄て 〃
青海や太鼓ゆるまる春の聲 末若葉 元禄十年 1697
茶の羽織おもへば主に穐もなし 柱暦
御手洗や半バ流るゝ年わすれ 寄生 元禄十一年 1698
橋立や景過もせず霧のひま 〃
秋むかし菊水仙とちぎりしが 続有磯海
苔の底泪の露やとゞくべし 〃
露ながく釜に落来る筧かな 皮籠摺 元禄十二年 1699
立されよ今は都に帰る厂 蓑笠
枯瓢蚤か茶臼をおふこゝろ 芭蕉庵六物
菊にはなれかたはら寒し水仙花 〃
となりぬべらなり茶の羽折 〃
くだら野や無なるところを手向草 冬かつら 元禄十三年 1700
紙ぎぬの侘しをまゝの佛かな 〃
像に声あれくち葉の中に帰り花 〃
時雨の身はいはゞ髭なき宗祇かな 〃
菊遅し此供養にと梅はやき 〃
生てあるおもて見せけり葛のしも 〃
七草よ根さへかれめや冬ごもり 〃
歎とて瓠ぞ残る垣の霜 はだか麥 元禄十四年 1701
滋賀の花湖の水それながら そこの花
桜笠雨にハこぼれ香をかえて きれぎれ
花に行行ぬも京のゆかり哉 〃
花の比奈らざらし賣家も有 〃
夢なれや梅水仙とちぎりしに 追鳥狩
大井川しづめて落るつばき哉 杜撰集
ふんぎって都のを下りけり 続別座敷
ふらばふれ牛は牛づれ秋のくれ 宗長庵記
朝霧や嘸朝寐にて柴の庵 〃
草と見て開くふようの命かな 文蓬莱
ちからなく菊につゝまるばせをかな 三河小町 元禄十五年 1702
花に結び麥にほにとく舎りかな 行脚戻 元禄十六年 1703
伊勢船を招く新樹の透間哉 〃
此名残古郷も遠し時鳥 〃

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前書・後書の句は本分を参照。発句は撰集刊行年による。
素堂発句集  重複する句は前出の句集による。(未収句は続編で)
参考資料− 『元禄名家句集』(荻野清氏著)
        − 『日本俳書大系』
        − 各撰集
        − 研究書

発句 撰集 年齢 和暦 西暦
号 江戸山口信章
かへすこそ名残おしさハ山く田 伊勢踊 26 寛文七年 1667
あめにうたれあなむ残花や兒櫻 〃
花の塵にまじるハうしや風の神 〃
取結べ相撲にゐ手の下の帯 〃
よりて社そるかとも見め入相撲 〃
号 信章
化しかハり日やけの草や飛蛍 一本草 28 寛文九年 1669
扨はそうか夢の間おしき時鳥 繪合
富士山や遠近人の汗拭ひ 〃
姫氏國や一女をもとの神の春 蛙井集 30 寛文十一年 1671
梅の風俳諧國にさかむなり 江戸両吟集 35 延宝四年 1676
何うたがふ辧慶あれば雪女 當世男
花の坐につかふ扇も用捨哉 到来集
鉾ありけり大日本の筆はじめ 六百番発句合 36 延宝五年 1677
見るやこゝろ三十三天八重霞 〃
ちるを見ぬ鴈やかへつて花おもひ 〃
海苔若和布汐干のけふぞ草のはら 〃
夕哉月を咲分はなのくも 〃
返せもどせ見残す夢を郭公 〃
初鰹またじとおもへば蓼の露 〃
戦けりほたる瀬田より参合 〃
峠凉し沖の小島のみゆ泊り 〃
富士山やかのこ白むく土用干 〃
鬼灯や入日をひたす水のもの 〃
むさしのやふじのね鹿のねさて虫の音 〃
根来ものつよみをうつせむら紅葉 〃
宗鑑老下の客いかに月の宿 〃
正に長し手織紬につちの音 〃
乾坤の外家もがな冬ごもり 〃
茶の花や利休が目にはよしの山 〃
凩も筆捨にけり松のいろ 〃
世の中や分別ものやふぐもどき 〃
さぞな都浄瑠璃小哥ハ爰の花 江戸三吟 延宝六年 1678
号 来雪
小僧来り上野は谷中の初櫻 江戸新道
目には青葉山郭公はつ鰹 〃
遠目鑑我をおらせけり八重霞 江戸廣小路
李白いかに樽次はなにと花の瀧 〃
おもへば人雪折竹もなかりけり 〃
雑巾や松の木柱一しぐれ 鱗形
二万の里唐津と申せ君が春 富士石 延宝七年 1679
かな文や小野のお通の花薄 〃
山は扇汗は清見が關なれや 江戸蛇之鮓
また是より若葉一見と成にけり 向之岡 延宝八年 1680
亦申上野の秋に水無瀬川 〃
蓮の實有功經て古き龜もあり 〃
号 素堂
爰ぞ命顔淵が命夏の月 誹枕
富士は扇汗は清見が關なれや 〃
六月やおはり初物ふじの雪 〃
髭の雪連歌と打死なされけり 〃
花の千世の何かの春も江戸也けり 〃
参勤せよ吉野も爰に江戸櫻 〃
武蔵野やそれ釋尊の胸の月 〃
武蔵野や月宮殿の大廣間 〃
夕立や虹のから橋月は山 〃
廻廊や紅葉の燭鹿の番 〃
入船やいなさそよぎて秋の風 〃
水や空うなぎの穴もほし螢 〃
宿の春何もなきこそ何もあれ 江戸辧慶
螢稀に點(なかて)置けり池の星 〃
玉子啼て卅日の月の明んらん 東日記 延宝九年 1681
宮殿爐也女御更衣も猫の聲 〃
秋訪ハゞ詞ハなくて江戸の隠
池はしらず龜甲や汐ヲ干ス心 武蔵曲 天和二年 1682
舟あり川の隅ニ夕凉む少年哥うたふ 〃
鰹の時宿は雨夜のとうふ哉 〃
行ずして見五湖煎蠣の音を聞 〃
山彦と啼ク子規夢ヲ切ル斧 虚栗 天和三年 1683
亦や鰹命あらば我も魴 〃
浮葉巻葉此蓮風情過たらん 〃
鳥うたがふ風蓮露をけり 〃
そよがさす蓮雨に魚の兒躍 〃
荷たれて母にそふ鴨の枕蚊屋 〃
青蜻花のはちすの胡蝶かな 〃
おのれつぼみ己畫てはちすらん 〃
花芙蓉美女湯あがりて立リけり 〃
荷ヲうつて霰ちる君みずや村雨 〃
蓮世界翠の不二の沈むらく 〃
或ハ唐茶に酔座して舟ゆく蓮の梶 〃
小鮎とり〓とりおもハず鯉が淵 空林風葉
雨の蛙聲高になるも哀哉 孤松
寒くとも三日月見よと落葉哉 〃 貞享元年 1684
蠹とならん先木の下の蝉とならん 白根嶽 貞享二年 1685
餘花ありとも楠死して太平記 一樓賦
いつか花に茶の羽織檜木笠みん 〃
吾荷葉梅に烏のやどり哉 〃
市に入てしばし心を師走哉 三物集 貞享三年 1686

素堂の生涯(2)

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素堂の生まれと青年時代

   昭和七年四月、功刀亀内著
   (上部に『連俳睦百韻』の抜粋を掲載)
 寛永十九年五月五日北巨摩郡蓬莱村(旧上教来石村山口)に生る。幼名重五郎。父を市左衛門と呼び、幼時一家甲府魚町に移転し、酒造業を営む。父死後襲名して市左衛門と改む。
 名は信章、字は子晋又公商、幼より風雅を好み、中年家を弟に譲り、母と共に江戸に出て、官兵衛と改称し、東叡山下に寓居す。茶を今日庵宗丹に学び、書を持明院に学び、和歌は清水谷家に受け、俳諧は京都北村季吟に師事し、其蘊奥を極む。風流諸芸に通じ、交遊多く諸藩に出入りす。屡火災に羅り、深川に庵を遷し、後葛飾安武の芭蕉庵の隣に住り。葛飾風の一派を創め門葉多く、馬光今日庵二世を継ぐ。素堂母の心に違はんことを恐れ、終身娶らず。
元禄五年母の七十七秋七月七日賀筵を開く。黒露著『秋の七草』に任し。元禄八年甲府代官桜井政能を援けて、甲府緑町に仮居して濁川を治水す。時人之を徳として蓬沢村に、政能と共に其の生碑を建て山口霊神と称す。(桜井政能享保十八年二月十四日歿、年八十二)素堂弟太郎兵衛後法体して友哲と云ふ。後桑名三右衛門に家を売り侘家に及。其の弟三男山口才助訥言林家の門人、尾州摂津守殿の儒臣、其子清助素安兄弟数多あれど皆死。其子幸之助侘名片岡氏を続。素堂号今日庵、其日庵、信章斎、蓮池翁、来雨、葛飾隠士、江上隠士、武陽山人、素堂亭。
   享保元年八月十五日没す。法号直誉桂完居士
 辞世句 ズッシリと南瓜落て秋寒し  
 
甲斐国志に谷中感應寺(今の天王寺)に葬るとあれど墓現存せず。位牌一基を蔵之。小石川区指ケ谷厳浄院に山口黒露の建し碑あり、明和元年申庚の歳四十九の春秋の成より、小碑を黒露建と刻せり。

碑面に長方形の穴にして、碑銘大□只左黒路建碑を刻せしのみ。現に穴の中に「素堂翁之墓」と刻せし小碑をハメあるは、明治三十年頃宇田川と云ふ人の、ものせしときく。甲府尊躰寺に山口家代々の墓あり、素堂の碑ありと聞くけど不詳。明治三十一年五月、内務省属織田定之金原昭善と謀り、本所区原庭町芭蕉山桃青寺内に、時の農相品川弥二郎撰文「素堂治水碑」を建てしが、震災に羅り現存せず。甲府市寿町金比羅境内に「素堂治水碑」あり。明治三十二年八月、甲府平原豊撰文、山田藍々(弘道)篆額、後裔山口伊兵衛建碑す。
谷中天王寺(元感応寺)に位牌一基在蔵す。
 (表)廣山院秋厳素堂居士  (裏)山口今日庵享保元年丙申年八月十五日
  六世 今日庵社中再興之。
 著書 『とくとくの句合』 自序 自句を自ら評せし句合なり。
  享保十二年刊行される。玉苟山人叙、百里跋。
  異板延享三年書林浅草辻本刊行、叙跋なし。
『素堂句集』 一冊 未刊 (子光編ものか不詳)
『素堂文集』 一冊 仝  (随斎編ものか不詳)
『俳聯五十韻』一冊 仝  漢語連俳
『松の奥』  二冊 仝  元禄三年編、俳諧之式法。此の書偽書の説もあり。『野のかげ』 一冊 刊行 追善集。〔その影 素丸(馬光)編。享保七年七回忌集〕
『野分集』  一冊 刊行 文久二年。百五十回忌、東都今日庵五世泰登。
『ふた夜の影』一冊 刊行 宝暦二年、黒露編。
『連俳睦百韻』一冊 刊行 安永七年、三代素堂(八年、襲名披露)
   糸梅に袖にむさし野鳥のこえ   素堂
 (短冊 一行写)
   西瓜ひとり野分をしらぬあしたかな   素堂
 (百五十周忌追善集『野分集』写)
  《註》
 功刀氏は名立たる『甲州文庫』の産みの親である。その蔵書の多くは現在山梨県立図書館に在る。記述は『甲斐国志』を基にしている。
 文中の「市左衛門』は「市右衛門」。蓬莱村は鳳来村。『連俳睦百韻』の引用文の「山
口才助調言」は「訥」。
  
…荻野清氏著。『国語・国文学』 昭和七年一月号。
 山口素堂、名は信章、字は子晋又公商、通称勘(官)兵衛(太郎兵衛・松兵衛・佐兵衛 太郎兵衛 等の異説あり、今一般の呼称に従ふ)素堂は素仙堂の略と云ふ
(連俳睦百韵)。
 別號として来雪、松子等を稱した。尚来雨の號があったと『連俳睦百韵』はいってゐるが、之は明かではない。彼は、又茶道に於ける號として今日庵・其日庵を稱している。
  一、生涯
 山口家はその祖山口勘助良侫(蒲生家の家臣)以来、甲斐国北巨摩郡教来石山口に土着した郷士であった素堂は、その家の長子として寛永十九年五月五日(一説に正月四日)に生まれたのである。即ち、芭蕉に先んずる事二年であった。かれは幼名を、『甲斐国誌』(志)に依れば、重五郎といひ、長じて家名市右衛門を継いでゐる。暫くして、家 督を弟に譲り、勘兵衛と改名して上京した。
 山口家は後年甲府に移住したのであるが、それは恐らく、素堂の少年時代であったらう と思われる。山口家は、甲府に於て魚町西側に本宅を構え、酒造業を営み巨富を擁し、(功刀亀内氏蔵 『写本酒之書付』及び『貞享上下府中甲府細見』に依る)『甲斐国誌』(志)にも「家頗る富み時の人山口殿と稱せり」と記すが如く、時人の尊敬を亭けたので あった。かゝる正しき家柄と、巨富ある家に、幼少年期を過ごした素堂は、必ずや端厳且つおっとりした気風を持って長じた事と思はれる。
 とかくして、彼は、江戸に遊学のために出づる事になった。その時期は、勿論明確な事は云へないが、先づ寛文初年廿歳頃と推測される。(以下略)
   …小澤柳涯氏著
 寛永十九年壬午、五月五日山口素堂生。甲府魚町、童名重五郎、長して市右衛門と更 む、後又官兵衛と改む。寛文十二年、此頃素堂季吟の門に入る。 元禄八年、素堂帰郷して父母の墓を拜し、代官桜井政能に謁す。政能素堂を抑留して共 に濁川の水を治む。蓬澤(西山梨郡玉諸村)に政能及び素堂の生祠あり。云々
   …清水茂夫氏著
 寛永十九年五月五日、当町字山口の郷士山口市右衛門の長子として生まれた。名は信章、字は小晋、通称官兵衛、素堂と号した。
  …小高敏郎氏著
 素堂は寛永十九年五月五日、甲斐国(山梨県)北巨摩郡教来石山口の郷士、山口市右衛門の長男として生まれた。山口家は、蒲生氏郷の家臣が仕官を廃し、この地に土着したという。地方の一名家であった。しかも素堂の少年の頃、山口家は甲府魚町西側に移住し、酒造業を営んで巨富を積み、「家頗ル富ミ時ノ人山口殿ト称」したという。素堂は、こういう地方の素封家の長子として、何の苦労もなく、大事に育てられ、幸福な幼少時代を送ったと思われる。これは、いわゆる立志伝中の人物に見るがごとき、激しい気魂をそだてなかったであろうが、苦労した人にありがちな暗さや片意地のゆがみを与えなかったはずである。たくましさや覇気にはとぼしいが、執着の少ない人生態度や温雅円満な性格は、既にしてこの時代に形づくられたといえよう。素堂は幼名を重五郎といった。長じて家名市右衛門を嗣いだという。こういう家の長男だから、素読や手習をはじめ、然るべき基礎的な教養万般を学んでいたと思われる。後年の博学多趣味の萌芽をここに認めてもよかろう。だが、しばらくして家督を弟に譲り、名も勘兵衛と改めて江戸へ遊学した。寛文初年二十歳ごろと推定される。遊学の目的は奈辺にあったか。長子でありながら遊学の折に富裕な家督を譲ったという以上、儒学を学んだ学者として立つか、あるいは幕府・大名に儒官として仕官するつもりであったのであろう。  (略)素堂は商売の家に生まれても、町人として一生を終わることに満足できず、富商の嗣子の地位を捨てて、あえて新しい人生コ−スをえらんだわけであろう。(以下略)

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