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山口素堂と松尾芭蕉

2010年1月24日 ... 山口素堂と松尾芭蕉の俳論. あまりにも有名になりすぎた松尾芭蕉。しかし同時代の 俳諧関係者の中でも山口素堂は、芭蕉に大きな影響をあたえた。江戸俳諧のうずもれ た資料から、素堂と芭蕉の俳論について論を展開する。 ...
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2008年11月15日 ... これまで「調査」「研究」「開発」した木材関係の資料や、提言苦言を織り交ぜて、日本 森林の将来を考えます。特に間伐材や虫害赤松の活用、虫害処理薬剤の山野への 残留の危険性については詳細に研究してその結果を提言します。
blogs.yahoo.co.jp/sabutyan65/3555754.html - キャッシュ
2011年10月1日 ... 江戸俳諧 山梨県の俳句 素堂芭蕉) ... の機能をご利用いただくためには、JavaScript の設定を有効にしてください。 設定方法は、ヘルプをご覧ください。 山口素堂&松尾芭蕉 全集. 山梨県白州町 山口素堂資料室作成. お気に入りの人に登録 ...
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2009年3月15日 ... 地下水・天然水・森林・鉱石などの資源調査ファイル (観光 感動 地域観光の可能性)
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芭蕉の誕生. 芭蕉は寛永二十一年(一六四四)年に生れた。西鶴より二つ年下、近松より 九 才年長ということになる。私の研究している山口素堂より二才年下である。 もっとも、 これは没年と時の年齢から逆算して知り得ることで、多くの著名人にも適用されている。 ...
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茸狩り』 · 山梨文学講座 山口素堂資料元禄12年 · 『芭蕉庵六物』素堂著。 山梨文学 講座 山口素堂資料元禄13年 · 『冬かつら』杉風編。…芭蕉 .... ぶろぐ山口素堂松尾 芭蕉の俳諧世界 図版資料 · ブログ松尾芭蕉山口素堂の全貌 山梨の文学界 · 芭蕉 資料( ...
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後江戸に戻り松尾芭蕉と共に俳諧活動を再開して正風を確立した これが私たちの知る 山口素堂伝でこれは『国志』の説である。私が山口素堂の研究を始めたきっかけは単純 で、「目には青葉山ほとゝぎす初鰹」の一句は全国でも知らない人がない位有名であり ...
sky.geocities.jp/sodokyouto/ - キャッシュ
ブログ - 山口素堂松尾芭蕉の俳諧世界 図版資料. サイトURL, http://blogs.yahoo.co .jp/hokurekimukawa/. RSS URL, http://blogs.yahoo.co.jp/hokurekimukawa/rss.xml ...
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山梨文学講座 山口素堂 濁川工事資料 濁川改浚工事についての諸記載 一、蓬沢村 明細帳 享保九年(1724) ・ 弐十年已前元禄拾四巳年 西御丸様内領地の節、石原七 右衛門様御検地 ・ 庄塚 二間三間 一字庄ノ木 村支配 是ハ山梨群郡油川村の庄塚にて ...
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西山宗因や松尾芭蕉を友として林春斎と並ぶ人見竹洞とも交友を結び、元禄八年には 父母の墓参りの為に帰郷して、かって僚属として仕えた甲府代官桜井孫兵衛に再会し、 当時下流地域を水害で悩ましていた濁川の改浚工事の手伝いを依頼された。素堂は ...
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山口素堂濁川改浚工事には関与していない. この書は山口素堂の全貌を資料中心に解明 し、真の素堂像を人々に伝えることを目的にしている。 文中に於て過去の間違いを正す 為に、誤記述のある書籍名及び著述者を記す場合もある。真実を追求する段階で必要 ...
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山口素堂濁川工事に関与していない. はじめに. この書は拙著「山口素堂の全貌」の 資料をもとにして、真の素堂像を人々に伝えることを目的にしている。 文中に於いて 過去の間違いを正す為に、誤記述のある書籍名及び著述者を記す場合もあるが、真実を ...
sky.geocities.jp/yamagutisodo/nigori3.html - キャッシュ
2009年3月15日 ... 地下水・天然水・森林・鉱石などの資源調査ファイル (観光 感動 地域観光の可能性)
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2009年3月15日 ... 地下水・天然水・森林・鉱石などの資源調査ファイル (観光 感動 地域観光の可能性)
blogs.yahoo.co.jp/hokurekimukawa/23418979.html - キャッシュ
2007年5月16日 ... 山梨県で素堂を最も有名になったのは元禄九年の濁川改浚工事である。『甲斐国志』の ... 濁川工事に関係する部分を抽出して見ると、(読みやすくした) 元禄八乙亥歳 .... として山口霊神や山口素堂の関与には触れてはいない。『裏見寒話』 ...
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一、出生地
  出生年月日
『甲斐国志』
寛永十九年(1642)五月五日
『連俳睦百韻』
寛永十九年( 々 ) 一月四日
 出生地については『国志』の記述を引用して甲斐巨摩郡教来石村山口の生まれとする説と、祖先が教来石村の出身で素堂は甲府魚町の山口屋の長男として生まれたとする二説がある。これは『国志』記述の判読の仕方から来るもので何らの地域歴史資料や自伝及び親族等の資料よるものではない。甲斐国志の素堂の項は担当著者の集積した資料と推察の範囲で書されて、現在のように豊かな情報は無い中での作業は大変であったに違いない。しかし『国志』の著者の資料の中に入らない素堂の大切な記述が二書がある。それは『甲山記行』と『連俳睦百韻』である。前書は元禄八年素堂の母が夏に江戸で逝去し、その母の生前の願いであった「身延詣で」の為に来甲した折に著したもので、その内容は道中記と身延詣それに甲斐遊覧の記である。後著はこれは素堂三世を襲名した佐々木来雪の襲名記念号の序文の中にある。これは素堂の家系にある寺町百庵の著したもので、信用の置けるものである。『甲山記行』には「甲斐は妻の故郷さすがになつかしくて」とあり。『連俳睦百韻』には「よくよく素堂の鼻祖を訪ねてみれば、蒲生氏郷の家臣山口勘助、町屋に下る、(素堂は)山口素仙堂 太郎兵衛云々」とあり甲斐国志の説とは大きくかけ離れている。
 後世の文学者や歴史研究者の中には二書を都合よく繋ぎ合わせて伝記としている著を表わし、これらが素堂伝記を大きく誤らせてきた。引用する人々も自ら研究踏査をせずに、「講談師見てきたような嘘を吐く」ような著述を繰り返すのである。
 結論を言えば素堂が甲斐の生まれとする根拠を示す歴史資料は存在しない。素堂の出生地は不詳である。
 以下素堂の出生についての著書を紹介する。
◎ 『連俳睦百韻』「序文」安永八年(1779)寺町百庵著。よくよく素堂の鼻祖を訪ねてみれば、蒲生氏郷の家臣山口勘助、町屋に下る、(素堂は)山口素仙堂、太郎兵衛、云々
◎ 『甲斐国志』文化十一年(1814)松平定能編。
  其ノ先ハ州ノ教来石村山口ニ家ス。因氏ト為ス。後ニ居ヲ府中魚町ニ移ス。云々
◎ 『俳諧奇人談』文化十三年(1816)玄々一著。
  素堂は江戸の人、云々 《著作は文化元年(1804)以前》
◎ 『奥の細道解』天明七年(1787)後素堂著。
  本系割符の町屋にして、世々倣富の家なり。云々
 『蕉門諸生全伝』文政中期(1818~30) 曰人著。
  素堂、甲斐酒折産、神職の人也。
◎ 『随斎諧話』 文政二年(1819)夏目成美著。
  素堂は甲斐の産、酒折宮神人多くの真跡を伝へ持り。
◎ 『葛飾蕉門文脈系図』嘉永年中(1848~53)馬場錦江著。始め甲斐国巨摩郡教来石村山口に住して云々。
◎ 『風俗文選犬注解』 嘉永元年(1848)
  山口氏、江戸の産云々
◎ 『俳諧百家撰』安政五年(1858)緑亭川柳著。
  甲斐の代々酒造業を営む家に生まれ、二十才頃に江戸に出て儒学を学んだ。
◎ 『日本俳諧史』大正十一年(1922)池田秋旻著。甲斐国巨摩郡山口に生まれ、云々。
◎ 『甲州俳人伝』昭和七年 功刀亀内著
  北巨摩郡鳳来に生る。父を市左衛門と呼び、幼時一家甲府魚町に移りて酒造業を営む。云々
◎ 『山口素堂の研究』昭和七年 荻野清氏。
  山口家は、その祖山口良佞(蒲生家の家臣)以来、甲斐国北巨摩郡教来石村山口に土着した郷士であった。素堂はその家の長子として生まれた。云々
◎ 『郷土史辞典』手塚寿男氏著。
  素堂は教来石山口に土着している郷士の家に生まれた。云々
◎ 『白州町 誌』清水茂夫氏著。
  当町字山口字山口に土着した郷士の家柄であった。
◎ 『甲州風土記』上野晴朗氏著。
  山口素堂の家は巨摩郡教来石山口に土着した郷士の  家柄であった。
◎ 『俳文学大辞典』「素堂の項」井上敏幸氏著。
  甲斐国北巨摩郡教来石村山口に出生。云々
◎ 『元禄名家句選』昭和二十九年 荻野清氏著。
  甲斐国北巨摩郡教来石村山口に於て出生。云々
 以下、素堂の紹介書は数限りなくあるが、その大半は『甲斐国志』の記述影響が強いことが分かる。しかし素堂没後から『甲斐国志』刊行以前の山梨県や他の著作書には素堂が甲斐国の出身とする書は皆無である。
 『甲斐国志』「素堂の項」の記述は、濁川工事の責任者とされる時の甲府代官桜井孫兵衛の事蹟を素堂の項を借りて書したもので、その根拠は斎藤正辰之の碑文である。

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