|
『素堂一曽良宛書簡』芭蕉、大阪にて死去(十月十二日)
山口素堂 『素堂一曽良宛書簡』53才 芭蕉、大阪にて死去(十月十二日) 元禄七年(1694)
御無事ニ御務稜成候儀、其後便も不承候、野子儀妻ニ離申候而、当月ハ忌中二而引籠罷有候。
一、
桃青大阪ニて死去の事、定而御聞可被成候、御同然ニ残念ニ存事ニ御座候。嵐雪、桃隣二十五日二上り申され候、尤もニ奉存候。
二、
元来冬至の前の年忘れ素堂より始まると名立ち候。内々ノミのむしみ忌明侯ハバ其日相たため可申候其内も人の命ははかりがたく候へ共、……云々
例の年忘れ、去年ハ嵐雪をかき、今年は翁をかき申候、明年又たそや。
曽良雅丈 素堂
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年12月17日
|
山口素堂の漢詩文について 蓑虫記。四言十二・十四・十六句。
貞享4年(1687)秋。素堂、46才
○蓑虫記。四言十二・十四・十六句。
◎素堂の芭蕉の句作や生活態度への提言。
《子光編、『素堂句集』》《俳句文学館蔵》 《天理大学図書館蔵》
蓑虫蓑虫。偶逢園中。 蓑虫々々。偶逢園中。 蓑虫々々。落入園中。
従容侵雨。瓢然乗風。 従要侵雨。瓢然乗風。 一糸欲絶。寸心共空。
白露甘口。青苔掩躬。 笑蟷斧怒 無蛛糸工。 似奇居状。無蜘蛛工。
天許作隠。我憐称翁。 白露甘口。青苔粧躬。 白露甘口。青苔粧躬。
諫啄野鳥。制払家童。 天許作隠。我憐称翁。 従容侵雨。瓢然乗風。
脱旧衣去。誰知其終。 栖鴉莫啄。家童禁叢。 栖鴉莫啄。家童禁叢。
脱簔衣去。誰知其終。 天許作隠。我憐称翁。 脱簔衣去。誰識其終。
《俳句文学館蔵》
蓑虫々々。偶たま園中に逢ふ。
従要として雨を侵し。瓢然として風に乗る。
斧の怒りを笑ひ。蛛糸の工み無し。
白露口に甘しとし。青苔にて身を粧ふ。
天許して隠と作し。我憐みて翁と称す。
栖鴉は啄む莫れ。家童に叢むることを禁ず。
簔衣を脱して去る。誰か其の終るを知らん。
《詩文》
蓑虫々々、声のおぼつかなきをあはれぶ。
ちゝよちゝよとなくは、孝に専らなるものか。
いかに伝へて鬼の子なるらむ。
清女の筆のさがなしや。
よし鬼なりとも瞽叟を父として舜あり。
汝は虫の舜ならんか。
蓑虫々々、声のおぼつかなくて且つ無能なるをあはれぶ。
松虫は声の美なるが為に籠中に花野をなき、
桑子は糸を吐くによりかろうじて賎の手に死す。
蓑虫々々、無能にして静かなるをあはれぶ。
胡蝶は花にいそがはしく、
蜂は蜜をいとなむにより、往来おだやかならず。
誰が為にこれおあまくするや。
蓑虫々々、形の少し奇なるを憐ぶ。
わづかに一滴を得ればその身うるほし、
一葉を得ればこれが住み家となれり。
竜蛇の勢ひあるも、多くは人の為に身をそこなふ。
しかじ、汝が少し奇なるには。
蓑虫々々、玉虫ゆゑに袖ぬらしけむ。
田簔の島の名にかれずや。
生けるもの誰かこのまどひなからむ。
鳥は見て高くあがり、魚は見て深く入。
遍照が簔をしぼりしも、ふづまを猶忘れざるなり。
蓑虫々々、春は柳につきそめしより、
桜が塵にすがりて、
定家の心を起こし秋は荻吹く風に音を添へて寂蓮に感をすゝむ。
木枯の後は空蝉に身をならふや。殻も躬も共にすつるや。
|


