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この車は以前付き合いのあった
アメリカのレースチームの車です。 この車の詳細は 余り知らないのですが。
古くからあるレース屋チームで
昔はIMSA この頃はSCCAで 走っていたようです。 エンジンはKA24なので 割と近年のエンジンですが キャブ仕様になっているのが 笑えるというか 親近感が沸きますね。 フレームの組み方はナスカーの車のように ドアの所が格子状になってますね。 という事は この車も窓から 乗り降りするタイプの車なんですね。 窓から乗り降りは ナスカーだけかと 思ってましたが アメリカのストックカーな レース車両は みんな こんな風なんでしょうかね。 今はもう付き合いはないのですが 今でも走ってるんだろうな〜 と思っています。 |
思い出の車
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これは私が関わった最後のL型搭載車です。
車のオーナーは私ではなく友人ですが プライベートチームを組んで RRCドラッグレースや CARBOYゼロヨンに参戦していました。 画像はCARBOYゼロヨンで
セントラルサーキットを走った時の写真です。 自作したフルパイプフレームに 実車から型を起こして作ったFRPボディを 載せてあります。 エンジンはL-28改3,1のNAエンジンです。
スライドバルブを使ったインジェクションで エンジンを空吹かしている最中に ファンネルから中を覗くと 燃焼室内で燃料が燃えているのが 見えてしまう凄いエンジンでした。 ミッションはエアシフターで ハンドルに付いたボタンでシフトします。 デフは専用の9インチFordです。
この時のレースでは10秒5ほどのタイムで優勝しましたが 自分達の目標タイムには届かずにチーム全員で 落胆していた記憶があります。 NAエンジンで10秒5は 当時の日本最速記録なのですが
そんなものでは満足できない程 メンバー全員で 時間と労力とお金を つぎ込んでいました。 その後 仙台のコースで 10秒2ほどを記録し
タイム更新するのですが CARBOYゼロヨンの消滅とドライバーの 大人の事情等が重なりまして ちょっと残念でしたが チーム解散となりました。 心に残る いい思い出をくれた オートカルザのメンバーと この180SXには 今でも感謝しています。 |
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昭和47年式 日産フェアレディ Z
これも若い頃に乗っていた思い出の車。
当時 ストリートゼロヨンが流行っていて
L型メカチューン全盛期。 自分の車も速くしたくてローンを
組みまくっていました。 L-28改3,1で327馬力。
まぁ当時としては そこそこ出ている方だし 馬力よりも中間域だと思っていたので エンジンには満足していました。 写真では わかりませんが
ペラペラのFRPパーツや純正ボディを切りまくって 軽量化してあります。 240マニアの方には 申し訳ない。 それでも勝てない車が1台や2台いるもんで
エンジン位置を後ろにずらして フロントミッドシップにしたりしたんで 運転席が狭かったり熱かったりで 大変でした。 その後 ニトロでエンジンを壊してしまうまで
十分楽しみました。 これもとても思い出深い いい車でした。 ちなみに 当時 普通のS30が5万〜10万円くらいで
この240Zは60万円程で買えました。 いい時代でしたね。 |
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んだよ
2回も骨折れたんだよ
だから3回目があるんじゃね
ってジンクス思う気持ち
わかるやろ
相変わらず韓ドラ見てるんだけどさ
『おしん』にはまっちゃってさぁ〜
毎日見てる今日この頃


