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今朝のおプー地方の空
岩手日報
河北新報
福島民報
合同
の
紙面の言葉です
「東北は元気です。
ですが、
じゃあもう大丈夫、
というわけでは
ないのです」
自然災害の甚大な被害
そして
未だ収拾のつかない
原発事故
一体
私たちに、何を示しているのでしょうか?
そして
その文はこう締めくくられていました
「4年という月日を振り返り、そして「いま」を正しく見極めることが、
きっと、この国全体の力になると信じて。」
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3・11
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今日は一日、目まぐるしい天気
雪が舞ったと思えば陽が照って、そして、また雪が舞って…
みーちゃんとみーママ
見送りに外に出れば
星空とオレンジ色の半月
あの日の夜はもっと綺麗な星空でした
今は、もう一日の事が終わり、明日を迎える準備の時刻
今日は「みやぎ鎮魂の日」でした
あの時の希望の光
3年後の今は、みーちゃんとうにエンジェル追い越して
(今日の二人)
何にでも、なりたい人に成れる光ある未来を持っている
2011年3月11日午後2時46分
その1分前の日々に戻りたい人が大勢
2011年3月11日午前9時頃のプー
予知能力もなく、私たちと一緒に慌てふためいていたプー
有り得ないと分かっていても
手繰り寄せたい大事なもの
あの時は
あの頃は
と
思っても詮無い事
だって
皆、知っている筈
明日しか来ないことを
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おプーが家族を作る前や、家族を作った後子供たちと何度も訪れた宮城の海
どの場所も思い出深い場所 クラゲに刺されたり、BBQしたりetc.etc.etc.
お時間のある方だけ、ご覧下さいね 長いので
御訪問ありがとうございます<(_ _)>
今朝、窓を開けてビックリ
おプーが勝手に名付けています
「命」
そこには、沢山の意味が詰まっています
「命」そのもの
「命」を長らえ、繋ぎ続ける為の生き越し方を支える諸々のもの
あの日を思い出すと、胸の奥が締め付けられ、苦しくなってしまいます
長期間に及ぶライフラインの寸断
続く余震
そして
原発事故
恐怖でした
地震直後、従業員の安否確認に仙台港方面に向かった娘婿の安否確認が何日もできず
乳飲み子を抱えた娘は
「もう、私たちには、絶対に4月は来ない」と真剣に思っていました
幸い、娘婿は寸での所で津波を免れ、店の中に孤立し、助かりました
お陰さまでこの家族、命を繋ぎ暮らしております
ただただ、頂いた「命」に感謝するのみです
ただ、周りにあふれる筆舌に言い難い事の多さ・・・
非日常を日常として、暮らしていらっしゃる方々の多さ・・・
今も続くこの非常時
いったい、誰がどうしてくれるのでしょう?
こう叫んでも、詮無い事なのでしょうか・・・
希望の持てる東北・日本になって欲しいと切に願わずにはいられません
溢れる、震災関連の特番・・・くそったれ
それより、希望を、明かりを下さい
でも、風化されない様、来年も、再来年も特番組んで下さい
何も出来ない無力なおプーですが
心より
この震災に関連して亡くなられた方々
ペット達
牛や、豚の家畜達
の
御冥福をお祈り致します
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いつの間にか、
団地から国道に出る道の両側の木々が色づいて来ました
季節は、忘れずに巡って、秋になりました
あれから、1年7カ月
言って見れば今日は月命日
もうすぐ2時46分です
沢山の方々が亡くなられ行方不明者もまだ多い・・・
本日も捜索が行われています
進まぬ復興
お寒い、政冶
せめて
私たちが、心だけでも暖かくしていたいものです
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昨夜は全天を輝かせ、大地を揺るがすような雷でした
日中はそれこそ、大地を焦がすような晴天でしたけれど
ただ、エンジェルの通勤時は風も有り、涼しい朝となりました
久しぶりに、散歩するりんちゃんと会いました
いつもの、取り留めのない笑いながらの楽しいおばちゃん同士の会話
話すうちに
いつの間にか
あの日の話に
お互いあの日にあの想像を絶する出来ごとに遭遇した人の壮絶な話になり
見ず知らずの人の話に
涙を流しながらの散歩になりました
久しぶりに入った2階の娘の部屋
ここから見る庭も好き
でも、部屋の中は、ほとんどあの日のまま・・・
エンジェルの中では、まだまだあの恐怖 忘れられないよう
小さな子供の時の頃の様に、おプーと布団を並べてしたの部屋で寝ています
復興などまだまだ遠い話し
色んな話を聞く度
心がいたみます
おプー地方の新聞の日曜日
こんな、コーナーがあります「河北歌壇・俳壇」
そこで、見つけた句
『若葉萌ゆ泣きながらでも生ぎっぺし』
そして、こんな句も
『政争の呆れたニュース見ていれば生きるという意味汚されていく』
そして、この子は一生懸命寝ている9月11日の昼下がり
9月11日のアメリカでの出来事も忘れてはいけない事ですね
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