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皆様こんばんは。 ここ最近、亀三さんと153系に関してやりとりしています。 この電車にも熱意を注いだ時期があり、何枚か記録しています。 新シリーズとして、なつかしの153系を数回投稿することにいたします。 まずは、宮原電車区が受け持っていた「比叡」「鷲羽」を2回に分けて投稿することにいたします。 まずは1枚目です。 EF58シリーズ(4) 1977.4.5 EF58 7(広)、93(宮)と併せて撮影した分です。 宇野 1:40 → 新大阪 5:46のスジで602M 急行「鷲羽1号」が宮原電車区の153系12両編成で運転されていました。 所属区である宮原電車区は新大阪駅とは目と鼻の先にあるにもかかわらず、配線の関係で直接回送することが出来ません。そこで、回602Mとして一旦向日町操車場まで引き上げ、折り返しこの回5551Mで塚本経由で宮原操車場へ戻していたのです。 なお、この回送列車は神戸方に宮原電車区のクモニ83を2両連結していました。 それの画像は http://www.ne.jp/asahi/hekkai/rail/mando/mando-4.htm をご参照ください。 宮原電車区のクハ153湘南色車は原則として幌枠が塗りつぶされず、廃車になるまで原型のステンレス地を貫いていました。黄かん色1色に塗られた前面に取り付けられていた銀色の幌枠は、顔に締まりをつける良いアクセントになっていたのです。 このクハは貫通扉下端の渡り板が折り畳み式になっています。亀三氏より、これは大垣電車区配属車に見られた現象であるとご教示いただきました。当時宮原に配属されていた0番台クハ湘南色車で名古屋方に連結されていたのは37、43、71、77の4両でした。こちらと突き合わせたところ、これは1974.12.17付で大垣電車区から転属してきた77かもしれません。 左側に写っているのは、大阪 8:00 → 福知山・山陰本線経由 → 博多 20:51のスジで運転されていた5D 特急「まつかぜ1号」です。向日町運転所のキハ82系13両の堂々たる編成で、途中鳥取で後ろ6両を切り離していました。 EF58シリーズ(8) 1978.9.24 EF58 60(浜)、45(宮)、1(浜)と併せて撮影した分です。 名古屋 7:30 → 大阪 10:14のスジで8両編成で運転されていました。 低運転台の0番台で大阪方に連結されている宮原のクハ153湘南色車は70しか存在しませんでした。上記1枚目の77?とは異なり、貫通扉上部の列車種別表示板が撤去されており、貫通扉下端の渡り板は原型となっています。 今回は以上です。 |
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