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皆様こんばんは。 大阪市は明治36(1903)年9月12日に我が国初の公営路面電車の営業を始めました。その30年後の昭和8(1933)年5月20日には我が国初の公営地下鉄の営業を始めています。このため、1の位が3の西暦の年には大阪市交通局は周年行事をこれまでに何度も開催しています。今年は西暦2013年であることから、慣例に倣い110周年記念事業を開催することになりました。今回の概要に関してはこちらをご参照ください。 前回投稿した大阪地下鉄開業80周年記念行事と併せ、市電霞町車庫跡に展示されている2201号を去る5月3日に見てきましたので、遅くなりましたが投稿いたします。 まずは1枚目です。 普段は森之宮検車場に保管されている2201号が今回特別に屋外展示されました。 ワンマンカーなので、水色の帯が巻かれています。 新世界の象徴である通天閣をバックに撮りました。午後に撮りに行ったので、側面は陰っています。 次いで2枚目です。 上記1枚目と若干アングルを変えて撮りました。 次いで3枚目です。 下に降りて車体全体を撮りました。警備員さんをかわす為、地上からの撮影は断念しました。 次いで4枚目です。 手前の警備員さんが席を外してくれたので、望遠でも1枚撮りました。 次いで5枚目です。 側面の広告入れに掲出されていました。 6枚目です。 電照式だと思います。大阪市交通局の局章と一緒に撮りました。 7枚目です。 こちらも電照式だと思います。縦書きなのは入口との識別のためなのかもしれませんね。 圧縮空気が抜けているので、扉が僅かに開いていますね。 8枚目です。 こちらは側面に日が当たっています。普段は屋内で保管されているので、保存状態が実にいいですね。 4/20(土)、4/21(日)、4/27(土)、4/28(日)、5/11(土)、5/12(日)、5/17(土)、5/18(日)は車内を公開したので出入口に階段が設置されていました。 9枚目です。 南北方向に展示されていたので、北向きのこの面は陰ってしまいました。 大阪市電は昭和44(1969)年3月31日に全線廃止されました。当時私はまだ6歳だったので、現役時代の大阪市電に接する機会が全くなかったのです。 今から20年前の平成5年には、市電保存館に保存されている6両が屋外展示されました。この時に撮影した画像をいつの日か公開したいと思っています。スキャンする時間がなかなか取れないので、いつ投稿出来るかは申し訳ありませんが確約出来ません。 この件に関してはファジーさんが実に詳しく記録されているので、 http://fuzzyphoto.blog120.fc2.com/blog-entry-1604.html http://fuzzyphoto.blog120.fc2.com/blog-entry-1605.html http://fuzzyphoto.blog120.fc2.com/blog-entry-1606.html をそれぞれご参照ください。 今回は以上です。 |
大阪市交通局
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皆様こんばんは。 大阪地下鉄が梅田仮駅から心斎橋まで開業してから、この5月20日で80年になります。 これを記念して、普段は北加賀屋の市電保存館に保管されている105号車が5月1日から5月24日まで大阪市役所前で展示されています。詳細はこちらをご参照ください。 去る5月3日から4日にかけて岡町の実家に行った際、3日の午後にこの展示を見に行ってきました。 まずは1枚目です。 この解説文はおそらく市電保存館に設置されているものだと思います。 今回は大阪市役所前での展示となったので、文中末尾に一部白い紙を貼って辻褄を合わせたことが読み取れます。 次いで2枚目です。 これを見れば一目瞭然なので、詳細は割愛します。 次いで3枚目です。 梅田側前面を撮りました。行先板に記されている田の文字が大き過ぎるので、見た目がアンバランスですね。 次いで4枚目です。 梅田側から前面と側面を入れて撮りました。 今回は車体のみの展示で台車がないので、いささか不自然ですね。 次いで5枚目です。 ズームを伸ばしてもう1枚撮りました。 次いで6枚目です。 真横から広角で1枚撮りました。 向かいの日銀大阪支店からも望遠で撮りたかったのですが、御堂筋に車が1台停まっていたのが目障りで、残念ながら撮影を断念しました。 次いで7枚目です。 こちら側には乗務員扉がないので、半室運転台であることがよくわかります。 このアングルで広角では撮っていません。 次いで8枚目です。 こちら側も行先板の文字バランスが悪いですね。 次いで9枚目です。 昨今、多数の鉄道車両に設置されるようになった転落防止用幌の前身とも言える装置です。 詳しくはこちらをご参照ください。 これを伸ばしてくれたら更によかったのですけどね。 次いで10枚目です。 現在もこの様式が引き継がれています。 上部中央に描かれているのは、大阪市交通局の前身である大阪市電気局のマークなのです。大阪市章である澪標(みおつくし)と電気の電を上下に配し、両者を丸で囲み大阪市の電気事業を表わしているのです。 次いで11枚目です。 ウィンドヘッダー上部に取り付けられていました。 撮影はしておりませんが、反対側の側面に取り付けられているものは右側に梅田、左側に心齋橋と表記されており、方向感覚が一致するようになっていました。 次いで12枚目です。 乗降用扉が自動扉となっている鉄道車両には必ず設置されています。 若干斜めになってしまっているのが残念ですね。 次いで13枚目です。 シンプルなゴシック体です。阪急のにそっくりですね。 次いで14枚目です。 側面に大小1つずつ設置されています。 検査期限を表記した用紙を挿していたのかもしれませんね。 現在の大阪地下鉄車両は車内に取り付けられているように思います。 次いで15枚目です。 梅田側から撮りました。 次いで16枚目です。 心斎橋側から撮りました。 ここから先は、開業当時の面影を今も残している御堂筋線の梅田〜心斎橋各駅の近況です。 駅構内の写真は全てなんば方面を向いて撮影しています。 次いで17枚目です。 元々は画像左側に写っている「なんば・天王寺・なかもず方面」と記載されている案内板の真下になんば方面行きの線路がありました。我が国の地下鉄駅では乗降客数が最も多く、朝夕の通勤時には相当な混雑を呈していました。これを解消するため、8両編成分までしかなかったホームを10両分に延長した際、このホームの奥行を広げて千里中央方面行き専用とし、戦前に掘られていた谷町線梅田駅用トンネルをなんば方面行きホームに転用したのです。 次いで18枚目です。 なかなか凝った作りです。物心ついた頃からと全く変わりありません。 オイルショックの頃は、節電のため蛍光灯が間引きされていましたが、いつの間にか元に戻ってしまいました。 次いで19枚目です。 オフィス街の駅なので平日は昼間でも混雑していますが、この日は休日だったので比較的閑散としていました。 次いで20枚目です。 ホームを延長し、京阪電車との連絡通路を増設した際に新調したように記憶しています。 次いで21枚目です。 最初に開業した区間の駅の中では、この本町駅のみ支柱が設置されています。 ホームを延長する前は薄緑色だったように記憶しています。 この駅は照明器具がぶら下がっていないので、撮影は割愛しました。 次いで22枚目です。 開業当時は終点だった駅です。 大阪を代表する繁華街に位置しているので、終日賑わっています。 次いで最終23枚目です。 これも昔のままです。梅田駅とはまた違った形状をしています。 これもオイルショックの頃は蛍光灯が間引きされていました。 今回は以上です。 |
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