|
皆様こんばんは。 甲子園臨シリーズの2回目です。 福島県等での日程を終え、大垣夜行・網干行を乗り継いで大阪駅に着いたのは1987.8.15の9:45頃でした。この日は第3試合に熊本県代表の九州学院、第4試合に大分県代表の柳ヶ浦、宮崎県代表の延岡工業が出場することになっていました。2日前に引き続き甲子園臨が撮れる可能性があったので、甲子園口駅に寄り道してみたのです。 まずは1枚目です。 ネガが変質していたのでフィルムクリーナーで洗浄したのですが、完璧には元に戻りませんでした。 どこの高校の甲子園臨だったのかは残念ながらわかりません。ご存知の方はご教示ください。 編成が長いので、堂々とした印象を受けますね。 次いで最終2枚目です。 白黒のネガは変質していません。 これで撤収し、岡町の実家に帰宅しました。 この年に撮影した甲子園臨はこれが最後です。 この時の高校野球に関しての詳細はこちらをご参照ください。 今回は以上です。 |
甲子園臨
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
皆様こんばんは。 阪神甲子園球場において8月8日から開催されている高校野球も、後半戦にさしかかっています。 京阪神地区のJR在来線においては、今年の夏は僅か2回の運転にとどまりそうです。多数運転されていた時分を知る者にとっては実に寂しい限りです。多彩な顔ぶれで運転されていた往時を偲び、当方が記録出来たものを順を追ってご紹介していきたいと思います。 私は昭和61(1986)年4月に就職しました。ここは一斉の盆休みはなく、かわりばんこに毎年7月21日から8月31日までの間に、原則として5日連続で夏休みを取得するようになっていました。 昭和62(1987)年の手帳によりますと、この年は8月10日(月)から8月14日(金)まで夏休みを取得しています。8日(土)は出勤で15日(土)は公休となっていたので、実質的には9日(日)から16日(日)まで8日間休みだったことになります。 8月13日の朝方にEF65 501が「くつろぎ」を高崎から両毛線経由で小山まで牽引する情報を、当時東京都府中市に在住されていたお師匠様から教えていただきました。夏休みの真っただ中に運転されるので、これを撮るべく単身で上京したのです。 どんよりとした空模様だった大平下〜岩船で撮影した後、両毛線の小山行に乗ったら、当時熊谷に居住していた顔見知りの撮り鉄に確かばったり出会ったように記憶しています。彼はこの後、当日運転されるオク座を黒磯以北の交流区間へ撮りに行くと言っていました。当方はこの後特に予定がなかったので、彼に同行することにしたのです。 ED75 704牽引のオク座を撮った後、福島駅へ向かいました。ここで奥羽本線の夕方の上り客レを撮っていたら、東北線上りホームに583系が入線してくるのを目撃したのです。この時間帯には583系の定期運用はありません。一体全体これは何? と思いながら近くまで向かったのです。 まずは1枚目です。 私が初めて撮影した甲子園臨です。翌日8月14日の第2試合に出場する岩手県代表校、一関商工高校の応援団輸送列車です。この後、東北本線を南に進み、夜の東海道を西下して翌朝大阪に着いたはずです。 当時JR東日本の583系は9両編成が基本で、多客期は3両増結した12両編成となっていました。 左端の455系上り普通電車に遮られ、編成全体が撮れませんでした。両数をメモしていないので、何両編成だったのか判りません。ご存知の方はご教示ください。 次いで2枚目です。 白黒でも撮っています。 次いで最終3枚目です。 上記1枚目をトリミングして、ヘッドマークの図柄が判読出来るようにしました。 東北地区の583系甲子園臨は、この当時からシール式のマークを貼り付けていたようですね。 この後、上記1・2枚目左端に写っている455系上り普通電車に乗って郡山駅に向かい、ホームで一夜を明かしました。甲子園臨とおぼしきものはここでは撮っていないようです。 この後は撮り鉄を全くしておらず、行動記録も残っていないので、何をしていたのか記憶にありません。 東京界隈を一人でブラブラしていたのかもしれません。 当日8/14深夜に東京駅を発車する345M 大垣行に乗って帰阪しています。 今回は以上です。 |
全1ページ
[1]








