みずき りょう

「Buddha-ism」「仏教の原点と本質に迫る 」「雑文」 「ガーデン」「仏教タントリズム」

Buddha-ism:2018年

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「Buddha-ism・2018年改訂版」の連載は今回が最終回となります。ただ、「唯識派」後のインド仏教、特に「タントリズム」系の仏教に関しては、筆者(みずき りょう)自身納得できる内容ではなく、<のど元に小骨が刺さったような状態>のままです。だからこそ、「仏教タントリズム」に稿を引き継ぎ(既に連載開始)、検証を続けます。興味をお持ちいただける方は、引き続き下記URLをご参照ください。
    「Buddha-ism」
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 一方、大乗仏教はインド北部でさらに生き続け、新しい考え方を生み出します。しかし、最後に登場した「仏教タントリズム」も含め、西から押し寄せた「イスラム教」に押され、1000年頃から急速に衰退し、1200年頃には姿を消してしまいます。

 ただし、「大乗仏教」は、すでに23世紀頃からシルクロードを渡り東西に伝わります。西方ではアフガニスタンなどがその代表ですが、こちらはインドより早く「イスラム教」の影響で姿を消します。しかし、東方では「チベット」「中国」「朝鮮」「日本」で定着・発展し現在に至ります。

 当然、日本に伝わったのは「大乗仏教」です。そして、それは「中国仏教」と「中国思想」の影響をうけた「仏教」でもあったわけです。つまり、「中国で独自に体系化された仏教」であったと言うことです。

 良い面、悪い面、両方が考えられますが、少なくとも「仏教」の分類と「部派仏教(小乗仏教)」の位置付けについては、偏見が強く、低く見すぎと言う傾向を持っています。この点を見逃すべきではありません。

 「大乗仏教」は「部派仏教」の批判が元となり、インドで産まれました。しかし、当初、少なくとも「般若経」や「ナーガルジュナ」「中観派」の考え方は、形骸化した「上座部」(部派仏教の主流で保守派)への批判と「お釈迦様」への復古、より深いレベルでの研究がメインテーマとなっています。

 しかし、中国仏教では「お釈迦様」はともかく、「初期仏教」(具体的には「阿含経」)を幼稚な段階、「部派仏教(小乗仏教)」を、「大乗」を知らない浅はかな考え方と、切り捨てる傾向が強すぎます。しかも、その背景には明らかに研究不足があります。従って、インドでの初期「大乗仏教」による「部派仏教」批判と、中国の同「仏教」への批判との間には、大きな差があります。この点に、日本の仏教界で気が付いている人は意外に少ないようですが、仏教の全体像を把握するうえで、大きな障害となってきました。

 今でも日本では、事実や基本的な考え方を知らず、「日本仏教界」の通説に流され、誤解のまま「インド仏教」を見続けている人が多いのではないでしょうか。いや、「インドの仏教」そのものを知らないことの、重要性に気が付いていないと言った方が適切ではないでしょうか。

だからこそ、「お釈迦様」の考え方、「部派仏教」の考え方、「ナーガルジュナ」と「中観派」の考え方、「唯識派」の考え方、インドの「浄土系」の考え方、同「仏教タントリズム」を見直し、あえて素人の目で、できるだけ分かりやすく分析を試みてきました。

また、社会的背景を重視するため、インドの歴史・政治の流れとできるだけ対照し分析するよう心がけました。

当然、表層だけと批判を受ける部分も多く、専門家から見れば<浅はか・間違い>と言った点も多いでしょう。ただ、深みにはまりすぎると難解になりすぎ、一般の人から離れた存在に至ると言う難点もあります。それを防ぐには、素人の視点のほうが良いと善意に解釈していただき、この「Buddha-is・改訂版(2018)」が何かの参考になれば幸いです。
 
補注:Buddha-is・改訂版(2018)」は、10年ほど以前にまとめた「ヒューマンメッセージ・Buddha-ism」を一部加筆修正したものです。
 
 
 Buddha-ism・・・改訂版(2018) 完」
 みずき りょう


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ミャンマーの若い僧侶・・・「部派仏教」(あるいは「上座部仏教」)は、南伝仏教とも言われ、現在も東南アジア・スリランカ等で信仰されている。 画像:Wikipediaより




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NO20 さらばインド! (「あとがき」に変えて)

その後の「インド仏教」

筆者は「唯識派」以降の仏教には、やや批判的立場で項を進めてきました。以後の仏教は「観念論」的立場を崩すことなく、むしろその方向性をどんどんエスカレートさせて行ったからです。同時に「お釈迦様」自身も、一気に超人化していきます。リーダーが超人化すれば、その弟子である「菩薩」も超人化するのは言うまでもありません。

 さらには、同じ如来で、「お釈迦様」以上のスーパースターも多数出現します。その代表が「阿弥陀如来」と「大日如来」です。そのきらびやかさ、派手さには、「ちょっとやりすぎではないか」と思えるほどで、目を見張るものがあります。

 「宗教」「思想」「哲学」などは、いずれも人生や世界の本質を追求していきます。同時に、時代の影響を色濃く受け変化します。従って、派手になり変化することは決して悪いこととは言えません。どのような評価を与えるかも自由です。

 ただ、「唯識派」の「観念論」的考え方が、その堰を切る切掛けとなったことは事実です。見方によっては、「唯識派」無しにその後の「仏教」は存在し得なかったということも出来ます。彼等はそれだけ重要な役割を果たしたとも言えます。

 やがて、「インド仏教」は「浄土仏教」や、最後のスター「仏教タントリズム」を生み出します。しかし、それも「唯識派」の存在が無ければ、出現し定着できなかったのではないでしょうか?

 いずれにしても、インドの歴史でも触れたように、「インド仏教」は「唯識派」や「浄土系」「仏教タントリズム」の登場まで、発展を続けます。しかし、その後インド中南部では、「ヒンデゥー教」に押され、900年代には殆ど姿を消してしまいます。ただし、その前に「部派仏教」は拠点を移し、タイ、ミャンマー(ビルマ)を中心に、アジア各地に広く普及し、現在に至ります。

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インドでは1100〜1200年頃にかけて仏教が衰退し姿を消す。しかし、上座部系は東南アジア・スリランカなどに伝わり、大乗系はチベット・中国・日本等に伝わり現代に至る。
           画像:Wikipediaより



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知って得する「仏教用語」 今回は、「大日経」「金剛頂経」の漢訳本について。
 
「シュバーカラシンハ(漢名・善無畏)」・・・635735年(疑問も)。インド僧で後に中国・長安で暮らし、724年に中国学僧の協力を得て、「大日経」第一号の漢訳本を作った。その後、90年程遅れた812年にチベット語訳「大日経」が出現。従って、漢訳「大日経」の方がチベット訳より古いと言う事に成る。また、同経典のサンスクリット原典は見つかっていない。
 
「アモーガヴァジュラ(漢名・不空)」・・・705774年。インドの王族の血を引くと言われる僧。「金剛頂経」を763771年にかけて翻訳し、漢訳「金剛頂経」を作った。現在でも、単に「金剛頂経」と記した場合は、「不空」訳の三巻本を指す。

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「恵果」像・・・「アモーガヴァジュラ(漢名・不空)」の弟子でかつ「空海」の師でもある、中国「密宗」の重要人物。
           画像:Wikipediaより





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インドの「仏教タントリズム(密教)」&中国・日本の密教

 最後に<インドの「仏教タントリズム」とは何か><中国・日本の「密教」とどこが違うか>この2点に関して、(筆者の私見ですが)簡単に検証・整理しておきます。

 まず、<インドの「仏教タントリズム」とは何か>ですが、かなり強引ではありますが、時の流行に合わせ、呪術性・快楽性(特に性的エクスタシー)を取り込み、その実践法として、「火を使った祈祷・マントラor ダーラニー」を繰り返し唱える・・・と言った行動を行う。そのようなグループの事で、仏教徒の間で急発展したが、ヒンドゥー教等の同系グループとそれほど大きな差はなかった。そう推察されます。

 確かに、「大日経」「金剛頂経」等の経典が作成されましたが、「仏教タントリズム」独自の体系・伝承形式・修行形態の確立>には至らなかった。そう考えるべきではないでしょうか。

 一方、チベットを経由し、中国・日本に定着した「密教」は、「大日経」「金剛頂経」(「理趣経」を含む)の記述内容をベースに、独自の思考体系をまとめ上げた。同時に、修業・祈祷等に関する厳密な様式(例えば、祈祷等に使う法具を決める・その使い方を決める、等)も創り上げた。さらに、その伝承形態を厳しく規定(「密教」トップ〜同トップが選んだ高弟へのみの継承)した。その一方で、性的エクスタシーと言う部分は、より形而上的な解釈を優先し、(少なくとも「密教」本流に置いては)実践性が排除された。

 以上に加え、ヒンドゥー教・イスラム教などが殆ど入り込んでおらず、仏教独自の「タントリズム」体系の確立がよりスムースに進んだ。結果、素朴なインドの「仏教タントリズム」とはかなり様相の異なったものとなった。こんなとこれでしょうか・・・

 また周知のとおり、日本では「空海」が中国で「恵果(けいか・746804年・中国真言宗の第7祖・空海の師)」から正当な「真言密教」を伝授され、「密教」を大発展させます。ある意味、<「密教」は日本で完成された>と言えるかも知れません。それだけに、膨大かつ極めて奥深いとも言えます。だからこそ、現段階ではあえて足をこれ以上踏み込むことを控えさせていただきます。

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「空海」画・画像:Wikipediaより





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表現方法としては、前文+17種の項目(法門)+あとがき(流通・るつう)に分けられ、それぞれに<印(手指で示す形)>と<マントラ(真言)>が提示されています。ただそれよりも、問題はその内容。多くが男女の性行為礼賛で示されているからです。<性的快楽を肯定し、そこに悟りの境地と共通性がある>と考えたからでしょう。

なお、我々が一般に目にする「理趣経」の項目は、性的イメージを感じさせない難解な漢字タイトルとなっていますが、それは、性的イメージを払拭するための作為からとも・・・。

論より証拠、第1章節(第一法門)をウキペディアから転載しておきます。
第一の法門「金剛薩埵の章」=「妙適聢洞臉菩薩位」・男女交合(こうごう)の妙なる恍惚(こうこつ)は、清浄なる菩薩(ぼさつ)の境地である。

そして、17項目の多くがこのように性に関するもので占められています。

 「理趣経」は「密教」関係者に取り、無視できぬ重要経典です。しかし、真面目な日本のお坊さん(あるいは信者)にとっては、ポルノ作品のようで、始末に困った。だから、各所に<黒塗り(のような処置)を施し発表した>。そんなところでしょうか?

 さわりだけですが、以上で「大日経」「金剛頂経」の紹介と説明を終えます。「もう少し詳しく知りたい」と言う方には、安価で質の高い経典資料として<講談社各術文庫の「密教経典」(宮坂宥勝著)>をお勧めしておきます。


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「恵果」画:中国「密宗(日本の「密教」に相当)の創始者とも言うべき「不空」の弟子で、「空海(弘法大師)」の師でもある。
           画像:Wikipediaより

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