NPO法人 えひめ311

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思いよ、届け 渡部明歩
 2011年三月十一日、きっとこの日を聞いて分からない人はいないだろう。そう思っていた。でも、もうこの考えは古かった。東日本大震災はもう忘れかけてしまわれている・・・・・・。
 「普通の生活」。普通にごはんを食べて、普通に学校に行って、普通に帰ってくる。本当に極普通な生活。そんな生活が私はうらやましい。普通の人なら、もっと上を目指すだろう。でも、もう私には普通の生活を目指すことさえできない−。
 あの日、私の普通の生活は消えた。そして、楽しみまでもが消えていった。でも、その代わりに「東日本大震災、311」という言葉が生まれた。「福島第一原発事故」という、とても耳ざわりの悪い言葉と共に。
 あの時、私は何が起きたのか分からなかった。みんなパニック状態で、何も分からずに高台へ避難した。青い手すりをつかんで必死に逃げたこと。地面がバリバリと割れたこと。そして黒い波がすべてを飲み込みながらせまってきたこと。この記憶より鮮明なものはない。絶対に忘れない、忘れられない景色だった。
 「福島第一原発事故」。この出来事が、すべてを変えた。地震と津波。それだけでも被害が重大である。でもこの事故には、それらとは違う苦しみが隠されていた。「生き地獄」である。この事故を何年も何年も引きずり、苦しめられ、普通の生活に戻れない。それが生き地獄である。放射能についても何も知らなかった。私が、放射能というものの恐怖を初めて知った出来事だった。
 今、私にできることは何だろうか。今も苦しんでいる人達のためにできることは何だろうか。いつもそればかり考えている。でもずーっと考えていても、何も思いつかなかった。そんな時、私は思った。苦しんでいる人達、亡くなった方々に直接できることは少ないかもしれないけど、他の人達に伝えることならできるんじゃないかなと思った。そして、この出来事を忘れさせないこと。後世に語り伝えていくことが大切なんじゃないかと。多くの人に知ってもらい、分かち合うことが大切なんじゃないかと。そうすれば、苦しんでいる人が少しでも明るくなり、亡くなった方の教訓を忘れないことになるんじゃないかと思った。そして同じ過ちを繰り返さない。災害があっても大丈夫と言えるような世の中になるんじゃないかと思った。でも、今の世の中、そんなに簡単にはいかない。だから、ここにいるみんなに知ってもらいたかった。少しでも心の中に届いてほしかった。

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