絵本サロン Part2

私が見つけた幸せのヒント、いつまでも忘れない為に♪♪♪

ほのぼの日記

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小さな水族館

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小さくってわかりにくいけど
 
ざにがりさんがいっぱい子どもを産みました
 
共食いするので
 
それぞれお部屋を作りました
 
1ひきでこんなに???って思うほど子孫を残すけど
 
どれだけ生き残れるか?
 
厳しい世間です
 
イメージ 3めだかです
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すずむしです
 
可愛い声です
 
ちょっとわかりにくいですね
 
そのほか、くわがた、グッピー
 
幼稚園はにぎやかです
 
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びっくり水族館は幼稚園児で満員です。みんなうれしそうです

まんまるおつきさま

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まんまるおつきさま
 
明日、15夜お月さま
 
仲秋の名月
 
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日本語には、宵待月、16夜、十五夜 十六夜月 既望 立待月 居待月 寝待月 更待月 下弦の月 二十三夜月 二十六夜月 晦日月, 夕月 宵待月 宵月 有明月 暁月, 既朔 繊月 眉月 半月
 
独特の言い方があり
 
そこが、また風流で
 
美しいイメージ 4
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かつて紀伊半島、勝浦に熊野古道を旅したことがある
 
あの美しい日本風景が、台風12号で
 
土砂に流される映像が流され続けられ悲しくなった
 
3.11の震災から半年
 
このところ、日本列島は・・・・・
 
早い復興、みんなの元気な声が戻ることを願う

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戦争体験談

 
 
 
中学2年生の姪が、夏休みの宿題に「平和学習」があった

お節介な私は、一緒に新聞を切り抜いたり原爆の絵本をみせたり、そして

戦争体験を聞きに姑の所にくるというので

私もお邪魔した

原爆が投下された昭和20年は、姑は、高校生で

学徒動員で呉市(戦艦ヤマトの創られたところ)に鉄砲の弾を作りに行ってたそうだ

たまたま、8月6日は、実家がある吉田町(広島市から50キロほど北)に帰っていた

当時、テレビもないし

原爆がおちたとは、分からなかったけれど(アメリカは、原子爆弾を10年ほど公表しなかった、隠していた)

市内からトラックでどんどん怪我人が運ばれてくる

年寄りと女、子供しかいなかったが、

ドンドン、けが人をトラックからおろし、小学校の校庭に並べた

その時は、怖いとか悲しいとか、哀れむとかの感情が全く沸かなかったそうだ

医者も病院もないし

校庭に並べられた人は、どんどん死んだ

死んだ順番から焼かれていったそうだ


その話を家に帰り、娘2人に話し

その当時に、私の両親、祖父母が何をしていたか

どんな様子だったかなど

おしゃべりをした

私の体に流れてるDNA・・・・血のルーツである

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娘は、カープファンです?
 
イメージ 1連日連夜応援に行っております
 
カープといえば
 
草木も生えないと言われた広島
 
戦後、市民の手で市民球場をつくり
 
復興広島に元気を与えてくれました
 
昭和53年ごろ?
 
初優勝のおり、広島は沸きました
 
母は、毎日、セールに出かけてました
 
 父も当然カープファンイメージ 2    
 
こんなに弱くても
 
お金がなくても
 
カープは広島になくては、ならない存在
 
 
 
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                                                                                                                                                            イメージ 4    猛暑日が続いております
 
    外では、セミがないております
 
    目下、ゲンは蝉取りに余念がありません
 
    今日は、2匹せしめました
 
 
    暑い中、なでしこジャパンが、あきらめない心でミラクルをみせてくれ、高校球児も頑張ってくれてます
 
みんな、元気をもらってます
 
熱中症におきをつけください
 
 

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多くの人に支えられて

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8月2日〜5日
 
友人と京都に行ってきた
 
同じ境遇でなんとなしにお付き合いしているのだけれど
 
その人の優しさが好きだ
 
でも、彼女は、旦那さまを許せないでいる
 
じーと、聞いて、そのまんまを受け取ろうと思うと
 
ふと、そうだ
 
私も思いこみで周りの人を赦せないでいる
 
些細なことで馬鹿らしいよね
 
気がつくと、笑いがこみ上げる
 
8月5日
 
私の誕生日
 
娘が旅行券をくれた
 
それとお友達3人がお祝いに食事をごちそうしてくれた
 
笑ってしゃべって5時間
 
ありがたい
 
以前のブログ友からもお祝いのメールが
 
こうして、幸せの楽しい生活も、両親よ〜〜産んでくれてありがとう
 
8月6日
 
原爆投下日
 
8時15分黙とうしながらいつも亡くなった祖父母のことを思う
 
戦争さえなければ
 
市の中心地にすんでいた父は
 
原爆で、家を母を失い、人生が変わったのではないかと思う
 
 
いつも、笑っていたいと思う
 
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