こけしおばちゃん

伝統こけしを訪ね歩いています

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 『こけし手帖』平成24年6月 617号より。こけし友の会・吉田博人氏著。
 3月中旬に、ミュージアムの館主より「ここに来れば『こけしが分かる』展」の企画展の案内状を頂いたので興味を持ち真鶴の散策方々、訪問してみました。
 企画展は、女性をテーマにした絵画・彫刻と少女をモチーフにした「こけし」を取り合わせ、春から初夏にかけての華やかな雰囲気の展示会となっています。
 今、若い女性の間に「こけし」がぶーむになっています。「かわいい!」と心を動かす以外に、馴染みの方にとっては素朴さの中に懐かしさが滲み出し、若い方には新しい日本人の心の証として楽しんでいただきたい。(案内書、パンフレットより転記)と書かれている通り、若い女性の眼から見たこけしですので、目鼻立ちのしっかりした中に、口元が綻びる様なこけし達でした。
 各系統別に2〜5本を展示し、その系統の特徴をパネルにて説明・紹介しています。
 展示されているこけしの主なものは、佐藤忠雄、松田精一、瀬谷重治、盛秀太郎、小椋久太郎、小椋正吾、佐藤昭一、岡崎幾雄、岡崎斉司、新山亨、佐藤伝喜、小林忠次郎、平賀輝幸、鈴木明、大沼昇治等(敬称略)、大きさは一尺六寸から五寸まで各種、主催者に選ばれて微笑みかけてくれていました。
 これらのこけしは、館主のお父様の蒐集品で昭和35年頃より集められ、子供心に親しみ、今の時代に合うようにとご自分の眼で選ばれたそうです。
 企画展のもう一方は、シャガール、梅原龍三郎、ガレ、ルノワール、林武、ルオー、とそうそうたるメンバーの作品が目白押しに並び、同行の人にとっては至福の時を過ごせると思います。このミュージアムは、築50年の木造旅館を改造した店舗で、入り口に岡本太郎の河童像が微笑みながら迎えてくれ、趣きのある建物です。場所は、真鶴町真鶴1200-18です。写真は展示こけしの一部です。

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 『こけし手帖』平成24年6月号にて。こけし友の会・平塚俊夫氏著より。 
 平賀謙次郎工人の訃報が届いた。2月14日逝去。享年92歳でした。工房で輝幸、謙一工人と三人並んでロクロに向うお元気な姿が彷彿されます。
 謙次郎さんとの出会いは30数年前、家族旅行で作並温泉を訪れ、家内がお土産として買い求めたこけしが謙次郎工人の作で我が家の第一号のこけしとなりました。爾来こけしとの関わりが始まりました。
 謙次郎工人は大正7年11月17日謙蔵の二男として作並に生を受け、昭和5年から父に就き木地を修行し、翌年、こけしや玩具を製作する。兄弟弟子には兄の多蔵、翌年応召、16年帰郷、謙次郎名義でこけしを製作する。17年結婚、以降こけしや玩具を専門に製作する。30年には動力ロクロを導入し木地が変化する。
 43年、長男謙蔵の後継者として教えを忠実に伝承し、戦前の作品は謙蔵の作と見紛う。上瞼が極端に曲がり、両端が下側に垂れ下がる。戦前作は特殊な情味があると云われている。戦後の作品は新型の影響が多く表れてくる。瞼の曲がりはなくなり、鼻は小さく、両鬢も短くなる。戦前作とは同一工人の作とは思えない程表情は甘くなる。以後作柄に大きな変化は見られない。
 写真の右側は13年作、鹿間時夫著「こけし・人・風土」掲載の謙蔵作とされたもの。緊張感が表情に漂う。写真の中側は30年作。写真左側は54年作、前述の我が家の第一号こけし。工房で謙次郎工人から作り立てを手渡しされた思い出深い、めんこいこけしです。
 5年前、山寺のこけし供養祭に参加の折工房にお邪魔しましたが、黙々とロクロ挽きに余念なく一日100本を目標とされているとのことでした。疲れると野菜畑や花畑の世話で気分転換をし、間違って奥さんの花の芽を摘んで叱られた等のエピソードも楽しい思い出です。
 3年半前、転倒による大腿骨の骨折の折も驚異的な精神力でリハビリに励み見事に復帰をされたとの由です。
 伝統工芸士、宮城の名工、平成6年には叙勲と作並の嫡流としてその伝統を守り抜かれました。後は輝幸さんがバトンを繋ぎ頑張っています。ご安心下さい。謙次郎さん本当にお疲れさまでした。合掌。

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 『こけし手帖』平成24年4月号より。
 「北山賢一工人二度目の知事賞獲得」こけし友の会・沼倉孝彦氏より。
 第36回秋田県こけし展が2月11日〜12日の二日間行われた。数年前から犬っこ祭り会場により近い湯沢生涯学習センターで行われるようになり、来場者数も目に見えて増加した。その傾向は今年も維持され、多数のこけしファンや観光客が会場を訪れた。
 今回は高橋久宗、小野寺正徳、中川徳三郎、小椋利亮の四工人が諸事情で出展出来なかったものの、出展各工人ともに出品本数を増やすなど努力、また、小椋英二工人も新たに加わるなど、全17工人の作品が展示スペースにところ狭しと並んだ。
 こけし展の主要部門の一つでああるコンクールでは、北山賢一工人の米吉型が秋田県知事賞を獲得した。表彰式の審査講評で「北山工人ここ十年来で最高の出来」と評されたものである。
 北山賢一工人は、これまで米吉への没頭や久四郎への傾倒など、その都度作風を極めた時期が何度かあったが、今回はまた作風が穏やかに大きく変化した。これが、伝統こけしに必ずしも精通している訳ではない(と思える)審査員も含め、審査で多くの共感を呼んだようで県知事賞という頂点を極めるに至った。最高賞受賞は第11回以来、実に25年ぶりのことである。
 参加工人の減少もあって二日間の総売上を懸念したのだが、終了後の会で昨年より上回ったと報告を受け、昨年から実行委員会を重ねてこけし展に向けて準備して来たことや、三日間の皆の努力が最後に報われた思いがした。これも各こけし会の例会やHPでのご紹介もあってなし得た事であり、感謝の念にたえない。 
 来年度は市役所本庁舎の建て替え工事が始まることになっており、犬っこまつりは市の中心部から多少外れた場所での開催が予想されている。この近辺にはこけし展を開催できるような施設はなく、こけし展も開催時期や会場など再考を迫られている。何れ、市のこけし展補助事業は継続される予定なので、各位のご意見を伺いながら、工人会中心に我々スタッフ一丸となって、次回の成功に向け鋭意努力したい所存である。以上。

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「善吉とその写し」

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 『こけし手帖』平成24年6月 617号「例会ギャラリー」より。
 2年程前、インターネットのオークションに橘(木計子洞)頒布のこけしが纏めて出品されたことがあり、その中に大中小三本の善吉こけしがあった。
 善吉こけしを持つことなど夢のまた夢と思っていたが、目前にこのようなチャンスが現れると、蒐集欲が掻き立てられ、幸運も重なってこの三本を一遍に手にすることが出来た。木形子洞頒布の善吉は昭和7年に当たり善吉は中期の作で、評価の高い目の大きな迫力のある表情ではなく、やや寂しげな憂いを持った表情が特徴である。
 だがこうして三本を並べて見ると、小は元気でやんちゃな幼子を、中は初々しい乙女を、大は二人の子供を優しく見守る母親のように思えてしまう。
 それは昭和初期の東北の家庭そのものであり、見ている内にその時代にタイムスリップしてしまうようである。 
 一昨年暮れ、山河の響きの会の東京展で上京した荒川洋一さんに、この三本の写しをお願いした(写真◆法0貲余りを要して出来上がった善吉の面影を再現してくれた。面倒なお願いを引き受けて頂いた洋一さんに感謝したい。
 写真,倭欝箸海韻靴任后写真△詫琉譴気鵑料欝伴未靴里海韻靴任后
 以上。「例会ギャラリー」 こけし友の会・国府田恵一氏著。

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 『こけし手帖』平成24年7月 618号「例会ギャラリー」より。
 今回は先月のひやねの一金会に持ち寄った南部系の佐々木与始郎のこけしを紹介したい。
 予始郎は明治19年生まれ、南部系の代表的工人であり、志戸平、横川目で木地挽きを行った。描彩は妻センである。初期の作は「こけし這子の話」、「日本郷土玩具東の部」に掲載されているが、、、、
 写真の右側のこけしはこの時期のもので武井武雄氏蔵と同じ昭和3年頃の作と思われる。頭が極端に大きく胴よりもかなり太い。破格のバランスである。面描は筆太で素朴。古い南部の味わいを良く表している。頭飾りが全く描かれない簡素な描彩である。富士額で鬢が後ろにはねる様式は古い与始郎の特徴である。
 写真の左側は昭和5年頃、横川目移住前後の作であろう。胴の形態すっきりしてバランスが良い。面描は細くなって鋭さを増す。眼と鼻の間隔が広く、きつい印象を緩和して情味を豊かにしている。鬢は写真右側と異なり後ろにはねない。いわゆるピーク期の味を持ったこけしと言えよう。
 与始郎の年代変化はかなり顕著でこの後の木形子洞頒布、昭和十年代のこけしもそれぞれ特色のあるこけしである。また、戦後覚平木地セン描彩の中にも面白いものがある。
 以上。「例会ギャラリー」こけし友の会・鈴木康郎氏著。

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