ずっと噴水が好きだった

明治、大正、昭和。公園、街角、博覧会。戦前日本の噴水事情を気ままに探索中。なんだかんだで続いてます。ビバ噴水!

庭園の噴水

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噴水と叙述トリック

 まずはクイズを1問。これはある場所の観光絵葉書セットの外袋である。■で隠された言葉は何?
 
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 さて、今回のテーマは「噴水と叙述トリック」である。ミステリー小説の世界に「叙述トリック」という言葉がある。文章で巧みに読者を誘導し、読者の思い込みを手玉に取るトリックだ。「女性を男性と思わせる」「日本で起きた出来事を海外での出来事と思わせる」というように、「信」の風景と「真」の風景に落差があればある程、トリックは魅力的なものになる。
 
 昭和34年(1959)11月19日付の『読売新聞』夕刊(都民版)に「上野の山に"大噴水" 都が計画」という記事が載った。3年後の昭和37年(1962)にお披露目される、上野公園の大噴水の設置計画を報じた記事だ。
 
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現在の上野公園の大噴水
 
 日本一の規模、いや、パリやローマの噴水に引けを取らない世界有数の規模の噴水を目指すという、最後のくだりで目が留まった。
 
 問題の大噴水は大きさ、噴水口の数、ふき出す水の型、水そう(ベイスン)のデザインなどあらゆる点から日本一と自慢できるものを計画。面積は五百三十平方メートル、直径三十六メートル、ふきあげる水の高さは最高三十メートル、噴水口約百本、水の型十六通り。彫刻を加えるかどうか研究中。夜間には電光で照明、着色し水模様をくっきりとうき出させるという。
 現在日本にある噴水では国会図書館裏庭の直径十メートルのものが大きさでは一番だが、この三倍以上もあり、規模からいってもパリ、ローマにあるものと比べてヒケをとらないという。なお、庭園改造は来年四月から着手、年末までに完成の予定。
 
 現在日本にある噴水では国会図書館裏庭の直径十メートルのものが大きさでは一番―――。
 
 はて、国会図書館にそんな大きな噴水があっただろうか。足しげく通っているが、そんな噴水の記憶は全くない。灯台もと暗しという奴か。パンフレットを見返す。やはり噴水はない。そもそも「裏庭」というのはどこのことだろう。庭らしい庭もないが、建物を増築したときにでも埋めてしまったのだろうか。それにしても、それだけの噴水があれば、館史のどこかに書かれていそうなものだが、それも見つからない。さっぱり見当がつかない。謎だ。
 
 こうして私は騙された。勝手に騙されんなよという声もあろうが、見事な叙述トリックである。強引?
 
 
 さて、ここでクイズに戻ろう。賢明な読者諸氏はとうにお気づきだろう。■に入る言葉は何か。隠された7文字は「国立国会図書館」である。この建物は旧赤坂離宮。現在は「迎賓館」と呼ばれる宮殿である。
 
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 昭和23年(1948)2月9日に公布・施行された「国立国会図書館法」を受けて、同年6月5日、国立国会図書館が開館した。ただし、永田町にではなく四谷にである。当時はまだ、現在の国会図書館の建物はなく、旧赤坂離宮に間借りすることになった。国会図書館の居候は、その後、昭和36年(1961)5月15日まで続く。
 
 つまり、昭和34年の『読売新聞』が国会図書館の噴水と呼んでいたのは、迎賓館の大噴水のことである。「国立国会図書館絵葉書」セットの外袋には、「旧赤坂離宮」という文字の辺りにこの大噴水が映っている。なるほど、日本一の大噴水。永田町の国会図書館の中庭に噴水が見えた私は、時空を超えて読売新聞の記者が意図せず仕掛けた叙述トリックの風景を見ていたのである!強引?
 
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 ついでに、旧赤坂離宮時代の国会図書館のことにもう少し触れておこう。建物は豪華でもしょせん、宮殿は宮殿。壁が不必要に厚い。行けども行けども続く回廊。図書館に転用するのは、やはり無理があったようで、有効利用できるスペースは書庫と事務室で奪い合いとなったという。
 
 この壮麗な由緒ある大建築こそわが国文化の殿堂として世界にほこる文化国家の基礎となり源泉となるべき国立国会図書館の象徴であるかのように思われたのであった。
 
 という評価も、しまいには自ら、「書庫のない図書館といつてもいいすぎではない始末」、「図書館としては最悪の条件」(『新建築をまつ国立国会図書館』、昭和31年)と修正せざるを得なかった。
 
 戦後の一時期、曲がりなりにも「文化の殿堂」として国民に開放された旧赤坂離宮から、国民が締め出されて久しい。庶民がこの大噴水を観たいと思えば、頼れるのは己のくじ運だけである。今年の迎賓館参観申込の抽選結果がまもなく発表。ある意味、究極の平等主義、民主主義だ―――なんて、うそぶくのも悪くないが、とりあえず一回ぐらい当たってくれよという話である。

大倉喜八郎邸の噴水

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 明治の実業家、大倉喜八郎が赤坂葵町の私邸(現在はホテルオークラ東京)に設けた蓮の噴水である。

 『風俗画報』の写真では「蓮」と判らなかったが、雑誌『太陽』第14巻2号(明治41年2月1日)掲載のお宅拝見記事「大倉喜八郎邸概観」によれば、「池の蓮花の紅色緑色をなせしものを作りし」とある。円い池の中央に蓮の葉を模した大小四枚の水盤を、高さを変えて互い違いに配し、蓮の実からの噴水を受ける仕掛けとなっている。

 邸内には「其数二千五百何十種に達して居る」という多くの仏像を集めた美術館があった。また、庭園には「中央稍々高き所に金色眩き支那佛を安置せる」とあり、蓮の噴水はこうした仏教趣味を受けてデザインされたのではないだろうか。

 『太陽』の評者は金色の仏像然り、蓮の噴水然り、「甚だ以て俗である」と酷評するが、某紙が「個人の庭園などにも随分噴水はあるが装置のすぐれたものとして挙ぐべきは麹町葵町の大倉邸のものと芝高輪の渡邊伯邸のであろう」と評したように、類例のない造形の面白さを推したい。
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 広島県物産陳列館、現在は「原爆ドーム」の名で知られる建物の脇にあった噴水です。

 雑誌『建築世界』9巻6号(大正4年6月)に掲載された「広島県物産陳列館噴水設計図」というヤン・レツルの設計図面でしか見たことがなく、稼働中の姿は初めて目にしました。

 中央の柱を取り囲む6本の柱からは中央の水盤に向かって水が噴き出し、中央の八角形の柱と水盤からは池に向かって水が落ちるという仕掛けです。柱には風変わりなデザインの面が取り付けられ、その口から水を吐いています。

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