エボのメモ帳

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり)

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戦後、疎開先の田舎町(人口は1万人程度)にも映画館が1館あった。阿知須劇場と言ったろうか。椅子は一つもなく、人々は、筵をひいた板敷きの床に座り込んで、映画を観ていた。冷暖房は一切なく、冬は寒さに震え、夏は暑さにぐったりしながら映画を観たようだ。上映される映画は、「鞍馬天狗」とか、「ターザン」位しか記憶にない。小学校の厳しい規制もあり、我が家の経済事情もありで、小学生の私は、この映画館で映画を観た記憶がない。ところが、夏休みに入ると、何故だかは分からなかったが、小学校の校庭で映画鑑賞会が行われた。映画は無料で、誰でも観賞できた。もちろんモノクロ映画で、画面には白色の雨が多数走っていた。「鞍馬天狗」を観たのだろうか、それとも「鍋島騒動」を観たのだろうか。襲い掛かる蚊と戦いながら観たのを覚えている。
小学校を卒業すると、京都市内に移り住んだ。疎開先で味わった抑うつ感もなく、開放感に満ちた毎日であった。母親は、毎週のように新京極の映画館に連れて行ってくれた。ディズニー映画を良く観た。また、「野薔薇」とか「サウンドオブミュージック」といった音楽映画も多かった。
中学校2年生の終わり頃、大阪市内の中学校に転校した。その後、長い間映画を観ていない。唯一、記憶に残っているのは高校3年生の3学期に、大阪梅田で「黒いオルフェ」を観賞したことだ。残念なことに映画の内容を理解できなかった。その後、長い映画鑑賞休止期を経て、西部劇に嵌まってしまった。特にマカロニウエスタンを好んで観た。また、戦争映画を良く観たものだ。そして再び長い休止期があり、今日に至っている。

添付の写真は、ヘメロカリスである。本文とは関係ない。

以上


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