エボのメモ帳

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり)

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遠い、遠い昔の思い出である。終戦間際に神戸市から山口県の小さな町に疎開した我が家族は、多くの物を失い、所謂筍生活の苦しい経済状況にあった。母は家族を守るため、内職に励まざるを得ず、毎日夜遅くまで洋服や和服の仕立てをしていた。洋服の仕立てには、ミシンを使うが、そのミシンは神戸から運んだ米国製のシンガー・ミシン(Singar Sewing Machine)だった。勿論、足踏み式で、カタカタカタと単調な音を立てていた。いつも母の仕事を見ていたので、自然とミシンの操作を覚え、小学校の宿題に雑巾を作ったのを覚えている。ある時、「(中学校を卒業したら)仕立て職人になろうかな」と母に言うと、「学校ぐらい出ていないと将来困るよ」と諭された。そう言う母は、忙しさのためか、学校には一度も顔を出さず、止むを得ない場合には姉が代理をしてくれた。6年生の夏休みの最終日、母が「宿題は終わったのかねえ。宿題ぐらい終わったとかないと恥をかくよ」と呟いた。これを聞いて9月1日の始業式から帰って、漢字の書き取りと夏休みのドリルを終え、近所の遊び仲間に手伝ってもらって長さ30cm程の「戦艦大和」(木製)を完成させ、学校に提出したのを覚えている。母が亡くなって久しく、親孝行もしなかったことを申し訳ない気持ちで一杯である。やはり、初心通り仕立て職人になるべきだったのだろうか・・・。
添付の写真は、本文とは全く関係ない。

以上

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こんにちはー
〜御苦労をなされたんですね・・・(;・∀・)

拝読致しまして、「親孝行したい時には・・・」の言葉を思い出し、胸にくるモノがございます。
まだ自分の母は(いろいろありますが)健在ですので、何ができるか・・・ちょっと反省です・・・

2018/1/30(火) 午前 11:27 オレココ

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オレここ 様
コメントを有難うございました。10歳以上も年上の姉や兄達もすでに他界し、独り取り残されてしまったな、というのが実感です。To be, or not to be, that is the question. の心境です。今後とも宜しくお願い致します。

2018/1/30(火) 午後 0:18 [ エボのメモ帳 ]


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