エボのメモ帳

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり)

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

遠い、遠い昔の思い出である。終戦間際に神戸市から山口県の小さな町に疎開した我が家族は、多くの物を失い、所謂筍生活の苦しい経済状況にあった。母は家族を守るため、内職に励まざるを得ず、毎日夜遅くまで洋服や和服の仕立てをしていた。洋服の仕立てには、ミシンを使うが、そのミシンは神戸から運んだ米国製のシンガー・ミシン(Singar Sewing Machine)だった。勿論、足踏み式で、カタカタカタと単調な音を立てていた。いつも母の仕事を見ていたので、自然とミシンの操作を覚え、小学校の宿題に雑巾を作ったのを覚えている。ある時、「(中学校を卒業したら)仕立て職人になろうかな」と母に言うと、「学校ぐらい出ていないと将来困るよ」と諭された。そう言う母は、忙しさのためか、学校には一度も顔を出さず、止むを得ない場合には姉が代理をしてくれた。6年生の夏休みの最終日、母が「宿題は終わったのかねえ。宿題ぐらい終わったとかないと恥をかくよ」と呟いた。これを聞いて9月1日の始業式から帰って、漢字の書き取りと夏休みのドリルを終え、近所の遊び仲間に手伝ってもらって長さ30cm程の「戦艦大和」(木製)を完成させ、学校に提出したのを覚えている。母が亡くなって久しく、親孝行もしなかったことを申し訳ない気持ちで一杯である。やはり、初心通り仕立て職人になるべきだったのだろうか・・・。
添付の写真は、本文とは全く関係ない。

以上

全1ページ

[1]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事