エボのメモ帳

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり)

懐旧

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添付写真は、京都市左京区田中高原町の高原橋から疎水を撮ったものである。この疎水は、多分蹴上の方から流れてくるのであろう。川幅は3mぐらいで、水深は10cmもあろうか。その昔、昭和30年頃にはこの流れを利用して友禅染の晒しが行われていた。当時の流れは現在よりも水量が豊富で、モロコが群れていたものだ。高原橋のすぐ脇に晒しを終えた友禅を自然風で乾燥させるための櫓があり、そこから吊り下げられた色とりどりの友禅がひらひらと翻っていた。染め自体は、高野に近いところの染色工場で行われていた。学校帰りのひと時、工場の窓から染色工程を飽かずに眺めたものだ。職人さんが染めの型紙を張った木枠を器用に移動させ、ローラーで赤、青、紫などの染料を木綿布に染め上げていく。この後の工程は定かでないが、最後は蒸しの工程、水洗いの工程を経て晒しの工程に到るのであろう。

当時の高野川でも友禅染の晒しが行われていた。それも現在は見られないと思う。河川が汚染されるという理由かも知れない。染色工場は京都染工といったと思うが、それも今やなく車販売の会社に変身していた。懐かしき京都の点景がまたひとつ失われ、寂しい限りである。

友禅染の工程は、http://homepage2.nifty.com/katazome/に詳しい。

(参考図書)
   丸山伸彦「日本の染織5 友禅染」京都書院

以上

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百万遍から高野にかけての東大路通りの面影は、昭和30年頃から左程変わったようには見えない。田中関田町にあった田中公設市場がスーパーマーケットに、また高野付近の広大な鐘紡工場が集合住宅に変身したのが目立つ。これとて半世紀という長い時間を考えると大した事ではない。市電が廃されて久しいが、当時は市電と叡電(京福電鉄叡山線)は元田中で平面交差していた。故に、この地点を叡電交差と言った。ここから田中高原町に向かって叡電沿いに歩いた。懐かしい道である。周りの風情もほとんど変わっていない。添付写真は、現在の叡山電車である。往時は京都市電によく似た色合いの電車が集電ポールを振りかざして走っていた。次の駅、茶山駅もそのままだ。踏み切りでカーン、カーン、カーン、カーンと鳴る警報音も全く同じだ。目を閉じると、半世紀前の出来事・風景がまるで実体験をしているように思い出される。色即是空なのか空即是色なのかは分からない。過ぎ去った日々が懐かしいのである。

線路沿いに京都市立養徳小学校がある。中学1年の夏、この小学校の校庭にテント小屋が建ち、その中で人形劇を観た。「マティー物語」という人形劇で、非常に感動したのを覚えている。どんな物語か、その内容は全く思い出せないが、劇中に繰り返し歌われていたメロディーは今でも記憶が鮮明だ。”緑の森のかなたで。ラーリーラリー、ラーリーラリー”の繰り返しである。

以上

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過日、秋晴れの下、ぶらりと京都を訪れた。先ず国立京都博物館で開催中の「狩野永徳展」を鑑賞した。鑑賞したといっても理解できたわけではない。展示室が薄暗かったせいか、豪華絢爛たる「洛中洛外図屏風」も暗いイメージしか残っていない。次いで三十三間堂を初めて拝観した。これは国宝がずらりと並び圧巻であった。

京都訪問の目的が中学時代を過ごした京都を懐かしむことにあったので、三十三間堂から市バスに乗って百万遍〜高原町〜高野に向かった。添付の写真は、百万遍知恩寺の釈迦堂である。ここは、日暮れ時までローラースケートに興じたことがある。京都大学理学部の道路上でガラガラとやっていたのであるが、大学の関係者にじろりと睨まれ、知恩寺に場所を移したのである。ここでもガラガラとやったが、叱られることもなかった。のどかな時代だったと思う。この釈迦堂の由緒をメモとして残す。

<釈迦堂>
元は上京区今出川通り(御所の北側)相国寺の北辺にあり、永徳二年(1382)相国寺造営に際し、一条小川辺り(御所の西・堀川の東)に移され、応仁の乱に罹災する。その後も天文法華の乱や、火災で度々焼失し、寛文二年現在地に再移転され、同四年に本堂または祈祷堂と称して建立され、後柏原天皇の宸翰「知恩寺」の扁額を掲げられる。
慈覚大師の草創にして釈迦像の安置された釈迦堂で、当初は京都三大釈迦堂の一つ「今出川釈迦堂」として信仰を集めた。また知恩寺が神宮寺と称されていた頃からの本尊である。
この堂の空間構成は、床を瓦四半敷とし、入側柱筋を周囲一間通りに設け、内側天井を鏡天井、入側の天井を化粧屋根裏としており、禅宗様仏殿を強く意識した建築となっている。中世京都において、浄土宗寺院の中心堂宇としては、むしろこの様な禅宗様仏殿であったと考えられる。
知恩寺釈迦堂はこのような中世京都浄土宗寺院の中心堂宇の面影を残し、貴重な遺構である。それと共に、十七世紀中葉の意匠をよく著し、まとめられており、当時を代表する仏堂と言える。
なお、来迎壁前面には蓮華や天女が、来迎壁後面には十六羅漢像が描かれており、「唯心菴専譽傳傳故謹筆」と記されている。この人物は、金戒光明寺にある阿弥陀堂天井画も描いている。

                                     大本山百万遍知恩寺

以上

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昨日、アサヒビール吹田工場で開催中の”秋のビアフェスティバル プロースト!”に出かけた。前日入手したチラシにドイツビールのレーベンブロイがグラス3杯まで無料試飲できるとあったからである。ゲストハウスでの試飲会に先立ち、約一時間の工場見学(Factory Tour)で、/疆長場がアサヒビールの発祥地であり、規模としては9工場の2番目、▲咫璽詒姐擇北鵤噂鬼屐⊇論に約2ヵ月を要する、C蔵タンク(500キロリットル)が160基、このタンク1基のビールを一人で飲み干す(350ミリリットル缶で)には約4000年もかかる、ど啜佑畭度は1分間に約600本、缶詰め速度は同1500缶、などと新しい知見を得た。といっても説明をメモしたわけでなく、聞き間違いや記憶違いもあると思う。とにかくこれだけの量のビールの生産に160人(+500人)の人員で行っている由に感激した。

レーベンブロイ(LOWENBRAU、OとAはドイツ文字にすべきだが)に多少の思い入れあるいは感傷があるのはその昔、米国イリノイ州の田舎町で暮らした時、貧しい生活の中から唯一の贅沢として、毎金曜日に中華料理店でこのビールを楽しんだからである。淡白なバッドワイザーも良いが、深い味わいのレーベンブロイは最高だ。

この催しは、9/24(祝)までで、事前に申し込む必要あり。(TEL:06−6388−1943)

以上

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遠い昔の話である。昭和20年代の後半で、戦後の貧しさが色濃く残っていたように記憶する。現代とは違い、遊び道具や設備がほとんど無かった時代である。子ども達は、お金のかからない遊びを工夫していたものだ。

私も疎開先の山口県の阿知須町でいろんな遊びを工夫した。その一つに、カニ捕りがある。梅雨の頃だったと思うが、町中にある小さな神社(最近になって恵比須神社ということを知った)の石垣に赤黒いカニが数匹歩いているのを見つけた。どこから来たのかはわからない。近づくと素早く石垣の隙間に逃げ込む。隠れて見ていると、そろそろと隙間から出てくる。捕まえようとして駆け寄ると、素早く逃げてしまう。三つ子の魂というか、私の悪魔的残虐性が目覚めた。よし、明日こそはどんなことをしても捕まえてやろう! その日の内に、捕鯨銃もどきのカニ捕獲銃を製作した。銃身には女竹をスリット加工したものを使い、銃把はみかん箱の板、銛(もり)は自転車の車輪を構成しているスポークを用いた。銛を飛ばす動力源はパチンコ用の強力虫ゴムだ。
翌日、下校後に神社に駆けつけた。いるいる、カニ達が。早速狙いをつけて発射した。当たらない。私の一射に驚いて、カニ達は一斉に石垣の隙間に逃げ込んで再び出てこようとしない。業を煮やして、私は隙間のカニに銛を発射した。命中!! 引きずり出したカニを見ると、甲羅が怒っているような、また泣いているように見えて、とてもこの遊びは続けられないと思った。あまりにかわいそうだ。
このカニが赤かったことと神社に住み着いていたことから、最近までヘイケガニだと信じていた。図書館で調べると、ヘイケガニはもっと小さくて深い海底に生息しているという。なお調べると、アカテガニかベンケイガニらしい。物語性を重視して、ベンケイガニということで納得することにした。因みにゲンジガニは存在しないらしい。
カニの命を絶つというような行為、すなわち "irereversible process"(非可逆過程)のボタンを押す行為は絶対にすべきではない。

<ベンケイガニ>
甲殻綱十脚目イワガニ科の甲殻類。東京湾から韓国、中国を経てインドまで分布し、河口付近の湿地に住むが、ほとんど陸上生活をし、幼生を海に放つとき以外は海水に漬からない。甲幅3cmほどで、一様に朱赤褐色。甲はわずかに横長の四角形で、甲の側縁はむしろ後方が開く。甲面は弱く盛り上がり、額域が下を向く。前側縁は眼窩外歯の後方に深い切れ込みを一つもつ。はさみ脚は大きく、掌部、可動指とも滑らか。名の由来はよくわからない。雑食性で、魚の死体や草などを食べる。夏に産卵する。

(参考図書)
  「大百科事典」平凡社
  「水の生き物」学習研究社

以上


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