エボのメモ帳

Je pense, donc je suis.(我思う、故に我あり)

懐旧

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もう50年も昔、私が大阪市立A中学校の3年生に進級したある日のことである。校庭の片隅にあった鉄棒のところで同じクラスのN・Yさんが話しかけてきた。彼はいつも陽気で、意見もはっきり述べ、かつみんなをまとめるのに長けていた。
彼:「お前、進学するのか」
私:「うん」
彼:「俺な、アリモセン大学に行くんや」
私:「エッ、どこにあるんや」
彼:「長崎にあるんや」
これだけの会話であったが、今も忘れることのできない強烈な印象が残った。なぜか?その理由の一つに彼の言った「アリモセン大学」がある。当時の私は、単純に、高校を出て「アリモセン」という長崎の大学に入るのだと理解したが、現実は違っていた。彼は高校へ進学せず、A中学校を卒業すると同時にある団体に所属し、楽隊でラッパを吹き活躍していると風の便りで知った。その後彼には一度も会っていない。

人生のごく短い期間に出会った彼を忘れられないのは、クラス替えになって初めて彼を見た時、あっ、彼は初対面ではない、今までにどこかで会っているはずだ、と直感したからである。私は小学校を卒業するまで山口県の小さな町で過ごし、その後京都の中学校に入学し、大阪市のA中学校に転校したのであって、いくら振り返ってみても彼、あるいは彼に似た人物と接触した事実はなかったのである。分らぬまま数十年を経た現在、どうもこれは既視感というものらしいと分ってきた。平凡社の大百科事典によると、既視感は次のように説明されている。

[既視感]
既視感とは今までに見たことのない情景を前にして<以前すでにこの情景を見たことがある>という感じを抱く心的体験で、デジャ・ビュともいう。同類の<すでに体験したことがある>という既体験感と結びつくことが多い。記憶の再認障害に関係があるとされ、正常人にも一過性に見られることがあるが、多くは精神障害の際に現れる症状である。

もしかしたら前世で出会ったのかも知れないと運命論者になりかけたが、どうやら単なる記憶の再認障害らしくがっかりしているところである。

添付の写真は、本題とはまったく関係の無いものである。

以上

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