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東北沖で起きた未曾有の大地震によって、大阪でも多くのイベントの自粛・中止が続いています。
中止になったまち歩きイベントも多く、今の日本の状態を考えればそれも当然のことと思っていました。
4月に予定していた 「どっぷりみなと欲張りツアー第3弾」 についても、開催するかどうか、と話し合いをしたのですが、予定通り開催することとなりました。
コラボでまち歩きをしている港区のフリーペーパー『みなとQ』 さんも、私も、何か自分達にできる事を通して少しでも被災地の方々に協力が出来れば、という思いがあった、いうことと、今回のまち歩きはもともと地球環境に貢献している港区の企業を回る内容だったので、一緒に環境問題や災害対策を考えていけたら、と思ったからです。
今回のまち歩きの参加費、および参加者の皆さん・企業さんから頂いた寄付金は『みなとQ』から被災地に送らせていただきます。ご協力いただきました皆さん、ありがとうございました。
ということで、久々の活動再開です。
小春日和のなか、どっぷりみなと欲張りツアー 第3弾を開催しました!
まず最初に立ち寄ったのは福崎にある㈱大阪木材相互市場さんです。
大阪が木材市場発祥の地、だということはご存じの方多いかと思いますが、ここにこんなに大きな木材市場があることは港区内でも意外と知られていないようです。
広大な敷地には杉やヒノキをはじめ、たくさんの種類の木材が並んでいます!
まさに天然のアロマ。い〜い香りです♪
こちらが木材市場内にある木造耐震モデルルーム、ウッド住まいる館です。
家中を全て耐震補強するのはお金がかかりますが、こちらは家の中にシェルターのように地震でつぶれない部屋を一つ作り、そこに避難しようというものです。月に一度オープンハウスもしていますよ。
国産杉のの間伐財を使うことで、荒れる一方の日本の森林保護に貢献しようと同社が開発したものです。
花粉症がここまで増えたのも、戦後材木の需要が増えどんどん植林したのに、安い外材を使うことが増え、国内の杉などが増えすぎたたことも一因になっているそうです。
この日はお天気にも恵まれ気持ちよく歩けました。
随所に桜の見所がある港区の中でも屈指の桜の名所、港市岡公園でみんなでお花見♪ハイ、ポーズ
次のスポットは前田機械㈱さんです。
創業明治26年という老舗の金属加工会社ですが、CO2削減に貢献しようと、平成21年、中小企業では世界で初めて、本社工場・駐車場の全照明LED化を実現しました。
この日はLEDの企画・販売もしている同社の展示コーナーでLEDと発電・節電に関するお話をクイズを交えて楽しくお伺いしました。
原発問題や停電などのニュースで電力問題に興味が集まっている中、お子さんも真剣に聞き入っていました。最後はLED電球などが当たるじゃんけん大会で大盛り上がりでしたよ〜
次は皆さんおまちかねのランチタイムです♪
今回は焼肉レストラン朝の国さんに立ち寄りました。
この日は、ビビンバと、新作ユッケジャンラーメン・韓国味噌ラーメンをイベント特別価格でご提供いただきました♪
辛いもの大好きな私はユッケジャンラーメンを頂きました。
コクがあるスープの甘みと唐辛子の辛さが絶妙にからんでほんと!美味しかったです♪ スープも全て完食
ここで、店長とスタッフの方が家で手軽ににできるサラダキムチの作り方を実演してくれました。ほんとに簡単で美味しかったです!
こちらはサラダキムチ・・・ではなく、店長自ら漬け込む本格キムチ。
こちらも特別価格で販売してもらいました。
夕飯はキムチに白ご飯・・・だけでも十分満足かも
今回もよく歩き皆さんと色々お話して楽しかったです。
参加者の皆さん、ありがとうございました。
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関西下町探索会K2ファクトリーというのは私とだんなでやっているまち歩きガイドユニットですが、HPアドレスが変わりました→http://hw001.spaaqs.ne.jp/eito58716/
12月11日の土曜日、ラジオ大阪の「出発進行!うめじゅんです」という番組の企画で、うめじゅんさんと抽選で選ばれた16名のリスナーの方々と一緒に新世界のまち歩きをしまし
た。今回は大阪あそ歩のガイドとしての参加です。
明治36年に開かれた第五回内国勧業博覧会は現在の天王寺駅から四天王寺、そして新世界のあたりまで約11万4千坪の広大な敷地で開催されました。その跡地の一部に明治45年、通天閣をはじめ、ルナパークという遊園施設、数々の大衆演劇場などの集まる新世界が作られます。
その新世界誕生と同時期に、商売繁盛や新世界の繁栄を願って作られたのがこちらの新世界稲荷です。こちらの境内には無料でできるルーレット式のおみくじがあって、最近ではカップルで訪れる方も見られます。今回の参加者の皆さんは、100人以上の応募者の中から選ばれたとあって強運の持ち主が多いらしく、大吉が続出でメチャ盛り上がっていましたよ〜〜
明治45年に作られた初代通天閣は、昭和18年に直下の映画館の火災で強度不足となり、軍用鉄材として解体されてしまいました。現在の二代目通天閣は昭和31年に完成したものです。上のライトの色で次の日の天気を知らせています。
さて、ここで問題です。通天閣のライトの白は晴れ。赤が曇り。青が雨。では、雪は何色でしょうか〜
じゃんじゃん横丁を南に抜けると山王町に出ます。この付近が、直木賞作家・難波利三先生の小説で有名になった「てんのじ村」です。最盛期には300人以上もの芸人が集住していたという世界でも珍しい場所です。しかし、ラジオやテレビができて有名になった芸人さんがてんのじ村から出ていったり、阪神高速松原船の建設や再開発によって取り壊され、今では当時の面影はほとんど残っていません。
そのなかで、てんのじ村最後の芸人さんといわれている浪花歌笑先生のお話をお伺いしました。歌笑先生は浪曲を生んだ浪花伊助先生の家系に生まれ、浪曲ミュージカルなど新しい分野の研究、開拓にも力を入れられています。
うめじゅんさんのトークで大盛り上がりしたまち歩きも終わりに近づき、みんなで通天閣をバックに、はい、ポーズ
うめじゅんさんも参加者の方々もとっても素敵な方ばかりでほんと楽しい思い出になりました♪
このときの様子は12月30日(木)の朝8時5分から8時20分ころラジオ大阪で放送予定で〜す
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11月21日にコミュニティ協会さんと大阪市主催の「大阪新町・堀江今昔ものがたり〜未来へ繋がる大阪発見ウォーク」のガイドを私たち関西下町探索会K2ファクトリーで務めさせていただきました〜〜。今回はいつもよりも大人数のまち歩き、総勢44名様を私と旦那の二班に分かれてご案内させていただきました。
このときの様子が11月27日土曜12時30分から、ラジオ大阪さんの「ピピっとおおさか大発見!」で放送されます♪http://radiko.jp でも聞いていただけます。
今回は、福島区歌体操ボランティアグループの「ふじの花」さんのご指導のもと、楽しい準備体操をして、身も心もほぐしてからしゅぱ〜つ♪
大阪市西区の新町には、日本で最初の幕府公認の遊郭、新町遊郭がありました。
京の島原、江戸の吉原遊郭と並び日本三大遊郭と呼ばれました。
遊郭は「廓〜くるわ〜」とも呼ばれますが、これはもともと「曲輪」からきた言葉です。字の通り、遊郭は周りを高い塀でぐるっと囲まれ外の世界とは隔離された世界でした。江戸の吉原遊郭には門がひとつしかなかったと言うのは有名な話です。新町遊郭も、最初西大門しかなかったのが、東大門が作られ、東の大門を出たところにあった西横堀川には新町橋という橋がかけられ、心斎橋に向けてたくさんの市が立ち並びました。これが現在の心斎橋の賑わいを作る基盤となったとも言われています。また、吉原では早にく廃れてしまった揚屋制度(太夫など格の高い遊女を大きな座敷に呼んで芸などをさせる)も新町では長く続きました。これは大阪には裕福な商人が集まっており彼らをもてなすサロンが必要だったためです。このように新町遊郭は単に遊女さんと遊ぶ場所と言うだけでなく大阪の町を作るにあたって大切な役を担ってきたと言えます。
新町遊郭では失火が多く、火事のときだけ開く蛤御門も5つ設けられていました。
文化7年の失火では遊郭の大半が焼け落ちてしまいました。その後景気回復を狙って九軒町の揚屋、扇屋四郎兵衛が今の新町北公園のあたりからなにわ筋を西に超えたあたりまで桜を植えたのが始まりで新町遊郭にはたくさんの桜が植えられました。
近世に入ると、いわゆる売春行為に対する倫理的な反発などもおこり、新町の遊女たちも娼妓としてよりも、芸妓 として芸を売ることに力を入れ始めます。そこで対象11年に立てられたのが新町演舞場です。
ここは芸妓たちが踊りを披露する舞台でした。明治21年には角藤定憲がここで新派を立ち上げています。
現在は出版仲介行の大阪屋さんの社屋として、演舞場の一部を残した形で新町南公園の北側に建っています。
新町遊郭の遊女の最高位、太夫の中でももっとも有名なのが夕霧太夫です。
19歳の時に京の島原から扇屋が新町に移ってきたときに、一緒に新町に来ました。
当時大阪でも有名だった夕霧さんを一目見ようと、川筋は見物人で山のようになったとのことです。
井原西鶴も『好色一代男』のなかで太夫の品定め第一等に掲げるほどの女性でしたが、25歳の若さで病気のため亡くなります。
33回忌に近松門左衛門が書いた浄瑠璃『夕霧阿波鳴渡』は非常に有名です。
この夕霧太夫さんをモチーフにした夕霧もなか、そして北堀江のあみだ池大黒さんのおこし、南堀江の辻重庵さんのお茶を参加者の皆様に召し上がっていただきました。
夕霧もなかを作ってらっしゃるのは、新町で明治10年から営業されている老舗和菓子屋の廣井堂さんです。
一つ一つ本当に丁寧に作ってらっしゃいます。
こちらのあんこは甘さを抑えてあり混ざり物なし!なので、普通のあんこを食べないうちの息子も大好物です。
ラジオ放送では五代目ご主人のお話も聞けますよ♪
廣井堂: 大阪市西区新町1−17−8
06−6531−1610 |
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遅筆なうえに、パソコンも壊れてきてアップがだいぶ遅れましたが(汗)
11月14日の日曜日にコリアタウンの共生まつりに行ってきました。
凄い人で賑わっています。
お店もたっくさん出ていて、何を食べようか迷いますが・・・子供達もおなかが空いたと騒ぐので、まずはチゲを・・・いただきま〜す♪美味しいです
ちょっと暑くなってきたのでゆず茶をアイスでいただきました。
いつもホットで飲んでいたのですが、アイスもメッチャ美味しいです。ほとんど子供にとられてしまい、もういっぱい・・・
ゲストハウスなどもできて、ここ数年でコリアタウンはアメリカやヨーロッパからのお客様も本当に増えましたね!
なんかインターナショナルです。
私も焼肉頂きました。めっちゃやわらかいです♪
コリアタウン満喫した一日でした。
しか〜し、一番残念なのが・・・キムラーさんを見つけ出すことができなかったことです。
なにせ物凄い人で・・・
ちょっとパソコンが文字入力までおかしくなってきたので思うようにかけません・・・
パソコン見に行かないと〜〜
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昨日は「大阪あそ歩」 南堀江コースのご案内をしました。
私は「大阪あそ歩」でも、よく遊びに行くまちなど得意エリアを何コースか担当させていただいていますが、南堀江は私が住んでいるまちで、コースも一から自分自身で作ったものなので非常に愛着があるコースです。
そのコースに昨日はブログで知り合ったコリアタウンのキムラーさん がご参加くださいました。
10月24日のワンコリアフェスティバルなどの準備でお忙しいこの時期にご参加いただけるとは思ってもいなかったので、とっても嬉しかったです。
キムラーさんはブログを読んで想像していた以上にやさしくって素敵な方でしたよ
南堀江の立花通りは、今ではカフェと雑貨屋さんが建ち並んでいますが、明治時代から続く家具のまちなんです。全盛期には家具屋さんと建具屋さん、仏具屋さん、そして欄間屋さんあわせて100件近くあったそうです。今では欄間屋さんも2件ほどしか残っていませんが、この日は創業80年を越える山田ランマさんで、欄間を見ながら質疑応答型式でお話をお伺いしました。
皆さん熱心にご質問されてます。
南堀江公園の脇にひっそりと建てられた勧進相撲興業の地の碑です。
町人が勧進元となった相撲興行というのは大阪 ではじめた行われたということで、その興業地となったのがここ南堀江なのです。
最初に行われた相撲興行では、開かれたばかりの堀江新地を買った地主さんたちも勧進元となり、その興行収入の一部を土地の購入代金に充当したそうです。このときの10日間の興業収入は銀186貫目ということですから、約3千両、今で言うと訳億円くらいでしょうか?すごいですね
しかし、いわゆる大阪相撲の発祥の地がここだということなのですから、この碑ももう少し目立つところに設置してもいいのでは・・・?と思うのですが。。。かわいそうなくらい分かりにくい場所にあります
約2時間半歩いた後は南堀江4丁目にあるお茶屋さん辻重庵さんでお抹茶とお団子を召し上がっていただきながら、御歳92歳の材木屋さんの会長のお話を聞いていただいて、皆さんで交流していただきました。
今回も本当に楽しい方々にご参加いただき、私自身色々勉強させて頂きました。
皆さん本当にありがとうございました、お疲れ様でした♪
おまけ最近ではハロウィンが日本でもポピュラーな行事となってきましたが、お茶屋の辻重庵さんでこんな可愛らしい和三盆を発見!お茶菓子もいまどきになっていますね〜〜
でも、素材は上等な和三盆だそうでお味のほうもホント、美味しかったです!
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