Yokohama photograph picture book

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2011夏・箱根ガラスの森美術館〜後編


一昨日から今日まで3日間は3連休となり、当初雨の予報だったのに、結果的には3日間とも好天に

恵まれ、高速道路は、行楽地に向かう、あるいは帰りの渋滞の列が長く伸びたようだ。

私もこの3日間で、リフレッシュを図ることができた。

明日からの仕事への活力になってくれることを期待したい。

しかしその明日以降だが、台風15号が接近している様子。

先日の台風で大きな被害を受けた紀伊半島で、また大雨が降らないことを祈るのみである。


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さて、今回は箱根ガラスの森美術館へ行った時の記事の続編である。

ここはあくまでも「美術館」であり、主に時代を感じさせるベネチアングラスが展示されている。


ベネチアン・グラスの正確な起源ははっきりしていないが、少なくとも700年以上の歴史があることに

間違いはない。

世界一のガラス技術を持っていたベネチアなのだが、原材料や燃料を輸入に頼っていたため、その技術が

原材料の豊富な国々に漏れてしまうことを恐れ、強力な保護政策を取ることになり、全てのガラス工房が

ムラーノ島へ強制移住させられた。

そこで製法の秘密は守られ、また狭いエリア故に競争も激化し、技術は飛躍的に進化をした。

ルネサンス時代にその繁栄は頂点に達した。

パリにあるヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」は、そのムラーノ島から連れて来られた12人のマエストロ(職人)

たちが作成したと言われている。


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当時の貴族達の間で、エナメル絵付けの施されたガラス製品を持つことが社会的ステータスとなっていった。

さらにこの時代以降、透明度の高い無色透明のガラス(クリスタッロ)、模様ができるアイス・クラックなどの

製法が確立し、またダイヤモンドポイント彫りなど多彩なカットの技法も次々に生み出されたのだった。

法の目をくぐりぬけて、その技術はヨーロッパ中に広がって行ったものの、ムラーノ島では現在に至るまで

熟練したマエストロ達が子孫にこの技術を伝承し、昔と変わらぬ伝統の技を活かしながらベネチアングラスが

創り続けられているのだ。

機械による大量生産では出せない本物の味わいがそこにある。

だから現在でも人気が高いわけである。


なのに、撮影したのは、お土産物売り場のガラス製品ばっかりだったりする(爆)

展示品はケースの中なので、撮影するのが難しかったのである…。



なお、甚だ不本意ではありますが、コメント欄を最後まで承認しないでおきます。

ファンの皆様を守りたいのです…。


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https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/7d/ea/einen_hamakko/folder/1603324/img_1603324_50825748_4?1302153841
BGM:山下達郎 「硝子の少年」 powered by Youtube
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ギャラリー:Amethyst's photo album




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