今昔映画館(静岡・神奈川・東京)

ほぼ放置状態のブログでしたが70万アクセス突破、うれしいやら、申し訳ないやらで。

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今回は新作の「死刑弁護人」を静岡シネギャラリー2で観てきました。この映画、ドキュメンタリーなのですが、製作が東海テレビ、配給も東海テレビなんですって。でも、ちゃんと商業上映として劇場にかかったのは何より。

安田好弘弁護士は、いわゆる死刑案件と呼ばれるような事件の弁護を多数手がけてきました。「和歌山毒入りカレー事件」では林真須美被告を弁護し、冤罪の可能性があることを訴え続けています。「新宿西口バス放火事件」では、自供もしていた丸山博文被告を、心神喪失状態であったことを裁判で訴え、死刑の求刑を無期懲役にすることに成功しています。「光市母子殺害事件」では、母子を殺害強姦した少年を殺人罪ではなく、傷害致死であると弁護しました。このとき、少年の幼い理屈をそのまま法廷に持ち込んで世間の大顰蹙を買い、極悪弁護人と言われます。さらに、「オウム真理教事件」の麻原彰晃の弁護も引き受け、一連の事件の真相に迫ろうとしましたが、その裁判途中で、まるっきりの別の事件で安田は逮捕されてしまいます。それは、安田の弁護活動に対する、権力側の横槍のようにも見えます。世間からは悪魔だ鬼だと言われつつも信念をもって弁護し続ける安田の根本にあるのは「更生しない人間なんていない」という確信でした。そして、彼は死刑反対を訴え続けています。ラストで光市母子殺害犯の死刑が確定してしまいます。しかし、安田はまだこれからやることがあるのだと言います。

東海テレビでドキュメンタリーを撮ってきた齊藤潤一が監督した、劇場用ドキュメンタリーの一編です。安田好弘弁護士の姿を描くことで、犯罪事件、特に殺人の絡んだ事件における裁判における現代の日本のゆがみを示そうとしているようです。その視点は、なかなかに面白く、発見もあります。扱っている事件が有名なものが多いだけに、それらの被告に対して、自分が知らなかったこと、あるいは自分が持っていた偏見を再認識できたことは、この映画からの収穫でした。ひどい殺人者を弁護するということで、批判の矢面に立つことも多い安田弁護士ですが、その批判を承知でやっているところの動機は何なんだろうという興味もつきません。

ただ、安田弁護士の行動の動機は、一つでありません。冤罪に対する権力への反抗があり、死刑そのものへの嫌悪から、死刑判決を避けるための弁護があり、事件の背景も含めた真相を追求するために弁護を行うという、いくつかの顔を持っています。齊藤監督の演出は、安田弁護士の担当した事件ごとにエピソードを連ねていくという構成を取っています。それにより、事件の持つ問題点が明快になりましたが、いろいろな切り口で事件にかかわる安田弁護士の行動や動機が並列的に描かれることで、その論点があっちこっちに飛ぶ構成になってしまい、筋道立った問題提起にならなかったところが惜しまれます。

最近の事件で、裁判員裁判で、決定的な証拠がないまま、状況証拠だけで死刑の判決が出たケースがありました。基本、裁判は推定無罪だと思っていたので、素人裁判員の裁判でこういう判決が出たというのは驚きであり、また恐ろしい世の中になったと感じました。私自身は死刑制度には反対です。それは、今の警察、検察、マスコミの動きからすると冤罪が発生することがあり得るからです。死刑確定者への再審の動きを先んじるように死刑執行された(ように見える)事例もあります。それでも、オウム真理教のやったことは、死刑に値するべきもので、終身刑があればなあくらいに思っている、いわゆる凡人な感情の持ち主です。そういう私からすると、安田弁護士の行動は、ある意味大変納得でき、こういう人がいてくれるのが心強く感じられます。その一方で、「それはどうなの?」と思わせるところもありました。前者は、証拠捏造の疑いが強い林真須美被告のケース。後者は、光市母子殺害事件のケースです。

毒入りカレー事件では、決定的な証拠がないまま、カレーの近くにずっといて、家に砒素を持っていた林真須美被告が殺人容疑で起訴され、死刑が確定した事例です。確かに林真須美被告は、詐欺師であったことは事実らしいのですが、この一件に関しては毒を入れる動機がなく、また犯人を彼女に特定する証拠も彼女が殺人を犯したことを証明するものではありませんでした。さらに、その証拠も捏造された可能性があることを安田弁護士は指摘します。この映画を観ている限り、この事件は冤罪の匂いがぷんぷんするのですが、そのことをメディアはきちんと取り上げてこなかったように思います。その一方で取材陣に水をかける林真須美被告の映像は何百回とテレビで放映されていますから、メディアが印象操作して事実を隠していると言われても仕方ないでしょう。ここでは、弱者に守り、権力側と闘おうという意思が感じられます。

一方の光市母子殺害事件というのは、母親と幼い子供を惨殺した少年が母体回帰衝動でやったとかドラエモンがどうこうとかを後出しで持ち出してきて、顰蹙を買った一件です。この事件の弁護に21人の弁護団がついたという記事を読んで、つくづく加害者は守られ、被害者は虐げられるんだなあって思いました。この一件では、少年は殺害を認めていますから、冤罪とはちょっと様子が異なります。安田弁護士は、少年の罪を殺人ではなく、傷害致死だとして上告します。その動機は事件の真相に迫るためのものだと言います。彼は、否定していますが、死刑反対のプロパガンダを実際の裁判に持ち込んでいるようにも見えます。この裁判で、一体彼は何を守り、何と闘おうとしているのでしょう。

映画の後半で、彼の根本にある考えが語られます。それは「全ての人が更生できる」ということ。彼を動かしている信念のようなものなのですが、ここでも私は「それはどうなの?」という突っ込みが入ってしまいました。彼の視線は常に加害者である被告に向けられています。そういう立場の人間がいないと裁判は成り立ちませんし、社会としてもバランスを欠いてしまうことは理解できます。でも、その有り様は、徹底的に被告を貶めて重刑に導こうとする権力やマスコミの持つ歪さと同様に、ある種の歪さを持っているように思います。相手側が歪なので、それに対抗する方も歪にならざるを得ないという構図が見えてくるのです。安田弁護士は、死刑にしてしまった被告へ対する思いを涙を流して語ります。その一方で、事件の被害者へ対する想いやコメントは一切ありません。齊藤監督がそういうコメントを全てカットしたのかもしれないというのはあります。インタビュアーとして、殺人事件の被告に対する真摯な想いが語られたら、一方の事件の被害者をどう思うのかという質問は出てもおかしくないのですが、それが一切出てこなかったのは不思議でした。

他にも、なぜ死刑を廃止すべきだと思うのか、麻原彰晃の弁護で何をはっきりさせようとしたのかなど、もっと突っ込んで語って欲しいポイントがありましたが、齊藤潤一の演出は意外とさらりと流してしまいました。確かに扱っているネタがたくさんあって、どれもヘビーであるのですが、このつくりではどこか消化不良な印象を持ってしまいます。死刑弁護人という、現代を切り取るとてもいい題材を扱っている割には、そのやり方は表層的だったかなという気がします。ラストでまた裁判に臨む安田弁護士の姿が描かれているのですが、全体を情緒的に描いている演出は何か違うような気がします。きちんと理由と論理を積み上げて描かないと、安田弁護士の行動までもが情緒的というか衝動的に見えてしまいます。死刑弁護人というキャッチーな言葉と安田弁護士という強力なキャラクターに作り手が満足してしまって、その先を見せることを手抜きしちゃったというのは酷な言い方かしら。

社会正義とか、弱者の救済という意味では、この映画の持つ意義は大きいと思います。また、マスコミの偏向報道が、市民の目を曇らせているという構図が見えてきて、自分が知らないことがまだ多いことに気づかせてくれますので、観る価値がある映画です。でも、その映画そのものに、どこか描ききらない、隠蔽されたものがあるような印象があるのは、作り手にとっては不本意かもしれませんが、この映画も現代の構図の一部であることを再認識させて、面白いと思いました。

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常々オウム真理教や完全に有罪と判る殺人犯を弁護する人たちは、どうしてなんだろうと思っていました。
それだけにとても興味を惹かれるところですが、確かに被害者に対するコメントが無かったりするのは安田弁護士の像を捉えるのに完全ではない気がします。
それでも自分とは違った視点を知ることが出来そうで、やはり興味深い。
機会があれば観てみたいですね。

2012/10/16(火) 午前 4:39 pu-ko 返信する

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pu-koさん、コメントありがとうございます。私もpu-koさんと同じような興味でスクリーンに臨んだのですが、どこか突っ込み不足で物足りない印象を持ってしまいました。現代を考える上でこんな魅力的な題材はないのですから、単にその人を見せるだけでなく、その人を動かしている動機、倫理観を見せて欲しかったです。

2012/10/16(火) 午後 9:28 [ einhorn2233 ] 返信する

はじめまして。
お邪魔します。

この映画、観てこられたんですね…

未来はチラシだけ見て

あの弁護士のと先ずビックリしました。

どんな風に描かれてるのだろう…と思っていました。

やはり彼をそうまでして突き動かす動機が曖昧になっているんですね…

どの事件も悲しみと怒りで溢れますが

光母子殺害の事件は特に忘れる事ができません。

2012/10/21(日) 午後 2:15 [ 未来 ] 返信する

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未来さん、ご訪問ありがとうございます。犯人に対する憎悪が大きいほど、彼のような弁護士がいないと公正な裁判ができなくなります。でも、その行為を支える思考というか思想というものがこの映画では十分に描かれていたとは思えませんでした。それでも、この映画は一見の価値があります。新しい視点の発見があり、なぜ彼のような弁護士が必要なのかを知ることで、正義と公正さについて、いろいろ考えさせられる映画です。

2012/10/21(日) 午後 7:48 [ einhorn2233 ] 返信する

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>この映画は一見の価値があります。
>なぜ彼のような弁護士が必要なのかを知ることで、正義と公正さについて、いろいろ考えさせられる映画です。

ありがとうございます。ぜひ私も見てみたいと思います。

2012/10/22(月) 午前 10:10 [ sid*ro*od*ro201* ] 返信する

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sid*ro*od*ro201*さん、訪問ありがとうございます。警察の冤罪とか、死刑制度とか今の社会を考えるのに、大変参考になり、発見もある映画だと思いますので、是非、一度、ご鑑賞のほどを。

2012/10/22(月) 午後 10:28 [ einhorn2233 ] 返信する

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