今昔映画館(静岡・神奈川・東京)

やっと書き込み再開します。本年もよろしくお願いいたします。

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今回は東京での公開は終えている「セッション」を、静岡シネギャラリー大ホールで観てきました。天井の高いちょっと昔のミニシアターという感じの劇場で、画面の下にむき出しのスピーカーが置いてあるのはご愛嬌ですが、何か特別なロングランとか観客数が集まりそうな映画を上映するときに使われるホールでして、普段の小さな劇場よりかなり格上感はあります。

音楽の名門、シェイファー音楽院へ入学したニーマン(マイルズ・テラー)は、ドラムの練習をしているとき偶然伝説の教師フレッチャー(J・K・シモンズ)の目にとまり、彼のスタジオ・バンドに入ることを許されます。フレッチャーの指導はスパルタ式で、バンドは彼のやり方に萎縮するところもありましたが、全米でトップクラスの実力となります。最初の練習で恫喝され、泣くまで追い詰められたニーマンはその悔しさをばねに一人で猛練習して実力をつけていきます。そして、コンテストで主奏者タナーの譜面をニーマンがなくしてしまったことから、その場でニーマンが演奏することになり、そして、彼は、フレッチャーから主奏者として認められることになります。そこで、ちょっと調子に乗ったニーマンは演奏の妨げになるからと付き合ってた彼女に別れを告げ、チャーリー・パーカーのように早世して名を残すんだなんてことを口走ったりしちゃいます。すると、フレッチャーはニーマンの後釜としてかつてニーマンと同じバンドにいたコノリーを連れてきて、3人のドラマーを競わせるようなことをします。そして、ニューヨークでのコンテストで、ニーマンは集合の時間に遅れてしまい、コノリーを奏者に指名したフレッチャーに、絶対自分がやると言い、急いだレンタカーで事故を起こして、血まみれになりながらも、コノリーの席を奪い、ドラムを演奏するのですが、意識が朦朧として、演奏は途中で中断。すると逆上したニーマンがフレッチャーにつかみかかり、ニーマンは退学処分となってしまうのでした。

この映画を予告編で観たとき、これはドラム版「あしたのジョー」か「巨人の星」なのかなって思いました。スパルタ英才教育による師弟関係を描いた感動のドラマではないかと。最初のうちはそんな感じもしたのですが、後半は違う方向へとドラマが走り始めて、マカロニウエスタンみたいな展開になってびっくり。さらに、その上に付け加わったラストでさらにびっくりという感じで、意外性のあるドラマとして楽しめました。あの珍品「グランドピアノ狙われた黒鍵」の脚本を書いたデイミアン・チャゼルが脚本を書き、監督も手掛けたのですが、全編に張り巡らされた緊張感で、一気にドラマを引っ張っていく演出力はただものではないパワーがありました。スポーツ根性ドラマのドラム版かと思ったのですが、そもそもそういう期待を持つのは、私のようなスポ根アニメになじんだ日本人くらいのものみたいでして、むしろ師弟の愛憎劇、もっというならサイコスリラー的な味わいのドラマになっています。さきほど、マカロニウエスタンみたいだと書いたのは、手の込んだ復讐劇でもあるからでして、そういう意味では、芸術家の心の闇は深いのだという映画だとも言えそうです。

と、いいつつ、じゃあ、この映画が人間の奥深いところを描いているのかというと、そういうわけではなくて、主役の二人のキャラは意外と浅いのですよ。人間としての深みを感じるところはありませんでした。でも、キャラ以外に深いなあって感じさせるものがありました。それは、音楽や芸術ってのが、人間のキャラとか愛憎とかを超越する深さを持ってるんだなあっていう発見でした。正直、感情移入したくもないニーマンとフレッチャーなのですが、彼らを根っこのところでつないでいる音楽の持つパワーってのがすごいんでないかいって感心してしまったのです。

「感情移入したくもない」ニーマンとフレッチャーなんですが、二人ともミュージシャンと指揮者としての腕前はすごいものを持っているのです。ふたりともいわゆるアーチスト、それもかなりハイレベルの。でも、高い芸術性を持った人間が必ずしも人格的に良いわけではありません。「芸のためなら女房も泣かす」ではありませんが、アーチストの私生活がボロボロだったりするのは珍しい話でなく、その秀でた分野で一流でも人間としても一流とは限らない、逆に他のところではクズかもしれないのです。私のような凡人からすれば、ニーマンという若造はドラムはうまいのかもしれないけど、彼女との別れ方は最低だし、従兄どうしのけなしあいとか見ると、かなり安っぽい奴なのですよ。一方の、フレッチャーは、最初の威厳と威圧感はすごいと思わせるのですが、後半になると意外と馬脚を現しちゃうのですよ、こいつも。そして、スポ根風ドラマが、師弟の愛憎劇になっていくので、ありゃあ、だいぶ想像したのは違ってたなあって気付かされることになります。それにやってることはかなり陰湿が復讐合戦だからなあ。

ところが、その恩讐の彼方に見えてくるのが、音楽なのですよ。人と人をつなく絆としての音楽は、この愛憎劇の中でも揺るがない力を持ち続けるのです。下衆の極みの復讐合戦がドラマのメインなのに、音楽がその根っこをぐっと押し上げて、何だか感動じみたものまで運んでくるのです。音楽というのは、芸術という言葉に置き換えてもいいと思います。音楽、絵画、スポーツその他諸々が人間の良否善悪を超えて、生まれてくるというのは、ある意味、人間の可能性が無限大だということもできますし、素晴らしい芸術を生み出す人間がクズ同然でも驚くにあたらないということになります。人間と芸術の関係を考えたときに、この映画は、そういう面白い関係性を描いていると言えましょう。恨みつらみが芸術に昇華するというとかっこよさげですが、芸術が偉大でも、それを生んだ人間は矮小な存在なんだぜという見せ方は、意地の悪さもあるけど、いいところ突いてるなあって感心しちゃいました。

演技陣では、アカデミー助演男優賞を受賞した、J・K・シモンズが威厳と人間的弱さの両方をうまく表現して、いつものコミカルな脇役とは全く別人のようなパワーを見せつけました。ニーマンを演じたマイルズ・テラーは、努力家なのに謙虚なところのないイヤな奴をリアルな演技で演じ切りました。この主演二人以外はあまり演技のしどころがなかったのですが、その中では、一時的にニーマンと付き合うことになるニコル役を演じたメリッサ・ブノワがどこか気になる女優さんで、次回作に期待です。



この先は結末につながりますので、ご注意ください。



フレッチャーの教え子の一人がうつ病にかかって自殺していました。そのことを学校側から聞かされ、ニーマンはフレッチャーの指導がどういうものだったのかを学校側に密告してしまいます。その結果、フレッチャーは学校の職を追われてしまいます。ある日、ニーマンはジャズクラブで演奏しているフレッチャーを目にします。彼はニーマンに声をかけ、自殺した生徒の関係者に密告されて職を追われたという話をします。そして、自分が第二のチャーリー・パーカーやジョー・ジョーンズを発掘したかったんだと言います。そこには、自殺した生徒やニーマンに対する反省の色はありません。むしろ、自分を理解しない世間に対する恨みごとを並べるのです。そして、新しくバンドを組むのでニーマンにドラマーとして参加しないかと言い出します。

熟考の末、ニーマンはそのバンドに参加することにします。そしてコンサートの日、幕があがるとフレッチャーは、ニーマンに「お前が密告したことを知ってるぞ」とささやいて、ニーマンの知らない新曲の演奏を始めます。当然、譜面もない曲に、まともな演奏ができるわけもなく、他の楽団員からも白い眼で見られて、大恥をかかされます。一度は舞台を降りかけるニーマンですが、舞台に引き換えると、勝手にドラムを叩き始め、そして楽団員にキューを出して「キャラバン」の演奏が始まります。驚くフレッチャーですが、そのニーマンの演奏には何かが憑りついたかのようなパワーがありました。そして、フィニッシュ前のドラムソロを延々と続けるニーマン、それを見ているうちに我を忘れて彼に向き合いキューを出すフレッチャー。そして、フレッチャーの指揮で、バンド全体が曲をフィニッシュさせると、暗転、エンドクレジット。

スカウトも観ている大ステージでの演奏で、知らせない曲を演奏させるというフレッチャーの復讐もえげつないですが、それ以前にフレッチャーの指導を密告するニーマンもかなりいやな奴です。自分が時間にルーズだから、演奏に間に合わなくなりそうになったのに、逆上して退学になったのを、フレッチャーに逆恨みして、密告するのは、かなりのワル。そう思うとラストの復讐合戦は、人間の行動としては見苦しい限りなのですが、ドラムの演奏としては、そこに一つの芸術が生まれてしまうのです。そして、それは、相憎み合うニーマンとフレッチャーによる総合芸術ともいうべきドラムプレイでした。人間の身勝手さとは別の次元で生まれてしまう芸術。それは言い方を変えると腐った人間に神が降りた瞬間なのかもしれません。いや、そんなことはない、彼らは文字通り血の出るような鍛錬を積んできたのだから、腐った人間じゃない、一流のアーチストなのだということもできましょう。うーん、どっちなんだろう、動機の不純さを神様が許したのだとしたら、彼らは一流のアーチストなのかな。でも、個人的にはお近づきになりたくないお二人なのでありました。

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閉じる コメント(18)

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確かにお近づきになりたくない2人でしたが(笑)
音楽という芸術を通し、最後には天才である彼らにしかわからない境地で心をひとつにしていた気もします。
スポ根ものでは思いつかないようなゲスなやりとりも意外性として楽しめました(笑)
記事を移動させたので出来るかどうかわからないけどTBさせてくださいね。

2015/7/5(日) 午前 1:41 [ pu-ko ]

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pu-koさん、コメント&TBありがとうございます。確かに天才にしかわからない境地というのはあるかもしれません。でも、音楽があるからこの二人は天才であって、音楽がなかったら、ただのクズだとも思うわけです。こいつらが偉いのではなくて、音楽というものが凄いんだというのを、この映画を観て感じた次第です。

2015/7/5(日) 午前 10:33 [ einhorn2233 ]

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天才的なアーティストって良きにつけ悪しきにつけ、やはり凡人とは違うものを持ってますよね。
プロ中のプロってこんなだろうな〜と思いますが、凄いパワーの映画でした。
何とも言葉では言い表せないインパクトを感じた私です。(^^;
TBさせてくださいね。

2015/7/5(日) 午後 8:59 choro

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そうですよね、近くにいて欲しくない二人でした(笑)
けど、この師弟の愛憎劇がまさかあそこに昇華されるとは思えず。そして、演奏しきれるのか?!など、緊張感もあって大満足の1本でした。サントラ借りようか迷ってます。
TBよろしくお願いします<(_ _)>

2015/7/5(日) 午後 10:48 ryane

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Choroさん、コメント&TBありがとうございます。音楽としてのプロだとしても、人格的には褒められるところのない二人、そんなクズ二人から、奇蹟の音楽が生まれるってところが面白かったです。アーチストに全人格的にいい人を期待するのは無理があるよねっていう映画でもありました。

2015/7/6(月) 午後 2:13 [ einhorn2233 ]

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ライアンさん、コメント&TBありがとうございます。師弟の愛憎劇なんてかっこいい書き方しましたけど、やってることは昔のバレエ漫画の靴や衣装を隠すいじめと同じレベルなんですよね。最後に二人は和解したのかどうか、その先はまた結構ドロドロしそうですから、やっぱりこれはファンタジーとして楽しむのが正解かも。

2015/7/6(月) 午後 2:20 [ einhorn2233 ]

静岡まで行ってご覧になったのですね!
これは、ワタクシ地方でも、評判が高かったのか、満席状態の上映でした。
映画としては見ごたえがありました。
現実生活では、フレッチャーやニーマンのような人間とはかかわりになりたくないですが。
音楽が音を楽しむものというのは人間レベルなのかなって思いました。この作品の最後のステージのニーマンには本当に音楽の神が降臨したように見えました。何事も、一芸に秀でるには、常識を突き抜けないとだめなのでしょう。あらゆる芸術家でもスポーツ選手でも、一流になるひとには、一方ならぬ自己愛と利己性がみられるのかもしれません。観客としては、そこで見せてくれるものが素晴らしければ、その人格など、自分の生活にかかわらない限り、どうでもいいことですしね。
こちらからもTBお願いします。

2015/7/6(月) 午後 6:35 オネム

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オネムさん、コメント&TBありがとうございます。実家が静岡で、たまたまやっていたのを観に行っただけなのですが、色々な意味で面白い映画でした。一流の人間は、全方位的に一流なわけではないということを再認識できたのもよかったです。映画俳優だって、私生活がサイテーでも、スクリーン上で輝いてれば、それでOKなわけですから。お近づきにならない限りは。

2015/7/6(月) 午後 7:40 [ einhorn2233 ]

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確かにパワーは有ったし、面白かったです。。
チャーリー・パーカーに成りたい青年とチャーリー・パーカーを育てた男になりたいおやじの利害が一致したラストに感じました。
ラストで熱くなれなかったのが残念でした。
TBさせてくださいね。

2015/7/16(木) 午後 9:25 木蓮

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もくれんさん、コメント&TBありがとうございます。ラストを利害の一致と解釈するのは面白いですね。チャーリー・パーカーみたいな破滅的人間にあこがれているあたり、どっか変な二人ですよね。音楽に憧れるならともかく、破滅的人生を送りたい、そういう人間を育てたいと思ってるあたり、私のようには凡人にはついていけないところがありました。

2015/7/17(金) 午前 8:44 [ einhorn2233 ]

コメント・TB こちらこそです。

けっこ期待したのですが これはちょっと・・後ずさりを。ニコル役のメリッサ・ブノワさんのみ あとに残っただけで もぉ映画を早く忘れたい あのふたりだけには 生涯関わりたくないと。
まぁ 小説家でも音楽家でも 人格者・優れ人がよい作品を生み出す確率は低いようで、確かに この二人ならと コックリ頷くわたしでした。(笑)

2015/7/19(日) 午後 4:40 たんたん

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たんたんさん、コメント&TBありがとうございます。私も、唯一の常識人のニコルが印象に残っちゃいました。そのせいか、メリッサ・ブノワの次回作はチェックしたくなりましたもの。優れたアーティストに、優れた人格を期待しない方がいいってのは、納得の事実なのですが、世間的には意外と理解されていないように思います。

2015/7/19(日) 午後 8:14 [ einhorn2233 ]

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心理サスペンスの作品としては緊張感と言い落とし所と言い面白かったです。主役二人の演技もなるほど〜〜な感じで助演男優も納得でした。
が、『ジャズ】」のプレイヤーを育てるということで言えば、本作はありえないよな〜〜と。この後に観た「keep on keeping on」という作品ではジャズ・プレイヤーの素晴らしさが伝わったので、ちょっと残念です。
ある意味あざとい作品の方が「判りやすい」のは仕方ないですよね。
あまり褒めていないのですがTBさせてくださいね。

2015/7/20(月) 午後 8:39 アンダンテ

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これものすごかったですよね!
二人の魂のぶつかりに圧倒されたしラストはもう釘づけでした!
TBお願いします!

2015/7/21(火) 午前 8:08 かず

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アンダンテさん、コメント&TBありがとうございます。心理サスペンスという見方は面白いですね。そう思うと、クライマックスは二人の駆け引きの面白さということになるのでしょうね。ジャズプレイヤーを育てるということではありえないとのことですが、どの部分があり得ないのか気になります。褒めて伸ばすのが、ジャズの本流とも思えなくて、ああいう脅して伸ばすのもやり方としてはありかもしれないという気がして。ただ、そういうやり方をする奴は、人として好きになれませんが。

2015/7/21(火) 午後 6:46 [ einhorn2233 ]

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かずさん、コメント&TBありがとうございます。確かに、クライマックスは魂のぶつかり合いという感じでしたが、この二人の魂って、人間の素材としてはどうなの?って感じの映画でした。二人とも、技術としてはすごいものを持ってるけど、魂の部分はあまり褒めるところがないような気がして。

2015/7/21(火) 午後 6:49 [ einhorn2233 ]

音楽って何となく優雅な感じだけど、練習や訓練はスポ根に近いものはあるとは思いますが…。
プロの世界だけど、はい、おっしゃるように近づきたくない二人です^^;

大変遅くなりましたが、TBお返しさせてくださいね☆

2015/7/27(月) 午後 9:54 なぎ

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なぎさん、コメント&TBありがとうございます。音楽の中には激しいものも静かなものもあるわけですが、激しい気性の人が静かな音楽を演奏する人もいるわけで、それはそれでいいのですが、音楽と直接関係ないところで、この二人は人としてどうなのってところがあるのが、困り者というか、面白かったです。

2015/7/28(火) 午後 8:12 [ einhorn2233 ]

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