今昔映画館(静岡・神奈川・東京)

やっと書き込み再開します。本年もよろしくお願いいたします。

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今回は新春第二弾として、有楽町のヒューマントラストシネマ有楽町2で「アイ・フィール・プリティ 人生最高のハプニング」を観てきました。ここは小キャパのちっちゃな劇場で、シネスコサイズになるときは、画面が左右に広がると同時に上下には詰まるという懐かしいスタイルの映画館。

コスメ会社に勤めるレネー(エイミー・シューマー)は美人じゃないし、体型もぽっちゃりで、そんな外見がコンプレックスになっています。美形の集まる本社じゃなく、チャイナタウンの地下室でオンラインサポートという地味な仕事もつまらない。でも、仲良しの友人ヴィヴィアンとジェーンは、明るいキャラのレネーと楽しくやっています。そんなある日、ジムのフィットネスバイクから落ちたショックで、レネーは自分が絶世の美人に見えるようになっちゃいます。他の人からしたら何も変わってないのに、レネーは奇跡が起きて自分の外見が大変身したと思い込んじゃいます。コンプレックスは優越感に替わり、自分に自信を取り戻した彼女は、会社の受付に志願し、社長のエイブリー(ミシェル・ウィリアムス)の目に止まって、なぜか合格しちゃいます。ナンパされたと勘違いしたことから、イーサン(ラリー・スコヴェル)という彼氏も強引にゲットして、イーサンもどういうわけかレネーのことが好きになっていき、何だかいいことが次々に起こります。会社は、一般女性向けの化粧品を開発プロジェクトを立ち上げていて、レネーの的確なコメントがエイブリーの信頼を勝ち取り、彼女のプレゼン出張に同行するまでになります。でも、友人ヴィヴィアンとジェーンと一緒の合コンで、上から目線で下品なことを口走ってしまい、二人に絶交されちゃいます。自分が美人だと思い込むだけで人生が大きく変わってきたレネーですが、それによって得るものと失うものがあることに、彼女は気付いていないみたいなのでした。

「25年目のキス」「そんな彼なら捨てちゃえば」の脚本家コンビ、アビー・コーンとマーク・シルヴァースタインが、脚本を書いて、二人共同で初メガホンを取った、コメディの一編です。外見のコンプレックスに悩むヒロインが、頭打って自分が超絶美人に見えるようになるという設定で、一言で言っちゃうと勘違い女のドタバタコメディということになりますが、まろやかな味わいにまとめているのがうまい映画です。でも、これ、実際に外見にコンプレックスを持つ女性が観たら、どういう感想を持つのかすごく興味あります。下手をすれば、「やっぱり女性は見た目がよくないとダメなのかな。」って思われかねない部分もあり、ブラックコメディにも転ぶ可能性のあるお話なんですよ、これが。

映画の冒頭では、自分の見た目に自信のないレネーが委縮気味の日々を送っています。そして、「美しくなりたい」って願をかけると雷鳴がとどろき、翌日、ジムでフィットネスバイクから落ちたショックで、自分が絶世の美人に見えるようになっちゃいます。鏡の中を自分を見て驚きを隠せないレネー、だって人生のコンプレックスが突然解消しちゃったんですもの。でも、映画の中で、レネーの姿は何も変わらないので、見た目はただの勘違いでしかないのですが、どうやら彼女の中ではマジで美人になってるらしいのです。それまでは、美人はみんなから注目されていて、男からは声かけられてうらやましいなあって思っていたものですから、自分が美人になったら、急に変な自信がついちゃって、周囲に上から目線になっちゃうのですよ。その自信過剰な押しの強さが、イーサンという草食系男子と付き合うきっかけになり、一方で旧友との間に溝を作ってしまうのです。

さらに、見た目に自信がなかった頃はあきらめていた会社の受付嬢になることにも挑戦し、その押し出しの強さが社長のエイブリーの目に止まり、何とコスメ会社の顔として受付嬢の職をゲットしてしまいます。さらに、一般女性へマーケットを広げようとしている社長に、不美人だった頃の視点で、適格な指摘をしたものですから、社長の信頼を得て、新規マーケット開拓プロジェクトに抜擢されちゃうのですよ。不美人コンプレックスで凝り固まっていたころは、本社に足を踏み入れることさえストレスになっていたのですから、自分が美人だという勘違いがなかったら、受付嬢にもなれなかったし、社長から認められることもなかったわけです。そういう意味では、勘違いは彼女のキャリアにとってはいいことだったみたいです。でも、彼女が生まれつきの本当の美人だったらよかったのかと言うとそういう見せ方にはなっていないのが、面白いところです。

外見にコンプレックスを持っている女性がエステや整形できれいになるというテレビ番組(←「ビューティコロシアム」でしたっけ。)がありましたけど、あの番組を観て、劣等感に悩まされていた女性に自信がつくのはいいことだよなあって思っていたのですが、自信がつくのも一長一短なんだなあってのが、この映画からの発見でした。それに、化粧品会社の社長に認められるきっかけは、外見にコンプレックスのある女性目線のマーケティングを披露したからであって、トータルで考えると、不美人だったころの性格や経験が彼女を助けているのが見えてくると、「ひょっとしてこれ美人をこき下ろして差別する映画じゃね?」なんてうがった見方もできちゃうのですよ。まあ、この映画の言わんとするところは、見た目のコンプレックスから解放されたらいいよねってところなので、美醜の優劣を問うものではないのですが、そのあたり結構ギリギリな見せ方をしている映画ではないかしら。

ヒロインを演じたエイミー・シューマーは、美人だと思い込んだ後の自信過剰になっちゃうところで、嫌悪感を抱かせないぎりぎりのところを達者に演じこなしています。美人になった彼女の絵を観客に見せないので、単に勘違いしてる自信過剰女にしか見えないのですが、そこできっちり笑いを取って、いやなキャラにしないあたりのうまさは演出もあるのでしょうが、お見事でした。才能も美貌もあるけど声がバカっぽいのがコンプレックスになっている社長のエイブリーを演じたミシェル・ウィリアムスがちゃんとヒロインを引き立てながら笑いも取るあたりもさすが演技派女優の底力を見せてくれます。また、ローレン・ハットンがミシェル・ウィリアムスのおばあちゃん役として登場し、きっちりきれいな女性になっているのにはびっくり。

ラストはかなり強引な締め方をするので、トータルな映画としては今一つだったのですが、それでも、設定の面白さとその設定の長所短所をきちんと描いている点は面白い映画でした。人間は、美醜で判断されるべきではないというテーマがありつつ、個人の持つコンプレックスを乗り越えるだけでなく、受け入れるべきところもあるんだよという見せ方は、いいところを突いてると思う半面、それって結局堂々巡りなんじゃないの?と思わせるところもあって、意地の悪い見方をすれば、結構ツッコミどころの多い映画と言えそうです。でも、そこまでムキにならなくても、何となくハッピーエンドならいいじゃんというお気楽な見せ方にも、捨てがたい味わいがあります。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



社長のビジネスプレゼンの旅に同行したレネーですが、旅先のホテルで頭を打ったところで、自分が美人に見える魔法が解けてしまいます。結局、あるがままの自分に向き合ったレネーは自信喪失、そのままニューヨークに戻ってしまい、イーサンとも別れてしまいます。でも、社長が一般向け商品プロジェクトに、ジムで一緒になった飛び切り美人のマロリー(エミリー・ラタコウスキー)がプロジェクトのモデルに採用されると知って、その発表会に乗り込み、自分こそが、このプロジェクトにふさわしいモデルだとプレゼンしようとします。画面に映し出された自分の写真を見た彼女は、受付嬢になる前と後で、何も変わっていないことに気づき、改めて一般向け化粧品は、多くの普通の女性に希望を与えるべきものとぶち上げて、会場の喝采を浴び、社長からも感謝されることになります。そして、再度、別れたイーサンのアパートを訪れた彼女を、イーサンはやさしく受け入れるのでした。アパートの前で抱き合う二人の絵から、暗転、エンドクレジット。

結局、魔法は長く続かず、レネーは元の美しくない自分に戻ったことに失望しちゃいます。友人に謝りに行くのですが、何を今さらと言われてますます落ち込むレネー。まあ、そりゃそうだよね、友人からすれば、突然、上から目線でものを言うようになり、合コンでは自分たちを侮辱するようなことを平気で言うような女を友達とは思えないですもの。ところが、映画の魔法で、一般向けコスメの発表会に彼女たちも招いて、割り込んでプレゼンした結果、全てが丸く収まってしまうというのは、他にやりようがなかったんだろうなあとは思うけど、かなり強引。最後には、彼氏とも和解できてハッピーエンドになるわけですが、結局、彼女は美醜にこだわる自分から解放されたのかしら?ってところがちょっと微妙。プログラムの監督インタビューーによると、ラストでヒロインは自分自身を愛せるようになったんですって。確かにそうかもしれないけど、でも、化粧品のプレゼンを見ていると、やはり、彼女は美醜の呪縛から解放されていないようにも見えちゃうのですよね。確かに映画の冒頭でネガティブだったヒロインは、自分が美人だと信じ込んだ時に、超ポジティブになり、その魔法が切れた時、リバウンドで超ネガティブになっちゃうのですが、ラストで彼女はどのレベルに落ち着いたと思うべきなのかしら。これは、女心のわからないオヤジの意見より、ご覧になった女性の方のご意見を聞きたいところです。なぜかというと、このヒロイン、美人だと思い込んだ時、すごく並の器量の友人を見下したような、思いやりのない言動をしているので、ポジティブになればいいってわけじゃないという見せ方なんですよ。

美人は得することが多い世の中ですから、美に対する羨望や嫉妬があるのは仕方のないことだと思います。一方で、何の取り柄もないけど、見た目だけはいい女性の、唯一の長所を認めてあげる度量も欲しいと思います。美醜にとらわれすぎるのもよくないけど、コスメを全否定するのも大人げないとしたら、価値観の落としどころをどのあたりに置くのが一番ハッピーなのかなあって気分にさせる映画でした。

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外見の美醜も知り合って最初の頃は関係あるでしょうが、自分を受け入れられている、自分が好き、自信を持てる部分があるということで、深く知り合うと人間関係は変わってきますね。男性でもハゲチビでも自信がある人は外見にかかわりなく素敵に見えたり、モテたりします。
自己肯定感がハッピーに生きる上では一番大事だと思います。

2019/1/14(月) 午後 9:04 オネム

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オネムさん、コメントありがとうございます。本年もよろしくお願いします。この映画のヒロインも自分に自信を持てるようになるところまではよかったのですが、その自信が傲慢につながって他人の気持ちがわからなくなっちゃうのですよ。自分への自信を持ちすぎるのも考えものだというところが妙に腑に落ちて、自己肯定感もほどほどがいいんだなあって気付かされました。ヒロインの痛い一人ハッピーぶりの見せ方とか、結構、希望と悪意のギリギリの隙間を攻めてくる映画なのですよ。

2019/1/16(水) 午後 8:40 [ einhorn2233 ]

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美人(美男)なら何でも許されると思うのは愚かなことと分かっている、美人じゃないけれど他の魅力があると思えること、どちらも必要な意識かなぁ、と美人じゃない私は思います。でも美人は必ず得する訳ではなく、誤解されてしまうことも多いみたいです。
TBさせて下さいね。

2019/2/4(月) 午前 10:50 アンダンテ

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アンダンテさん、コメント&TBありがとうございます。私は美人、美男子はやはり第一印象で得をすると思ってます。美人が誤解されるってのは、誤解する方のジェラシーというか、自分を優位に見せたいためのまこじつけではないかしら。美人だから誤解されるのは、当人のせいじゃなくて、相手の劣等感が原因かなって。美人なら、素直にきれいな人だなあって認めるだけでいいのに、無理してアラ探しをしちゃう感じ。相手が見た目よくないなら、特にアラ探ししなくても、マウント取って見下せるから、誤解する必要もない感じ。うーん、これって美人をけなす人に対して辛辣すぎるかしら。

2019/2/4(月) 午後 7:59 [ einhorn2233 ]

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