今昔映画館(静岡・神奈川・東京)

やっと書き込み再開します。本年もよろしくお願いいたします。

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今回は、東京での公開が終了間近な「バハールの涙」を銀座のシネスイッチ銀座2で観てきました。ここはその昔は銀座文化という名画座だった映画館でした。(その前身までは知らないです。)でも、今は椅子もいいし、スクリーン位置も高く、場内がフラットでも観易い映画館です。

フランスの戦争記者マチルド(エマニュエル・ベルコ)は、同じジャーナリストの夫の死を聞いたその直後、ISと戦うクルド人勢力の取材に出かけます。そこには女だけの部隊がいました。彼女たちはISに拉致されて奴隷として売られていたのを脱出した女性たちで構成されていました。その隊長であるバハール(ゴルシフテ・ファラハニ)は、ヤスディ教の信者で、イラク西北部のシンジャル山岳地帯で、夫と息子と暮らしていました。ある夜ISの襲撃を受けます。男たちはその場で殺され、女と子供はまとめて連れ去られ、女たちは性的虐待をされ奴隷として売られてしまったのです。しかし、クルド人自治区の代議士の尽力で、脱出することに成功したバハールは自由になった後、行方不明の息子を救出するために女性だけの部隊に参加したのです。前線での取材を続けるマチルドに、バハールはここの真実の伝えて欲しいと言います。そして、襲撃してきたISのメンバーから、ある情報を得て、作戦に移ることになるのですが......。

フランスの女性監督エヴァ・ウッソンがジャック・アコティの協力を得て脚本を書き、メガホンを取りました。2014年に起きたISによるシンジャル山岳部隊への侵攻をベースに、実際に存在する女性部隊を題材にしたドラマです。ISを扱った映画ですが、その蛮行よりも、拉致された女性たちによる部隊にフォーカスしているので、残酷シーンやショックシーンを前面に出したものではありません。ISの蛮行が描かれはするのですが、作り手の視点は、あくまで女性部隊にあります。男たちの部隊も登場するのですが、その影は薄くって、ISの刺激的な映像を出すことを極力避けて、映像的に美しい絵を切り取ったりしていることから、リアルな戦争映画とは一線を画す映画に仕上がっています。一方で、女性ジャーナリストの視点を盛り込むことで、これが現実にあったことだという見せ方をしています。

ISの蛮行については多くのメディアで語られていまして、イスラム教ってヤバい宗教なんじゃないのというイメージが広がったのも事実です。イスラム教は、女性をないがしろにしろとは言っていないのですが、男性が上位にあると明確に謳っているそうなので、その延長で女性を見下したり、支配することに抵抗がないのかなという気がしています。さらに、異教徒に対する否定的な教えと、女性蔑視が結びつくと、バハールのようなヤスディ教の女性なんて、煮るのも焼くのも好きにできるくらいに思えちゃうのではないかしら。これはムスリムに対する偏見かもしれません。でも、どんな宗教であれ、原理主義者は異教徒に対してムチャするってことは過去の歴史から見て容易に想像がつきます。一方で、この映画では、ムスリムが女性に殺されると天国に行けないらしく、その分、女性部隊を怖れているらしいのですよ。日本でも、男尊女卑は制度的にもずっとありましたから、女性に負けたり、屈することは恥だと思う文化があります。ただ、宗教のような人間の首根っこを押さえる文化ではなかったことが幸いして、女性の台頭に対する抵抗は、他の国よりも少なかったのかなって思っています。あくまで、程度の違いの問題ですが、国家神道が、男性優位を明確に謳っていたら、今の日本はもっと女性にとって息苦しい国になっていたんだろうと思います。戦前の国家神道の考え方は、まだ日本の文化として根深く残っていると考えるからです。(とは言え、国家神道ってのは実は新興宗教なんですが)

戦争状態になった時、男を皆殺しにし、女を奴隷にし、子供は兵士に洗脳するなんてのは、旧約聖書の世界みたいなんですが、それが現実に起こっているという怖さは堪らないものがあります。それを知ってもどうすることもできないという正直な諦観もあるのですが。一方で、当事者であり、実際に虐待された女性たちが、対ISの兵士として立ち上がるというのはすごいことだと思います。この映画でも、女性部隊の存在に肯定的であり、彼女たちの存在は、そこに暮らす女性たちの希望となるという見せ方をしています。日本だったら、母親が銃持って相手を殺しまくるのを肯定的に捉えることはないでしょうから、歴史や文化の違いを感じる一方で、現在進行形で女性が虐待され続けていることを知ることの重要性を感じさせる映画でもありました。弁護士だったバハールが銃を持って戦闘部隊の隊長になっているということからして、そこで何があったのかを想像するのは難しいことではありません。以前、民族浄化を扱った「あなたになら言える秘密のこと」という映画で、ヒロインはずっと傷を抱えたままでいたのですが、この映画のヒロインは自ら銃を取って戦う強い女性として描かれています。どちらがどうという話ではないのですが、どちらも現代の話であり、彼女たちを虐げた人々(男たちと言い切っていいのかも)がいたということの記録になっていると言う点で、存在価値のある映画になっています。その時に重要になるのがジャーナリズムの存在でして、マチルドは「ワンクリックされるだけでスルーされる」と自虐的に言うのですが、その事実を語り継ぐためのジャーナリズム引いてはメディアの重要性を説く映画にもなっています。「あなたになら言える秘密のこと」の中のキーワード、「「レイプ、虐殺、民族浄化、みんな、いつか忘れ去られる」がこの映画にも当てはまります。バハールたちの存在を、命がけで取材するマチルダのようなジャーナリストがいなければ、それはなかったことになってしまう。事実を記録することがどんなに歴史の中で重要なことなのかは、ネットと監視カメラで世界が筒抜けになってきた今だからこそ、見直す必要があるのではないかしら。さすがに戦地でカメラを回すことはできない私たちでも、それらの記録に目を向け、事実が曲げられたり、歪んだプロパガンダに使われないように監視することは必要だと思います。

主演のバハールを演じているのは「彼女が消えた海」のイラン人女優ゴルシフテ・ファラハニで、フランス映画 「チキンとプラム」などを経て、最近ですと 「パターソン」や「パイレーツ・オブ・カリビアン」にまで出ている国際女優ですが、強い意志を持った美人さんです。この映画でも、酷い目に遭ったけど、強い意志でそれに立ち向かう女性を、兵士と母の強さと女性の弱さを共存させたキャラで熱演しています。一方の女性ジャーナリストのマチルダは、取材時に片目を失い、夫も地雷の犠牲になり、フランスに幼い娘を残してきたという、記者と母の強さに合わせて夫を亡くした女性の弱さを抱えている境遇です。この二人の似たような境遇がお互いに共感するという設定になっています。ここはドラマとして、女性を前面に出し過ぎじゃないの?って男目線では思ってしまうのですが、でも、この映画は女性による女性のための女性目線の映画ですから、そうなるのは自然の成り行きでしょう。それが悪いかというとそうは思えませんで、大体、戦争を題材にした映画は、男性による男性のための男性目線の映画がほとんどですから、戦争に巻き込まれる人間の半分が女性だとするなら、こういう映画はもっと出てきてよいと思うからです。この映画のような視点の映画が少ないのは、ホントはバランスが悪いんじゃない?ってところに気づかされる映画でもありました。

ウッソンの演出は、戦闘シーンでも、男性監督とは一味違う演出をしていまして、戦況を俯瞰的に捉えるのでもなく、兵士目線でもなく、そこに居合わせた目撃者のようなカメラワークになっているのがちょっと新鮮でした。また、ISの男性であれ、友軍の男性であれ、どこか存在感が希薄なのが印象的で、男性を背景に押しやることで、虐げられてきた女性の戦士にフォーカスが当たるように見せた演出は、どこか寓話的な印象を与えてしまうところがあって、一長一短という感じでしょうか。



この先は、結末に触れますのでご注意ください。



襲撃してきたISの兵士を捕虜にしたら、彼から敵の本部は撤退していて、学校に自爆兵と子供たちが残されているというのです。そこで、バハールが連合軍の爆撃を待たずに攻撃すべきだと進言し、作戦が決行されることになります。マチルダもその作戦に随行することになります。女性部隊が先陣を切り、捕虜に先導させて地下道を進みますが地雷が爆発し、バハールの片腕だった兵士が死亡。地下道を抜けると敵兵士と市街戦になります。そして、一晩待機して、翌朝学校へ向かいます。犠牲を出しながらも、学校へ突入した彼女たちは、そこにいた子供たちを解放します。さらに、学校の上階へ向かったとき爆発が起こり、バハールもマチルダも吹っ飛びます。そこへバハールの息子が現れ、彼女は意識を取り戻します。作戦は終了し、負傷したマチルダはトラックに乗って国へ還ることになります。バハールは息子と一緒に彼女を見送ります。走るトラックの荷台のマチルダを長回しにで捉えるところにクレジットが被さって、暗転。おしまい。

戦場のシーンの要所要所で、バハールの回想シーンが挿入され、拉致されて、性的虐待を受け、奴隷として何度も売られたという過去がわかってきます。そして、クルド人の拉致女性を支援する女性議員へ連絡をとって、彼女の手引きで同じ境遇の女性と子供を連れて脱出することになります。イスラムの礼拝の時間を使っての逃亡劇はスリリングでありますが、ここも逃亡を助ける男性の影は薄く、一緒に逃げる女性や女性議員との絆の方が協調される演出です。男目線だと、つくづく男性の存在感が薄い映画なんですが、普通の戦争映画を女目線で見ると女性の存在感が希薄で、女性にとっては共感しにくいのかもしれないってことに気づかされる映画でもありました。女性映画ということになるんでしょうけど、なぜこの映画は女性映画なのか、そもそも女性映画って区別はそれ以外は男性映画なのか、って考えると、面白い発見のある映画だと思います。

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