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ブログの師匠pu-koさんの記事で「突破口」を拝見して、そういえばこれ録画したきりになってたなあってことで、テレビで鑑賞しました。1973年の映画というと、46年前の映画なんですね。でも、このころの映画って、テレビの映画劇場で色々観ているのですが、その中ではなぜか未見のままでした。

飛行機の曲乗り芸人だったチャーリー(ウォルター・マッソー)は、転職した農薬散布の仕事でも食い詰めて、女房のナディーン(ジャクリーン・スコット)も含めた4人で田舎の銀行を襲う、少額強盗をすることにします。田舎町の銀行の前に車を停めて、強盗に及び、現金と証券をせしめることに成功しますが、警官に車が盗難車であることを知られた結果、一人は警備員に撃たれて死亡、ナディーンも流れ弾を受けて亡き人となります。生き残ったチャーリーとハーマン(アンドリュー・ロビンソン)は、金を山分けしようと数えてみれば、75万ドルもありました。田舎の銀行にこんなに現金があるのはおかしいと、チャーリーはこれはマフィアの金だと気づきます。銀行重役のボイル(ジョン・バーノン)は、事態を収拾するために汚れ仕事の専門家モリー(ジョー・ドン・ベーカー)に金の回収を依頼します。警察は残った死体から犯人の身元を洗おうとしますが、思うようには進みません。一方、モリーは裏の調査密告網を駆使して、国外逃亡のための偽パスポートを作ろうとしたチャーリーを特定し、ハーマンのいるチャーリーの家にやってきます。チャーリーの方も自分のヤバイ状況を理解していて、何とか追手をまこうとするのですが....。

ジョン・リースの小説を、テレビ映画で実績のあるハワード・ロッドマンと「ダーティ・ハリー」のディーン・リスナーが脚本化し、「ダーティ・ハリー」「テレフォン」のドン・シーゲルがメガホンを取った犯罪アクションの一編です。オープニングは静かな田舎町の風景が映り、そこにタイトルとクレジットが被さります。そして、銀行の前に車を停めた老人とその娘が、パトカーの警官に車を駐車場へ移動させるように言われるところか始まります。一度は現場を離れたパトカーが車のナンバーを照会して戻ってくるのと並行して銀行強盗がカットバックされるところから、シーゲルの演出は快調で、舞台はずっと田舎町なんですが、カーチェイスも迫力あるし、その後の展開もうまい。最近の映画はライド感を狙って、とにかく細かくカットを割ることが標準になっちゃってますが、この映画の頃は、まだカット割りも見せ方もゆったりしていて、どこか余裕があるのが個人的には好きです。

ウォルター・マッソーという渋めのスターで、犯罪ものを作れた時代なんだなあってのがまず驚きというか感心。さらにマッソー演じるチャーリーが、男気はあるけど、それなりのワルになっているのが面白く、ひょんなことからマフィアに追われるようになった中年男をユーモアと凄みを交えて演じているのがうまい。冒頭で、撃たれて虫の息の女運転手を見捨ててしまうのですが、その後、彼女がチャーリーの妻とわかるあたりは、ハードボイルド感たっぷりの意外性がありました。一方、マフィアの金を横取りした自分たちがヤバい状況にあるのに、ムダにつっぱる若造ハーマンに見切りをつけるあたりの非情さもなかなかすごい。一方、チャーリーを追うモリーという男も、裏世界にものすごく顔が広いらしく、その有能な仕事ぶりに、周囲の人間も敬意と恐怖を示します。どうやら、犯罪者としてのプロである、チャーリーと、彼を追うモリーの対決ものの様相を呈してきます。でも、それだけではなく、他の登場人物にも、キャラと見せ場が与えられていて、最近のジェットコースタームービーとは一線を画す、きっちりとした小説を読む味わいのある映画になっています。

登場人物がそれぞれに印象に残る演出がされているので、田舎町の保安官とか、モリーが仕事の宿に紹介された売春宿の女の子、モリーに車を奪われる黒人とか、細かいところできちんとキャラが立っているのですよ。そうそう昔の映画は、テンポは今ほど早くないけど、脇のキャラが印象に残る演出がされてたよなあっていうのを思い出しました。だからこそ、60〜70年代の映画をもとに「傍役グラフィティ」なんていう名著もあったんだよなあ。(これは、当時の洋画の傍役を出演した映画とともに列挙した本で、私はこの本のおかげで色々な俳優の名前を知り、脇役に興味を持つようになりました。)そういう小さな役の俳優の演技を束ねて物語を引っ張る作りが、当時の映画の定番でした。派手なアクションや爆破がなくても、役者のうまさと物語の展開で楽しめる映画があったんだよなあ。この映画は、いわゆるB級映画と呼ぶにはスタッフ、キャストは一級なのですが、田舎町の強盗の後始末という説明をすると、今の人はB,C級映画だと思っちゃうかも。でも、これはB級映画と呼ぶには丁寧でちゃんと作られているのですよ。テレビで観ても退屈するところのない2時間弱ですから、機会があればオススメしちゃいます。ちなみに、私も名前を知ってる面々では、シェリー・ノース、ノーマン・フェル、ウィリアム・シャラート、アルバート・ポップウェルといった名前が懐かしかったです。また、「ダーティ・ハリー」でシーゲル監督とコンビを組んでいるラロ・シフリンの音楽が、パーカッションを駆使してアクションシーンやサスペンスを盛り上げているのも聴きものです。



この先は結末に触れますのでご注意ください。



チャーリーは75万ドルを隠し、ハーマンに家から出ないように言って、偽造パスポートの手配をしますが、パスポート情報を裏稼業の男がたれこんだことで、チャーリーの正体が割れてしまいます。その連絡を受けたモリーはチャーリーの住むトレーラーハウスへ向かいますが、そこにはハーマンしかいませんでした。ハーマンを脅して、金のありかを吐かせようとしたモリーですが、彼が何も知らないとわかるとあっけなく殺してしまいます。その一部始終を、チャーリーはトレーラーハウスの外に隠れて見ていました。チャーリーは、ボイルの秘書シビル(フェリシア・ファー)に接近し、ボイルに連絡して、75万ドル渡すから身の安全を保証しろと持ち掛けます。飛行場で、チャーリーを待つボイル。それを遠くからうかがっているモリー。チャーリーは複葉機でやってきます。そして、ボイルに抱きつき、不自然に親しげにするチャーリー。それを遠くから監視していたモリーは、ボイルとチャーリーがグルだったと信じ込み、車でボイルを轢き殺してしまいます。さらに、滑走する複葉機とのチェイスの末、複葉機は反転してチャーリーは動けなくなります。モリーに金のありかだと言って車のキーを渡すチャーリー。モリーがその車のトランクのカギを開けるとそこにはハーマンの死体と爆薬があってドッカーン。そして、車に乗って去っていくチャーリー。おしまい。

ボイルの秘書の家に押し入ったチャーリーは、ボイルに取引を持ち掛けた後、秘書とベッドでねんごろになってしまいます。当時は男と女がすぐベッドインしても、ありの時代だったのかな。そして、クライマックスは自動車と複葉機の地上チェイスというどこかのんびりした見せ場の後、チャーリーが最後の仕掛けでモリーを仕留めます。このピリっとした結末が何かかっこいいのですよ。恨みとか因縁といったものがないビジネスライクな殺し合いが、さくっと決まるあたりが小気味よい後味を残します。オッサンが殺しあう、殺伐としたお話なのに、どこかのんびりした味わいもあり、さらに面白くてかっこよくて、後味がいいってのはなかなかないですから、最近の見せ場のぎっしり詰まった映画にお疲れの方にオススメしちゃいます。

また、本筋と関係ないところに印象にのこるものを配してあるのも楽しい趣向になっていまして、ご覧になってないと何のことかわからないかもしれませんが、「強盗の車を目撃した少年」「牧場の前での会話」「ブランコの少女」「トレーラーハウスの大家のオバちゃん」「パスポート屋の女(シェリー・ノース)とモリーのやりとり」など、妙に心に残るシーンの多い映画になっています。最近は、こういう寄り道をしつつ、映画を面白く仕上げる監督がいないのかもしれません。或いは、観客がそういう寄り道を楽しむ余裕をなくしてきてるということなのかも。

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日本映画専門チャンネルで東宝特撮王国という企画で、毎月2本ずつ、東宝のSF映画を放送しています。HDリマスターということで、かなり画質もよくなっています。できれば、当時のパースペクタ・ステレオフォニック・サウンドを再現して欲しいのですが、これはニーズないだろうなあ。以前のDVDで当時の音を再現したトラックがありましたけど。

そんな中で、「美女と液体人間」を久々に観てみました。劇場で観たことがなくてビデオブームの時に初めて観た映画です。

ある雨の夜、銀行強盗の片割れが衣服だけ残して姿を消すという事件が発生します。富永捜査一課長(平田昭彦)は消えた三崎というギャングの立ち回り先として情婦の新井千加子(白川由美)というクラブ歌手をマークします。他のギャングも金を持って消えた三崎を追って千加子を監視しています。そんな彼女に接触してきた男を押さえて警察へ連れて行くと、その男は大学の助教授、政田(佐原健二)といい、富永とは大学時代の友人でした。政田は、富永を病院へ連れて行くと、被爆した漁船員の話を聞かせます。彼らは日本近海で操業中、ビキニ環礁の核実験後に消息を絶った第二竜神丸と遭遇したというのです。第二竜神丸に乗り込んだのですが、そこには人間はおらず、衣服が人間の形で残っているだけなのです。彼らを突然、液体状の何かが襲い、襲われた船員は溶けてしまいます。何とか生き残った船員が自分の船に戻ってみると、第二竜神丸の甲板に人間の形をした液体状のものがたたずんでいたと言うのです。政田は強い放射線を浴びたガマが液体状になり、他のガマを溶かしてしまう実験を見せ、核実験が液体人間を生み出したのではないかと、富永を説得しますが、ギャング事件で忙しい彼はそれを無視します。そして、千加子の勤めるクラブでギャングの一斉検挙を行った夜、そこに液体人間が現れ、ギャングや刑事、ダンサーを襲い、彼らを溶かしてしまいます。政田の師である真木博士(千田是也)は、第二竜神丸が日本近海から現れたことから、液体化しても人間としての意識が残っているのかもしれないと言います。液体人間の存在は世間の知るところとなり、真木博士の進言により、彼らが出現している一帯を封鎖し、下水と川へガソリンを注いて火をつけて焼き殺す作戦を実施することとなります。その作戦が開始されるころ、千加子は一斉検挙から逃げ延びたギャング(佐藤允)に誘拐されてしまい、政田が後を追いますが、見失ってしまうのでした。

昭和33年という私が生まれる前の映画でして、ちょうど日本の映画観客数がピークだった年に公開されています。「空の大怪獣ラドン」「地球防衛軍」などのSFスペクタクルが当たった東宝が、特撮を使った新しいジャンルを模索した結果作られた映画だそうで、この映画が当たったからでしょうか、変身人間シリーズとして「電送人間」「ガス人間第一号」が作られるきっかけになりました。大部屋俳優だった海上日出男が書いた原作を「空の大怪獣ラドン」「地球防衛軍」の実績のある木村武が脚本化し、「ゴジラ」「地球防衛軍」の本多猪四郎が監督しました。題名の「美女と液体人間」というのは、新東宝の大蔵貢製作の映画タイトルみたいで、かなり際物度が高い気がします。でも、映画の冒頭でキノコ雲が上がり、マグロ漁船遭難の新聞記事が出るあたりで、「ゴジラ」みたいな反核映画なのかなと思わせます。さらにタイトルバックは、夜の海で二隻の船がすれ違うもので、そこへ「美女と液体人間」というタイトルが出ると、「何なんだ、この映画は?」という気分になってきます。さらにバックに流れる佐藤勝によるテーマ曲がやたら元気で明るいマーチ調なのが、画面とのアンマッチがすごいのですよ。反核メッセージと美女に液体人間と夜の海のスリラー風画面に、明るいマーチですからね。ミスマッチの妙ということもできますし、観客の目を惹く要素を何でも盛り込んでやれという、貪欲なサービス精神の現れということもできましょう。冒頭3分だけだと、エロ、グロ、ホラーと反核メッセージという何でもあり映画だなという印象です。

そして、ドラマが始まると富永課長率いる刑事たちがギャングを追う、警察ものになります。行方不明のギャングの情婦として、タイトルトップの白川由美が登場します。きりっとした美人さんで、ギャングの情婦には見えないのは、計算ずくなのか、キャスティングミスなのか。ギャングの情婦のクラブ歌手なのに、清楚でマジメ風ヒロインになっているのが、妙なおかしさがあります。周囲の刑事やギャングや、彼女をギャングのスケ(情婦)として扱うので、そのミスマッチが変なの?って思っていると、液体人間を研究している政田が登場してきまして、学問バカの大学の先生と、ギャングの情婦が純愛路線の恋愛モードになってくるという、またすごい変な感じの展開になってきます。ギャング映画とSF映画を一本の筋にまとめるために、かなり変な展開をする映画ですが、そんな変な話を大真面目に作っちゃうところに、当時の映画界の勢いを感じることができます。今、こんな変な映画を作ったら、ボコボコに叩かれるか黙殺されちゃうか、オタクだけ喜ぶカルト化するかのどれかでしょうけど、これで変身人間の映画がシリーズ化されたのですから、当時の映画界も観客も余裕があったんだなって思います。これ、言い方を変えると、「踊る阿保に見る阿保」ってことになっちゃうのですが、それくらい作れる映画の間口が広くて、観客もその間口の広い映画を楽しめた時代だったと言えるのではないかしら。映画が斜陽化した後の1970年代に、この映画に相当する「吸血鬼ゴケミドロ」とか「海底大戦争」なんて映画も作られているのですが、よくて低予算のカルト映画という扱いしかされていません。「美女と液体人間」は際物、エログロの範疇とは言え、お金もかかってるし、作りもちゃんとしていますから、画面は安っぽくないし、娯楽映画としてもちゃんとまとまっていますもの。

核実験映像を頭に置いて、それと関係ないギャングと警察の闘うお話から、急に液体人間が回想シーンとして割り込んでくるというムチャな展開なんですが、それでも結構面白いと思って観てしまうのは、本多演出のうまさなのかなって気がします。この後、脚本と監督を入れ替えて作られた「電送人間」が映画としての面白さが今一つでしたから、娯楽映画としての立て付けがしっかりしているということになるのではないかしら。

見せ場となる液体人間のシーンは、「ゴジラ」の円谷英二の率いる特殊技術チームが担当しています。液体ガラスと呼ばれる流れるスライム状の材質を傾斜のついたセットに流して、生きているように見せたり、人間のスチルに液体を移動マスクで合成したり、着ぐるみの液体人間を半透明の幽霊のように合成するといった特撮に、溶ける人間をダミーヘッドの特殊メイクで作ったりと、色々な方法で液体人間を表現しています。また、冒頭の二艘の船の遭遇シーンや、下水や川へガソリンを流して火をつけるシーンで、ミニチュアを使っています。今のCGなら、もっとリアルな液体人間を作れるのでしょうが、こういう特撮のアラを観客の想像力で補って楽しむ映画もまた楽しいと思うところあります。それは特撮だとわかるけど、特撮とわかった上で、映画のお約束として受けいれて楽しむという感じは、チャンバラシーンで血しぶきが飛ばないけど、その殺陣の素晴らしさを味わうというのと似ているところがあります。リアルじゃないけど、そこは映画のお約束だから突っ込まずに、特撮技術や殺陣の素晴らしさを楽しむという感じが好きなんですが、今の若い人には伝わりにくいかも。限りなくリアルに近づけるCGが当たり前のご時世では、映画のお約束ってのが過去の文化になっちゃうのかもしれません。



この先は結末に振れますのでご注意ください。



警察は液体人間の潜伏していると思われる一帯を封鎖し、下水道と川にガソリンを流し、火を放ちます。ギャングは、千加子とともに下水道の中を逃げ回るのですが、そこへ現れた液体人間は、ギャングのみを襲って溶かしてしまいます。そこへ、千加子を追って現れた政田が彼女を救出します。追ってきた液体人間は、警官隊の火炎放射器によって焼き払われ、下水道の炎の中にたたずむ液体人間が確認されます。周囲一帯が炎につつまれる中、「原水爆で人間が滅んだ後、地球を支配するのは液体人間かもしれない」というナレーションが流れておしまい。

この映画を観たあと、ネットで検索したのですが、結構、この映画の評価が低いのは意外でした。際物映画ではありますが、そこそこちゃんとできてる映画なんだけどなあ。まあ、反核映画ではないし、エロと呼べるほどのエロティックなシーンもないですし、液体人間に溶かされちゃうシーンももっと見せてもよかったように思うから、グロもほどほどということで、そういう意味では全てにおいて中途半端なのかな。まあ、そこそこの感じが娯楽映画としてのまとまりとして、私は評価しちゃうのですが、そこは好みの問題でしょうね。私は尖った映画より、色々なネタをまろやかにまとめた映画の方が好きなので、この映画、結構評価高いです。でも、そういう自分の偏った好みにマッチした映画ではあるので、人様のオススメできるかというと、そこまではいかないという感じかしら。お好きな方はどうぞ、止まりかな。

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今回は、錦糸町のティアラこうとうにて開催された、映画音楽のコンサート「MONSTERS!!! オーケストラ・コンサート」に行ってきました。奥村伸樹指揮のフィルム・スコア・フィルハーモニック・オーケストラによる演奏でした。このオーケストラはサウンドトラックを演奏するために結成されたアマチュアオーケストラだそうで、今回もかなりボリュームのあるメニューを、2,000円で楽しませてくれる、私のようなサントラファンには、大変ありがたいオーケストラでもあります。前回は「ファンタジー・フィルム・スペクタキュラー」を同じくティアラこうとうで聴いて、これは楽しいコンサートだったので、今回も足を運びました。今回のテーマはモンスターということでモンスターにまつわる映画とゲーム音楽のコンサートでした。

1、「SF交響ファンタジー第1番」
私のような伊福部昭とゴジラのファンには定番の1曲で、東宝のSF映画音楽のモチーフを緩急よく振り分けた盛り上がる曲です。曲のよさとオーケストラの元気な音がうまくシンクロしていて、個人的にはこのコンサートのベストだと思いました。クライマックスの「宇宙大戦争」のマーチ(アレグロってのが正しいそうですが、聞いた感じはマーチ)は、「シン・ゴジラ」のクライマックスで使われたので、若い人でも楽しめる1曲ではないかしら。「宇宙大戦争」と「怪獣総進撃」のマーチの掛け合いはやっぱり盛り上がりますもの。

2、「ポケットモンスター」より9曲メドレー
ポケモンは、さすがにオヤジは接点がなくて、初めて聞く曲ばかりで、それも劇伴音楽のブツ切り演奏ということもあって、「ポケモン」を観ている人には楽しいメドレーかもしれないけど、一見さんには、ちょっとしんどい感じでした。曲があまりピンと来ないというか、吹奏楽の課題曲みたいなんだよなあ、これが。ポケモンファンの方、ごめんなさいね。

3、「モンスターハンター」より3曲メドレー
ここから、男女のコーラスも登壇します。ゲームをやらない私には、モンハンも一見だったのですが、こっちは、明確なテーマモチーフから色々と発展していくという曲がまず聞きやすく、オーケストラのためにアレンジされていることもあって、聴き応えがあって楽しめました。演奏もここが一番力が入っていたという印象で、ダイナミックな音が耳に心地よい演奏だったと思います。

4、「エイリアン」よりエンドクレジット
ジェリー・ゴールドスミスのファンである私にとっての最大のお楽しみでした。リジェクテッドスコアだと紹介がありましたけど、映画を観る前にアルバム(当時はもちろんLPレコード)を聞いて感動した私にとっては、これがホントの「エイリアン」。ただ、過去の演奏でもトランペットソロが大変らしくて、これまでコンサートで4回聴いてうまくいってたのは2回しかありませんでした。今回もトランペットで息切れしちゃったのと、ラストの絞めが何だか発散しちゃったような印象になっちゃったのが残念。こんなこと書くと、サントラ老害って言われそうだけど、思い入れの強い曲にはつい辛口になっちゃうのですよ。

5、「ジョーズ」よりメイン・テーマ
コンサートで「ジョーズ」を聴くのは初めてでしたけど、やっぱりこの曲はいいなあって感心。コンサート用にアレンジされているようなんですが、最後の締めがこれもなんだか締まらない感じになっちゃってたのは惜しかったです。フェードアウトでもいいじゃんと思ったのですが、コーダにしないといけないお約束でもあるのかしら。

6、「ヒックとドラゴン」組曲
ジョン・パウエルというと私なんかはアクション映画でドコドコ鳴らす人というイメージしかないのですが、アニメ映画でもたくさんの実績があるようで、この「ヒックとドラゴン」もそんな一つですが、やっぱり元気な活劇音楽になっているのが楽しかったです。ダイナミックな動きに合わせたようにオケがうねる音作りからアニメらしさを感じることができます。前回の「ファンタジー・フィルム・スペクタキュラー」でも演奏されたのですが、前回の方が音がまとまっていたような気がしたのは、聴く座席の位置の違いなのかしら。

7、「美女と野獣」(2017年版)よりOverture
「美女と野獣」の序曲? ひょっとしてあのアニメの冒頭の語りのバックに流れた曲? ってすごく期待したのですが、これはアニメ版じゃなくて実写版の序曲でした。(って、私は実写版は未見なんですが) 期待が大きかっただけに、色々なナンバーのモチーフのコマ切れメドレーでがっかり。序曲ってより、長いエンドクレジットの後半に流れる曲って感じだよなあ、これ。

8、ミュージカル「オペラ座の怪人」より3曲
これは有名なミュージカルの名曲だけに、特に序曲に期待したのですが、これが何だか短くて今一つ。こういうのはオーケストラ用にアレンジして盛り上げて欲しかったわあ。その後、男声ボーカルを加えて「The Music of the Night 」をこれは十分な尺で聞かせてくれて、もう1曲。3曲めはあまり印象に残らなかったのですが、どのシーンの曲だったのかしら。

9、映画「シュレック」組曲
浜田雅功と藤原紀香という吹き替えコンビがまさかの好演を見せたアニメの佳作ですが、この音楽を手掛けたのが、「ヒックとドラゴン」のジョン・パウエルと、シリアスドラマの作曲家のイメージが強いハリー・グレグソン・ウィリアムスというのはちょっとびっくり。優雅なテーマ音楽から、アクションスコアへ展開していく組曲はなかなか楽しい音になっていまして、個人的には「ヒックとドラゴン」よりこっちの方が好きです。

10、アンコール
アンコールは、映画音楽の様々なモチーフをパッチワークのようにつないだ、これはこのオーケストラのテーマなのかな。さらにコーラスへのアンコールでモンハンのさわりを聴かせてくれたあと。次回コンサートの予告ということで、「スターウォーズ」のテーマを演奏して終わりとなりました。次回は、8月にジョン・ウィリアムス特集のコンサートですって。

楽譜の制約とか色々あるのでしょうけど、そんなことお構いなく言いたい放題書いてしまいましたが、サントラファンとしては、映画音楽を生演奏で聴かせてくれる機会があるというのはうれしい限りなので、また色々な企画をやっていただきたいなあって思います。今度は、ジョン・ウィリアムス特集らしいのですが、1人の作曲家に特定せず、色々なジャンル、作曲家の映画音楽に生で接する機会を作って欲しいなって思います。とは言え、リーズナブルな価格でいい演奏を提供しようとするとマニアックな選曲はできないってことは重々お察しできますから、難しいところです。ですから、半分はジョン・ウィリアムスやハンス・ジマーでも、残りの半分にバーナード・ハーマンやジェリー・ゴールドスミス、ラロ・シフリンなんかを混ぜていただけたらうれしいのですが。

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今回は、映画ブログの師匠であるpu-koさんのブログで紹介されていた「イメージズ」をDVDでゲットして観ました。双葉十三郎氏の「ぼくの採点表」では、☆☆☆★ というあまり高得点ではありません。本文を読んでも、あまりついていけなかったという感じでして、どんな映画なのか気になりました。1972年の映画ですが、日本では劇場未公開だったようですが、それでも「ぼくの採点表」に載っているということは、試写会は行われたけど、お蔵入りになったということなのかな。

妊娠中の人妻キャスリン(スザンナ・ヨーク)は、童話を書いているのですが、変な女性からの電話を受けて、精神的にまいってしまい、郊外の別荘に夫のヒュー(ルネ・オーベルジョア)と一緒にやってきます。広々とした田舎の景色の中に、キャスリンはもう一人の自分の姿を見つけます。さらに、別荘に着いてみると、そこには飛行機事故で死んだ彼女の恋人であったルネ(マルセル・ボズフィ)が現れて、彼女に語りかけてきます。買い物に出かけたヒューが、知り合いのマルセル(ヒュー・ミレー)と娘のスザンヌ(キャスリン・ハリソン)を連れて帰ってきて、一緒に夕食を取ることになります。マルセルは、やたらとキャスリンにベタベタして、どうやら過去に二人は関係があったみたい。食後、マルセルが帰る段になったら、ヒューとマルセルが入れ替わっているではありませんか。一体、何が起こっているのかって、どうもキャスリンの方がおかしいらしい、そして、そのことに彼女自身も自覚があるように見えます。正気と狂気の境界線で微妙に揺れ続けるキャスリンが仕掛けたとんでもない行動とは....?

有名な監督さんだけど、私は、「三人の女」「バレエ・カンパニー」「今宵、フィッツジェラルド劇場で」くらいしか観ていない、ロバート・アルトマンが脚本を書き、メガホンも取った1972年の作品です。映画の冒頭から、変な電話に振り回されるヒロインがどっかおかしいと思っていると、突然、夫が死んだ恋人に変わり、次の瞬間には元に戻っている。ああ、これは心を病んだヒロインのドラマだなってわかってくると、今度は、ヒロインがヒロイン自身を見つめるシーンが出てくる。うーん、こうなるとドラマのどこまでが客観的事実でどこから先がヒロインの幻覚なのかわからなくなってきます。なぜ、ヒロインがそうなっちゃったのかは一切描かれないのですが、どうやらセックス絡みのトラウマを持ってるみたいだということがおぼろげに伝わってきます。過去には、色々あったけど、今はダンナであるヒューと平和に暮らすことが彼女の表向きの望みです。でも、過去の恋人の幻影が出てきて、会話しちゃうってことは、現在が心休まる状況ではないのかもしれません。

そんな状況が現実と幻覚が入り混じってキャスリンの周りで展開します。基本、ダンナは本物で、死んだ恋人は幽霊か幻覚ってことになるんだろうけど、冒頭のシーンで、ヒロインがメンタルやられてるってのが伝わってくるから、多分、幻覚。幻覚だけど、結構きちんとしゃべるし、痛がったり血を流したりする、かなりの存在感のある幻覚です。さらに、ダンナと友人のマルセルが入れ替わったりするあたりで、かなりヒロインの幻覚がやばい状況にあるのが伝わってきます。また、一方でもう一人の自分をあちこちで目撃するのは、ドッペンゲルガーか二重人格か、と、異常心理のてんこ盛りな展開は、ちょっとやり過ぎなんじゃないかなって気がしてきました。特に、鏡を使った映像をこれでもかと意図的に盛り込んでいるのも、何と言うか、盛り過ぎじゃないの?って気もしてきます。

こういう状況に追い込まれるヒロインなら、神経質で線の細いキャラクターになりがちです。この映画も冒頭は、そんな感じの繊細キャラなんですが、物語が進むにつれて、どんどんたくましく(ふてぶてしく?)なっていくのですよ。自分の身の回りで、あり得ない出来事が続発したら、先立つ感情は恐怖だと思うでしょ? でも、さにあらず、それらの超常現象をさらりとやりすごして、幻覚を笑い飛ばしちゃう。pu-koさんの記事を拝見したときに、これ、ひょっとして「呪われたジェシカ」みたいな、超自然ホラーなのか、サイコミステリーなのか曖昧な怖さを持った映画なのかなって期待したのですが、少なくとも超自然ホラーの要素はありません。でも、サイコスリラーとしては、「サイコ」でくくれるネタを全部乗っけましたという感じが説得力を欠いてしまったように思います。スザンナ・ヨークの生々しい存在感は、この映画にリアルな人間ドラマの味わいを与えていまして、そこに後半の展開の布石があったというのは、うまいキャスティングだったように思います。

色々な目配せを盛り合わせている点は、面白いと言えば面白いのですが、最後まで目配せだけで、種明かしをしないので、ドラマとしては弱いという印象を持っちゃったのは、私がこの映画を読み切れていないのかな。でも、この映画を観て思い出したのは、「サイコ」のラストで、精神科医が異常心理の説明をきちんとやったのは偉大だったなということでした。スリラーファンには、蛇足だとか説明過剰とか言われちゃう説明なんですが、これがあるから、全てのドラマのピースが収まるところに収まったのです。一方、この映画は、彼女の病状をとっちらかしたままのような気がしちゃったのですよ。昔は、こういうメンタル弱い女性は、それだけでホラーの対象となっていたのかもしれませんが、メンタルを病むのは当たり前になった現代では、きちんと病状を絵解きしてくれないと、ただの「キチガイ」括りになっちゃうのですよ。これは、時代の要請ってやつなのでしょうね。そう考えると、「サイコ」のラストの説明は、狂気を病気と定義しなおしたわけで、当時としては、未来を見通した画期的なことだったのではないかしら。

スザンヌ・ヨークが怪演したキャスリンというヒロインは、子供のための童話を書いていて、その童話の彼女による朗読がBGMのようにドラマのバックに流れます。童話の作者はヨーク自身だそうで、それをアルトマンが映画に採用したそうですが、この朗読によって、画面の彼女の他に、別の彼女がいるんじゃないかという印象が刷り込まれるのはうまい仕掛けだと思いました。まあ、これに鏡に映るヒロインとか、ヒロインの若い頃に似た女の子の登場とか、うまいけど盛り過ぎ感もあるんですけどね。また、キャスリンが、夜、夢なのか現実なのかわからない世界で、夫、死んだ恋人、夫の友人の3人と次々とセックスするというシーンが出てくるのですが、この性に奔放な女性は、キャスリンの過去なのか、隠された人格なのか、それとも彼女の願望なのか、はっきりとしないのですが、そういう生身の性を感じさせる肉感的なキャスリンに、スザンナ・ヨークはぴったりとはまりました。男を挑発する感じとか、アグレッシブななまめかしさがありまして、そこが怖いと言えば、怖いです。メンタル病んでるというと、ヒステリックになることはあっても、基本は弱弱しいイメージがあるんですが、その期待を裏切るおかしさは狙ってやってるんだろうなあ。

今年亡くなったビルモス・シグモンドのキャメラは、シネスコサイズの画面に沈んだ色使いで、荒涼としたロケーションをとらえて、独特の世界観を作り出しています。場所をどことか特定していないのですが、アイルランドでロケしたとのことで、その場所がわからない感じは、ひょっとして全てがヒロインの内的世界かもと思わせるところがあります。音楽を担当したのがジョン・ウィリアムスですが、ピアノの流麗な音楽から、ツトム・ヤマシタのパーカッションによる現代音楽に交互に切り替わるあたりに、ヒロインの二重人格のイメージを表現しているみたいです。視覚的にも、音楽的にも、サイコイメージの盛り合わせだよなあ、やっぱり。



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元の恋人ルネの幽霊(?)は棚の銃を持ち出して、キャスリンを挑発します。そんな彼に向かって半笑いで銃をぶっ放すキャスリン。胸を撃たれて血を流して倒れ込むルネ。でも、その後、何事もなかったように彼女は振舞うのです。さらに、やたらちょっかいかけてくるマルセルに、挑発するような視線を向けて近寄っていくキャスリンですが、背後にハサミを隠し持っていて、そのハサミでマルセルの胸を突き刺します。血まみれの死体と化したマルセルに、家に入ってきた犬は死体の匂いを嗅ぎつけます。でも、その後、家に入ってきたスザンヌは当然見つけていい筈の死体に気がつきません。スザンヌを家まで送ると、そこにはマルセルがピンピンしているではありませんか。じゃあ、スザンヌは誰も殺していないの? 家への帰り道、キャスリンは道を歩いている自分自身を見つけます。最初はやりすごすのですが、家に着いて、そこに転がっているルネとマルセルの死体を見て、再び道を引き返します。彼女の車のところへやってきたのは、もう一人のキャスリン。「なぜ、車に乗せてくれないの」と言う彼女に、「あなたを私の中から追い出したいの」と答えて、彼女をひき殺してしまうキャスリン。彼女が自分の家に帰ってシャワーを浴びていると、そこに現れたのはもう一人のキャスリンでした。「私が殺した筈なのに」と叫ぶキャスリン。そして崖下に死体となって転がっている夫のヒューが映った後、パズルをしている女の子(多分スザンヌ)が映り、スザンヌの声で童話が語られて、エンドクレジット。

ルネはもともと死んでるし、マルセルも死んでないという見せ方ですが、最後にヒューは本当に死んでしまったのでしょうか。どこまでが実際にあったことで、どこからがキャスリンの幻覚なのかはっきりしまいまま映画は終わってしまいます。確かにキャスリンとヒューが入れ替わるというラストの仕掛けは、その前に、ヒューとマルセルが入れ替わるシーンがあるので、一応の伏線はあるのですが、その結果として、ヒューが死んだかどうかはわからない。その曖昧さに面白さを感じられるかどうかで、この映画の面白さが違ってくると思います。幻覚の話なんて、他人の夢の話を聞かされるのと同じだから、何がどうなろうが、論理性の欠片もないんじゃないの?って思うと、まるでつまらない話だねってことになります。(他人の夢の話を聞かされてもつまんないじゃないですか、あれと同じ感じ。)

もう一つ、この映画でキャスリンが殺人を犯す理由を描いていないのが気になりました。あの「サイコ」でさえ、殺人の理由がおぼろげながら伝わってきたのに、この映画は、精神を病んだヒロイン=キチガイだから殺人も犯すよねという見せ方なのですよ。キャスリンは自分を悩ます存在を人生から取り除きたいのだというのは、本人がそう言うのでわかるのですが、なぜ取り除きたい=殺人になるのかは描かない。やはり、昔(1970年代ですが)の映画だと、精神を病んでいる=キチガイ=殺人鬼という図式がまかり通ってしまうのかなって気がしました。今のサイコスリラーでは、理由なき殺人を犯すキャラクターは人間として描かれていないことが多く、登場しても、ホラーのための道具みたいな扱いになっているように思います。あるいは確信犯的な快楽殺人鬼とかですね。この映画のような、精神を病んだ等身大の人間が、殺人鬼になっちゃうってのは、今の映画には見られなくなったパターンだなって気づかされてしまいました。そういう意味では、精神を病んだ人間に対する扱いが悪かった時代の映画なのかな。

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今回は映画音楽のコンサート「ファンタジー・フィルム・スペクタキュラー 2017」を錦糸町のティアラこうとう大ホールで聴いてきました。一昨年、三鷹で「ファンタジー・フィルム・スペクタキュラー 2015」を聴いて、選曲がおもしろかったので、今回もそこそこ期待するところありました。小林健太郎指揮のフィルム・シンフォニー・オーケストラによる演奏でした。曲数が多くて、なかなかのボリュームのコンサートでした。

前半は色々な作曲家の映画音楽、後半はジョン・ウィリアムス特集という構成になっています。今年でウィリアムスが85歳ということで、記念コンサートが海の向こうでも行われているんですって。とはいえ、私は、ジョン・ウィリアムスには、ジェリー・ゴールドスミスほどの思い入れはないので、やっぱりそこそこの期待かしら。

1、ユニヴァーサル映画ファンファーレ(ジェリー・ゴールドスミス)
映画会社のロゴのバックに流れる音楽というと、アルフレッド・ニューマンによる20世紀FOXのファンファーレが有名ですが、1997年に作曲されたという最近のロゴのバックの曲としてはかなりメジャーなのではないかしら。

2、キャプテン・アメリカ/ファースト・アベンジャー(アラン・シルベストリ)
アメコミ映画は興味がなくって、「ふーん」って聞き流しちゃいましたけど、威勢のいい音に仕上がっているのは、さすがシルベストリと感心。でも、この人のベストだと思っている「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に比べると何か淡泊だよなあって印象になっちゃいます。

3、プレデター(アラン・シルベストリ)
1980年代、シルベストリの脂が乗りきっていたころのSFアクションの音楽です。この頃の映画がシルベストリの音と相性がよかったということも言えるのですが、パーカッションをフルにつかったインパクトのある曲は、、シルベストリ版「ターミネーター」とも言える出来栄えでした。オーケストラの演奏は、サントラのようなタイトな音になりきれておらず、ライブとしては面白いけど、テンション上がるサントラの再現という意味では今イチかしら。

4、ナイト・ミュージアム(アラン・シルベストリ)
ファミリー向けCGコメディとしてよくできていた映画を、シルベストリは端正な音をつけました。ファンタジックでアクションっぽいところもあり、コミカルな味わいはさすがは職人芸だと感心。きっちりオケを鳴らしますという音作りはこういうコンサートに向いてるのかもしれないけど、でも、どっか地味かもって気もしちゃって。

5、007ムーンレイカー(ジョン・バリー)
今回のメニューの中で一番期待していたのがこれでした。映画自体は未見でしたけど、007が一番ド派手アクションに走ったいわゆるバブル期の作品だったので、大掛かりなアクション音楽を期待したのですが、意外とおとなしめの楽曲ばかりだったのが、やや物足りなかったです。音としてはおなじみのジョン・バリー節ではあるので、安心して聴ける音楽ではあるのですが、それ以上のものではなかったです。

6、ヒックとドラゴン(ジョン・パウエル)
CGアニメとしては評判がよかったですが、私は未見の一篇。前回のコンサートですごく評判がよかったのでその再演ですと紹介され、曲が始まると、なるほどオケをフルに鳴らす元気のいい音楽で、楽しい演奏になってました。飛翔するドラゴンを描写した音で盛り上がるところが印象的でした。

7、ラスト・サムライ(ハンス・ジマー)
東洋風味にジマーのドラマチックなハッタリが乗った、彼の曲の中でも比較的メジャーな曲ではあるのですが、演奏的にはあまり盛り上がらなかったのは不思議でした。

8、パイレーツ・オブ・カリビアン3部作(ハンス・ジマー、クラウス・バデルト)
娯楽大活劇の音楽で、オーケストラをフルに鳴らす曲で楽しい演奏ではあるのですが、どっか盛り上がりを欠いてるという印象を持ってしまったのが残念。聴いてる私が中盤息切れしちゃったのかな。

これで前半終了。15分の休憩の後、ジョン・ウィリアムス特集です。

9、スター・ウォーズ:エピソード検Э靴燭覆覺望(ジョン・ウィリアムス)
スター・ウォーズの最初の作品から、戦闘シーンの曲が演奏されました。コンサート用という感じがしないめりはりの効いた演奏で大変聴きごたえがあって盛り上がりました。映画の編集のテンポが音を聴いているとよみがえってくるのですよ。映像のイメージがスコーンと湧いてくる感じが見事でした。

10、ポセイドン・アドベンチャー(ジョン・ウィリアムス)
ちょっと意外な選曲ではありましたが、パニック映画のはしりともいうべき作品にドラマチックで重厚な音をつけています。ただ、コンサート用にアレンジされているのか、フレーズの繰り返しが間延び感を感じさせるところがあって、そこはちょっと残念でした。

11、タワーリング・インフェルノ(ジョン・ウィリアムス)
1970年代のパニック映画の頂点のタイトル曲は、飛行するヘリをバックに流れる大変かっこいい盛り上がるもの。これかなり期待してました。構成的にはかなり長いタイトルをそのまままるまる再現していて、そこはマルだったのですが、演奏が今一つテンポに乗り切れていないというか、コンサートライブの限界を感じさせてしまったのが残念でした。サントラ盤だとタイトな演奏が、コンサートだとめりはりが発散しちゃう感じになることが時としてあるのですが、今回はそんな感じでした。

12、JFK(ジョン・ウィリアムス)
地味な選曲ですが、静かでドラマチックな曲はなかなかの聴きごたえでした。トランペットソロが前面に出てくるのですが、演奏のせいか、ホールの音響のせいか、ホーンセクションが前面に出る曲だと、ストリングスが聞こえなくなっちゃうのが気になりました。ホーンセクションも、音量で攻めてくる一方で、圧が足りないという印象で、ホーンセクションが鳴る曲の印象がみんな今一つに聞こえてしまいました。

13、世にも不思議なアメイジングストーリー(ジョン・ウィリアムス)
スピルバーグ製作のテレビシリーズのタイトル曲。テレビシリーズらしい、ミステリアスにこじんまりまとまった感じが、劇場映画のウィリアムスとは別の味わいで面白かったです。昔、彼はテレビシリーズを相当手がけていますから、彼にとって特別な仕事ではないのでしょうけど。

14、宇宙戦争(ジョン・ウィリアムス)
恐怖SFにウィリアムスが現代音楽風のとがった音楽をつけています。個人的に、曲としても演奏としてもこのコンサートのベストというべきもので聴きごたえがありました。明確なメロディラインが出てこないけど聴かせるあたりがウィリアムスの底力なのでしょう。

15、マイノリティ・リポート(ジョン・ウィリアムス)
近未来犯罪SF映画ですが、ここではアクションシーンではなく、ストリングスメインの静かな曲をチョイスしています。映画のイメージを表現した曲ではありませんが、こういう曲もあるんだよ的な面白さはありました。

16、BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント(ジョン・ウィリアムス)
実写とCGアニメを組み合わせたファンタジーですが、ここでは、カートゥーンを思わせるアクションにシンクロした音作りをしているのが面白く、フルートを4台使う編成の面白さもあり、色々と実験的な音楽になっているので、聴きごたえがありました。これ、彼が80歳過ぎてからの作品ですからね、まだまだ現役なんだなあって。

17、レイダース失われたアーク(ジョン・ウィリアムス)
ノンストップアクションの走りじゃないかあ。とにかく面白い活劇映画を大作として作ろうとした映画に、ウィリアムスはめりはりの効いたオーケストラ音楽で、ドラマを目一杯盛り上げました。コンサートでは活劇シーンからクライマックスの盛り上り曲を一気に鳴らして楽しませてくれます。おなじみレイダース・マーチも演奏されるのですが、そのパートが短いのが残念かな。

18、遥かなる大地へ(ジョン・ウィリアムス)
アイルランド移民のお話なので、アイリッシュサウンドから始まって、ドラマチックな音になり、西部劇風音楽に盛り上がるという構成が楽しく、楽曲として聴きごたえがありました。コンサートの最後にこの曲を持ってきたのは大成功でして、オーソドックスなウィリアムス音楽を堪能できました。

アンコール1、SAYURI(ジョン・ウィリアムス)
映画としてはあんまりメジャーとは言い難いし、テーマ曲も有名じゃないんですが、バイオリンソロをフィーチャーした曲を、聴いてみれば、これいいねって感じになる小品といったところでしょうか。短い曲でしたけど、ウィリアムス特集には入れてほしい1曲ってことになるのかな。

アンコール2、インディ・ジョーンズ魔宮の伝説(ジョン・ウィリアムス)
ラストはやっぱり盛り上げたいということで持ってきたのが、悪趣味系ドタバタ活劇のテーマ曲。ボレロ調の導入部から、フルオケへの盛り上げで、コンサートの締めに、十分な満足感をもたらすことに成功しています。

というわけで、色々とケチをつけちゃうところもあるのですが、ジョン・ウィリアムスのなかなか聴けない楽曲をライブで堪能できたのが、うれしいコンサートでした。ただ、あまりお客の入りはよくなくて、ホールの前の方は空席が目立っていたので、来年もこの企画をやれるのかとちょっと不安になっちゃいました。かつての、戦争映画音楽のコンサート「男たちへ」がお客の入りが悪かったのを思い出しちゃいました。こういう掘り出し物系映画音楽のコンサートをもっとやってほしいのですけど、やっぱりサントラってマニアのものなのかなあ。

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